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1.夢から覚めて


 意識が懐かしい夢の世界から現実へと覚醒していく。


 優しいまどろみの世界にもう少しだけ浸っていたい。悩みも苦しみもなくただ母の愛を一身に受けていた、あの頃の思い出の世界に……。


 遠くでカラカラと回る音……これは馬車の車輪の音かしら。誰かを呼ぶ声も聞こえてくる。ああ、この声は……。



「お……さ、おじょ……さま、お嬢様」


 何度も自分を呼びかける聞き慣れた声にリディアの意識が一気に覚醒する。ゆっくりと目を開けばそこにはリディアの専属侍女であるマリアの姿があった。

 リディアは目が覚めたばかりでぼんやりとする頭で周りを見渡すと、自分が馬車の中にいる事に気がついた。


 眠った事で少しだけ乱れてしまった髪を手で直しながら、リディアは何故自分が馬車の中にいるのかを徐々に思い出していった。


(今日は夜が明ける前からラヴァール領へと馬車で向かっていたのだったわ。そういえば準備も色々あったし、お父様へどう説明しようか考えていたら結局一睡も出来なかったのよね。ああ、それで……)


「……私、眠ってしまったのね」

「はい、ぐっすりと眠っていらっしゃいました。かなりお疲れの様子でしたので……。お屋敷にはあと一刻ほどで到着致します」

「そう……マリアありがとう」

「いえ」


(とても懐かしい、大切な夢を見ていた気がする……)


 リディアは自分が何の夢を見ていたのかを思い出すことが出来ずにもやもやしていた。しかし短時間でも眠る事が出来たお陰かリディアの頭はすっきりしていた。


 本来のリディアであれば馬車の中で眠ってしまうという様な事はない。だが最近のリディアは本業である学業以外にも生徒会、王都での社交に次期ラヴァール侯爵としての勉強と毎日が忙しく休む間もないほどだった。


 リディアの通う王立フローラ学院は今日から春期休暇に入った。昨日あの様な事が起きなければ、リディアは数日を王都のラヴァール邸でゆっくり過ごして疲れを癒してから領地へと向かう予定であった。 


 だがあの様な事が起きてしまった以上、事態は急を要していた。既に昨日のうちに、現在領地にいるリディアの父親であるラヴァール侯爵へと早馬を送っている。


 リディアはそっとため息をついた。これから苦手な父親に会うだけでも憂鬱だというのに、それよりも憂鬱な事が起きてしまった。昨日散々悩んだはずなのに、リディアの思考は父にどう説明するべきかで頭がいっぱいになっていった。


 それは昨日起きた、彼女にとって予想外のある出来事が関係していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 季節が移り変わってゆくのを止めることが出来ないように、人の心もまた移ろいゆくもの。それは自然で仕方のないことだ。でもそこに誠実さの欠片もなければ話は変わってくる。



 十七歳になったリディアは美しい女性へと成長していた。女性にしては少々高い身長だが均整のとれたスレンダーな身体に長くしなやか手足。幼い頃と同じように背中に流した真っ直ぐな銀の髪は、動く度にさらさらと流れて美しく艶めいていた。


 真っ白な肌は絹のようにきめ細やかで、ぱっちりとした大きな目は少しつり目だ。その目は長い睫毛に縁取られエメラルドグリーンの瞳が輝いていた。すっと通った鼻筋に形の良い桜色の唇。


 そんなどこか冷たさすら感じさせる美貌の持ち主であるリディアは非常に優秀で学院一の才媛でもあった。そんな才色兼備な令嬢であるリディア・ラヴァールは教師だけでなく生徒からの信頼も厚い。


 今年度は生徒会の副会長だったリディアは、満場一致で来年度の生徒会長になることが決定していた。


 現在リディアが通っている王立フローラ学院は、明日から一ヶ月の間春期休暇に入る。それもあってか終業式を終えた学院内はどこかそわそわとした明るい雰囲気に包まれていて、どの教室も生徒達の歓声や楽しげなはしゃぎ声で溢れていた。


 それはリディアも同じだった。クラスメイトや仲の良い友人達に囲まれて最終学年を迎える一ヶ月後までの束の間の別れを惜しみつつ、明日から始まる休暇に心を弾ませていた。


 皆が一度はそれぞれの領地に戻るため、友人達とお土産を何にするかで盛り上がっていた時であった。 

 そんな楽しい気持ちに水をさす出来事がリディアに起ころうとしていた。


「リディ、今いいだろうか?」


 リディアを愛称で呼ぶ、彼女の婚約者によって。


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