第6話 フレッシュ! 新学期 その1 〜直緒〜
サークル花見当日、私は家を出る準備を済ませて、テレビを見ていた。時刻を知りつつ、時間を潰せる。ニュース番組で時刻表示があるというのは、とても便利だとしみじみ思う。
「次のニュースです。昨日、東京都H市で、またしても『憎念』と呼ばれる……」
台所に飲み物を飲みに行くため、テレビの前から離れる。
しかし、もう昨日の事がニュースになっているとは。それにしても最近、本当に憎念のニュースが増えたなぁ、と思う。今は、対策処理班と私たちがなんとか抑えているけど、そのうち抑えきれなくなるかもしれない。
そんな事を考えながら、台所から飲み物を飲んでテレビの前に戻ると、専門家の人の解説が始まる。
「そして陰陽稀事研究所、東日本支部所長代理で、同所の憎念研究室主任であられる、山田修平さんにお越しいただきました」
そう紹介を受けた山田さんという人は、スーツをビシッと着こなし、人当たりの良さそうな、ダンディな顔の人だった。見た感じ、お父さんと同じ世代かなって気がする。
「最近出没頻度が上がり、我々のような一般の人々にも周知され始めた『憎念』と呼ばれている存在、その正体は一体何なのでしょうか。そして、その被害から我々の身をいかにして守るか、そのことについて専門家である山田さんに詳しくお話を伺いたいと思います。それでは、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ちょっと緊張してそうで、返事が硬い。
「この『憎念』とは、人々の怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ、妬み、恨み、といった負の感情が具現化したものだと、推測されています」
「負の感情の具現化ですか」
「はい。最近、憎念の活動が活発化し、頻繁に目撃され、被害も拡大していますが、この憎念は十世紀ごろ、すなわち平安時代ごろには既に記録に登場しています」
「なるほど」
「ただ、この時代の憎念は、現代のそれと違い、特定個人の強い負の感情が、本人の死後切り離されたもので陰陽師が対処していたと言います」
「陰陽師ですか」
陰陽師ねぇ。
「なるほど。ですが、山田さん。先程、当時の憎念と現代の憎念は異なると、おっしゃいましたが、具体的にはどのように異なるのでしょうか?」
「現代の憎念は、特定個人ではなく、不特定多数の人々の負の感情が集合し、具現化したものなのです」
「不特定多数」
「現代は、交通の発展により人々はより早く、より簡単に、より長い距離を移動する事が可能になりました。そうすると、同じ意見や感情を持った人々が、一箇所に集まりやすくなります」
「なるほど」
「しかし、最近はインターネットの発展が、更に憎念の発生を助長させています」
「それは一体どういう事でしょう?」
「最近、SNSが発達したことにより、より自分の感情を世界に向かって発信しやすくなりました。そして、SNS上で同じ負の感情を持った人同士が集まり、その負の感情が実体化するのです」
「しかし、直接触れ合うことのないインターネット上でそのようなことがありえるので――」
キャスターの人がそこまで言ったところで、コマーシャルになってしまった。さすが生放送。
「言霊という言葉があります。文字には魂が宿る、すなわち文字には『想い』が含まれるのです。ですから、それが一定量を超えれば、ネット上の文字のやりとりだろうが、現実の言葉のやりとりだろうが、憎念は発生してしまうのです」
「一見、荒唐無稽に聞こえてしまうお話ですね」
「ええ、しかしながら、憎念は現実に出現して被害をもたらしています。そのような、荒唐無稽な話を真剣に研究するのが我々の仕事なのです」
時間にはまだ余裕があるし、もうちょっと観よう。
「『憎念』というのがどのような存在か、ということは分かりました。それでは、実際にその憎念がどんなもので、遭遇したら私たちはどうすれば良いのか、という点についてお聞きします」
「はい、まずこの憎念は、大雑把に分けると、三つに分類できます」
「三つですか」
こちらの図をご覧下さいと言うと、フリップが出てきた。そこには黒い炎の絵、黒く燃える化物の絵、そして黒く燃えたというか、黒いオーラを纏っているような人の絵が、描かれていた。
「まずこちら、黒い炎が燃えているように見えると思いますか、これを『憎念霊体』と呼んでいます」
「憎念霊体ですか」
へぇー。昨日の黒い人魂は、憎念霊体って言うんだ。あれ? これって前、友美に教えてもらったような……、もらってないような……。
「はい、これが実体化した負の感情の初期段階です。この段階は、実体化しているとは言え、まだ初期段階、言わばガスのような状態」
「なるほど」
「ですが、害が少ないと言っても、強い負の感情そのもの。強い感情は伝播したり、同じ感情と共鳴し、その感情を強めたり、引き寄せます。ですので、この憎念霊体も周囲の人の負の感情を高めたり、周囲に出現している憎念霊体を引き寄せてしまいます。そこが厄介なのです」
「と言いますと?」
「この憎念霊体は、数が集まると別の形態に姿を変えてしまうのです。それがこの二つ『憎念実体』と『憎念憑依体』というものです」
『憎念実体』と『憎念憑依体』。
「『憎念実体』は霊体が集合した状態のことを指します。この状態になると、人体や物質を破壊できるようになってしまうのです」
「破壊……、ですか?」
「まあ、怪我したり、物が壊されたりと言った感じです」
昨日の触れる化物の『憎念実体』は物を壊し、人を傷つける。
「最後に『憎念憑依体』でありますが、これは、憎念霊体が人に取り憑いてしまった状態のことを言います」
「人間に取り憑く?」
「ただ誰にでも取り憑く、というわけででは無いようです。研究によると、霊体に取り憑かれてしまう人は元々かなりの強さの負の感情を抱えているようです。そして、取り憑かれた人は持っている感情を増幅させたような行動を取ります」
「どんな行動でしょうか?」
「怒りの感情であれば周囲に対して攻撃的になり、人を傷つけたり、物を壊したりします。悲しみであれば泣き叫んだり、場合によっては自傷行動をとる場合もあります」
「それは恐ろしいですね」
私はまだ直接見たことないけど、話だけ聞くと怖い。
「ええ。ですが、私たちには、自分の身を守る方法があります」
「それは一体何でしょうか?」
「それは逃げることです。陰陽師のいない現代社会、憎念の対処は警察の『憎念対策処理班』が行なっています。警察の一部隊とはいえ彼らもプロです。憎念を見かけたら、何よりもまず対策班の指示に従い、落ち着いて逃げて下さい」
テレビを見ていたら、お母さんの声がする。
「直緒、そろそろ時間じゃないの?」
そう言われて時間を確認すると、もう七時半。
やばっ! もうこんな時間だ。
「うん! じゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね」
お母さんと挨拶を交わし、家を飛び出し、大学に向けて自転車をかっ飛ばす。
やっぱり髪は大学でセットし直しだなぁ、なんて考えてるうちに大学へ到着。グッシャグシャの髪の毛のまま、私の大学二年生生活が始まった――。