第1話 プロローグ・五月晴れの空の下で ~友美~
もう後がない。
ここ落としたら負け。
そんなプレッシャーと、雲一つない青空からギラギラと照りつける日差し。その二つに汗をかかされ、私の頬を伝い雫が落ちる。
ここさえしのげればまだ何とかなる……、はず。
夏を思わせる季節外れの炎天下。そんな中を走り回ってるせいで、私の体力は尽きる寸前。脇腹はズキズキ痛むし、肩は大きく上下してる。
キツイ。
相手が悪すぎる上に向こうの手番の大詰め。既に向こうは、私たちを倒そうと超攻撃的な戦術に変わってきてる。
奴らは失敗しても私たちを倒すチャンスは続く。
一方私たちには、それがない。
相手の精神集中のためのルーティンは続く。
私が相手するその人が握るのは――
ラケットとボール。
セットカウント二体一のフォーティサーティ。相手のサーブ。
そんなことをどこまで確認したって状況は変わらないんだから集中しろ!
向こうは初手から決めにくる。相手の一挙手一投足を見ろ。
レシーバーは私。だから私がなんとかするしかない。
サーバーの手からボールが高く上がる。
来る!
「はぁっ!」
気合いのこもった声と同時にボールが飛んでくる。
「うらっ!」
直線的で高速のサーブになんとか喰らいつき、打ち返す。
ボールはサーバーの方へ。しかし向こうもきっちり打ち返しリターンエースを許してくれない。
そこからは私とサーバー、後衛同士のラリー合戦。そこに前衛の相方が入り込める余地はなかった。
向こうの打ち分けに揺さぶられながらも、なんとか追いつき打ち返す。
「んっ」
力んでラケットをフルスイング。でもそんなことお構いなしに、軽快な音を立ててボールはきっちり帰ってくる。
そんな球をギリギリと音がするほど歯を食いしばりながら、必死こいてラリーを繋ぐ。その度に口から声にならない吐息が漏れる。
絶え間なく顔から汗が流れ続ける。薄めのメイクもベースごと崩れ去りそうなほどに。
でも拭ってられない。
そんな暇――
「んぐっ」
ないし!
打ち返した衝撃でラケットを握る手も痺れてくる。
キッツイ。経験と体力の差が如実に出てる。
ふとそんなことを思っていると、
「あっ」
ボールを返した瞬間思わず声が出る。その手ごたえでこれから何が起こるか分かってしまったから。
追いついて返したボールは私の想いに反し、緩く高く打ちあがり相手にとっての絶好球に。そんな球を経験者は見逃してくれない。
叩きつけるように強力なスマッシュを返され、完全に予想通りの展開に。変化していない私はその球に追いつけるはずもなく、ゲームセット。
「よっしゃー!」
「うっし!」
「あーあ」
個々人がそれぞれの想いを口にする。勝った向こうは子供のようにはしゃいでいる。
「それじゃ、ドリンクよろしくマネージャー」
試合の相手の健が私にそう告げ、そそくさとコートを後にする。
嫌味ったらしく告げられた、マネージャーという言葉が胸にグサリと刺さる。そして、その言葉と振る舞いにちょっとカチンとくる。
確かに今の試合では、負けた方がドリンクを買ってくることになってた。
でも、いくら私が選手兼マネージャーだからってこのタイミングでそれ言う? 今一緒に試合してたんだから、お疲れの一言くらいあったっていいんじゃない? スポーツマンシップ的に。
てかそんなに『マネージャー』に頼みたいんなら、本物の専属マネの一女が二人、コート脇のベンチで楽しそうにお喋りしてるんだからそっちに頼んで。お願いだから。
そう言おうにも上がっりきった息も戻らないし、声も出したくないくらい疲れてる。だから何も言わずにしぶしぶドリンクを買いに行くことにした。
ふらふらと自販機に向かいながら物思いにふける。
あー、イラつく。試合の結果ではなくいろいろな前提に。
男女混合ダブルスでどうして男三人と女一人とかいう構成になるわけ? 承諾した以上、そこにはもう突っ込まないけど。
それにこの前言われた、
「本当にマネージャーするだけでいいから、当日来るだけ来て」
という健の台詞は何だったのか。
いや、一応スポーツウェア持って来てって連絡がきたときから、なんとなく怪しいとは思ってたけど。まさかここまでガッツリ試合させられるとは……。
ここまで激しい運動させられるなら、ウェア周り新調して正解だった。特にスポブラ。
高校のときのはもうサイズ合わなかったし。新しいのは圧迫感もなく、着け心地も悪くない。それに動きもだいぶ抑えてくれてる。
高いのにしてよかった。
ただウェアに着替えた後。私がスポブラっぽいってのに気づいた瞬間の、男集の溜息交じりのがっかりとした視線は頭にこびりついてる。その残念そうな表情と視線の先をみれば、性欲の塊みたいな大学生連中の考えてることは嫌でもわかる。
わかりたくないけど。
てか何だ高校時代県のベストエイトって。健も健で高校テニスの関東大会の団体戦の控えメンバーって初耳だわ。
私は高校時代そんなガチでテニスしてなかったってのに。
そもそもなんでイロハの中でテニス同好会なんて立ち上げたのか。そんなにテニスしたいんなら、あんたらテニサー入れよ。
それに試合終わりの輪の中心にいる、本物のマネージャーたちは何しに来たわけ?
このゴールデンウイークの人が多い時期、Tセンターのビルの屋上コートの予約を取ったのは私。メンバーへの諸連絡もそのままの流れで私がやらされた。
そして今はメンバーのためにドリンクを買いに行ってる。一人で。
むしろなんて言って彼女たちが呼ばれたのか知りたい。まさか「何もしなくてもいいから来るだけ来て」って言われてるんじゃなかろうか。
ダメだ。疲れとなんとなく感じた理不尽さで、思考がよくない方向へと向かってる。
私は無心で自販機にお金っを突っ込み、淡々とスポーツドリンクのボタンを連打する。
別に連打したって早く出で来ないのは知ってる。ただこうしてれば余計なことを考えなくてすみそうだったから。
ピッ、ゴトン。ピッ、ゴトン。
心を無にして音で数を判断。人数分のペットボトルを小脇に抱え、特に急ぐわけでもなくメンバーのいる場所へ戻ろうと視線をやる。
すると、なんかおかしい。明らかに人数が元の倍くらいの大所帯になっている。
経験則上嫌な予感がする。とりあえず戻って事情を確かめよう。
そう思い少しだけ早歩きで戻る。
「友美、遅いよ」
悪かったわね。
「その人が例のマネ兼選手の友美さん?」
同い年くらいの見るからにチャラそうな男が話しかけてくる。
運動してる間くらいピアス外せよ、危なっかしい。
「ただのマネージャーですが」
しかも人のいない間に適当に紹介されてるし。
「でも、隣のコートで見てた感じ、マネージャーとは思えないくらい上手かったっすよ! よく男の強烈なサーブに食らいついていたというか、ラリーもマジ上手かったし」
「そりゃどうも」
おだてられてる感が半端ない。知ってる手口の予感がして、褒められてもちっともうれしくない。
「そういえば」
と健が言う。
「この人たちM大のテニサーでね? 隣のコートで練習してたんだけどさ」
「へぇ」
確かに着ているスウェットの胸元と右の腿の部分には『M univ.』というプリントが入ってる。特に太もものプリントは、遠くからでもはっきり判るレベルに主張が強い。
それさえ無きゃ結構いけてるデザインなんだけど。
まあ、遠くからわざわざご苦労なことで。
「休憩中話してたらすっかり意気投合してさぁ」
このパターンは……、
「今度一緒に飲み会することになったから、日程開けといてね」
やっぱり。予感的中。合コンに呼ばれるやつ。
「ちょっと待って。え、全員参加? 私ただのマネなんだけど」
「一年生のマネ二人も来るって言ってるから」
げっ。こいつら、マジで何してくれてんの。人の退路塞ぐなっての!
「……」
「うちのサークルも、もうちょっと人呼ぶから、ね?」
ね? じゃねーし。
内心、超行きたくない。
でも、ヘイトとかいう鎧武者のこともある。この前はなんとか直緒と二人で退けたけど、今のままだとあいつに勝てない。
――新しい能力に目覚めない限りは。
しかたない。今回はそういう場って割り切って男漁りすることにしよう。
「わかった。行けばいいんでしょ行けば」
そう答えた瞬間の男性陣の喜びようを私は忘れない。
特にM大側の。
――やっぱりやめたい。
【次回予告】
遂にその日はやって来て、合コンの幕が上がる。時間通りにメンバーも揃わず、パッとしない相手の男連中。そんな中、遅れてきた男は友美にもたらすものは何。
次回『変身ヒロインでも、合コンくらいするんです』
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