第3話 ふたりは大学生! 〜直緒〜
雲一つない青空、ちょっと肌寒いけど心地の良い風、新緑が芽吹き始めた芝生。いつまででも居たくなるような春先の公園。
そんな心踊る場所に突如として現れた黒い炎と、ドス黒い人形の化物。
変身した私はその炎、そして化物と必死に戦う。方法なんて分からないからただただ殴る。
それが大切な人を守るためにできる、唯一の事だった。
◇
「……お。直緒、おーい。大丈夫?」
「ん、ふぁーあ。今のは夢か」
直緒、と呼ぶ声が私の意識を現実へと引き戻す。
気づくと、ここはC大内の桜広場。ベンチに腰掛けてた私は日頃の疲れもあり、春の陽気に誘われて、少しばかり夢の世界に足を踏み入れていたみたい。
私の目の前は見渡す限り、いちごみるくを溢したかのような薄ピンク。その色の洪水の中で、隙間から時折見える青色は四月特有の暖かい春の日差しを運んでくる。
私はその日差しに負けて、つい眠ってしまった。
「直緒、大丈夫? 体調悪いなら明日もあるし帰った方がいいんじゃない?」
「気温がちょうど良くて、寝ちゃってただけだから、大丈夫だよ!」
さっきから私のことを心配してくれてる、背の高い綺麗な金髪の女性は土方友美。同じサークルかつ語学のクラスが同じで、ある秘密を抱えた友人。目はパッチリと大きく、鼻筋もスッと通り、メイクもばっちり決まった美人さん。
そんな私の名前は坂本直緒。C大法学部二年生で、サークルも入っていて、普通の大学生。
今は友美と二人で、サークルの新歓花見の場所取りの下見に来た。
今の日付は四月の上旬。大学の授業もまだ始まっていない、いわゆる新歓期間。
この時期は各サークル、同好会、そして部活が、オリエンテーションにやってきた新入生に向かって、自分のところに入ってくれるよう、全力でアピールをしてもいい期間。
その一環として私たちのサークル通称「イロハ」は明日、新歓花見をここ桜広場で行うことになっている。そしてその下見として、今日私たちが駆り出されている。
「この辺から、あの木のとこまでなんか良さそうね。ちょっと、直緒! 試しに向うまで行ってみてよ」
「これー?」
「そうそう! オッケー、戻ってきて良いよ!」
「どう?」
「奥は直緒が居てくれた所までて、あとは、あそことあそこのベンチを巻き込むように場所取りすればいい感じ。よしオッケー、こんなもんでいいかな」
新歓担当の友美はキッチリと仕事をこなしてゆく。一方、ただの場所取り係の私はほとんど隣で見ているだけだ。
「ふぅ、疲れたぁ。とりあえずやる事終わったし、ちょっと、そこのベンチで休憩しない?」
「いいよ」
私は快諾し、二人でベンチに腰掛ける。
「また寝ないでよね。起こすの大変だからさ」
「さっきは疲れてただけだから、大丈夫だって。もう意地悪だなぁ」
「ゴメンゴメン」
そう言って、私たちは笑い合う。
「それでさ、お昼に外で寝落ちしちゃうくらい、疲れることって何があったの?」
友美が落ち着いた声で私に尋ねる。多分、心配してくれているんだろう。でもその目は、誤魔化さずに言って欲しいと言っているように見えた。
「それはね──」
「一人で憎念と戦ってた、とか?」
私が言おうとした台詞を遮って、友美が言う。それはまさに、今私が言おうとした事だ。
「友ちゃんは、何でもお見通しだなぁ」
「だって、顔に書いてあるから」
私の表情は人一倍読みやすいってよく言われる。だけど、まさかそんなに事細かに書いてあるとは……。分かり易いなぁ、私って。そのうち、友美は会話をしなくても、私の考えてることを読み取れるようになりそう。
私の表情の話は正直どうでも良くて、大事なのは友美が言った内容の方。
友美が口にした『憎念』という言葉。それは人の感情が生み出した化物。先輩とのデートのときの、世間で言う「k金井事件」を引き起こした怪物。
「直緒の性格なら、戦わなきゃって気持ちになるのは分からなくもないけど、力もまだキチンと引き出せてなくて、経験も浅いんだから、一人で無理しないで」
憎念は出現すれば人に危害を加える。だから私としては一刻も早く、出現した憎念を倒してみんなを助けたい。
でも友美の言うように、私は力もないし経験もない。友美に追いつこうと一人で頑張っていたけど、そのことも見抜かれちゃってる。
「ゴメン。でも、私も追いつこうと頑張ってはいるんだけどね」
「今はまだ無理しないで、私に任せてればいいの」
確かに、友美の言う通りだ。無理してたら、肝心なときに頑張れない。
「大丈夫、私が全部守るから」
続けて、友美がそう呟いたような気がしたけど、その小さな呟きは春風にかき消されてしまった。
「飲み物買ってくるよ。直緒もいる?」
「テキトーでいいよ」
「オッケー」
友美が自販機に飲み物を買いに行こうとした瞬間、私の胸の中にザワッとして、何とも言えない黒くてモヤモヤっとした感覚が広がる。彼女も同じことを感じたようで、私たちはお互いに顔を見合わせる。
「ゴメン、飲み物は後」
「憎念が先だね」
「ここから、そう遠くなさそう。ちょうどいい、二人で行くよ!」
「うん!」
そう言って、私たちはモヤモヤした気持ちの発生源、即ち、憎念の発生場所に向かった。
私たちは、憎念が出現すると胸の中に、何とも言えない黒くてモヤモヤした感覚を覚える。その感覚は、憎念に近づけば近くほど大きくなる。だから、その感覚を追いかけていけば、私たちが戦うべき現場に辿り着く。
さぁ、これから頑張らなくっちゃ!
【次回予告】
不穏な心のざわつきを感じ、現場に向かう直緒と友美。そこには大量の『憎念』と呼ばれる怪物たちがいた。
その怪物たちに対抗すべく、直緒と友美は共に変身し戦うのだった!
次回『ふたりは変身ヒロイン!!』