因果とは
1988年1月14日に私という固体は産まれた。
私が生まれたことにより誰かが喜んでくれたのかは知らないが、ちなみに姉と兄は私が産まれた記憶がまったくないらしい。ただ、仮死状態で産まれたのはその後教えてもらった。
そのまま、死んだままにしてくれたら良かったのに。
神様はあまりにも残酷だ。
とてもとても小さい命がその日誕生した。
産まれる前の記憶を私は持っている。(それが確証ではないが)
私の産まれる前の記憶は父親がお腹の大きい母親にタンスの引き出しでぶつける記憶だった。
もう一度言う神様は残酷だ。
母方の祖母はぶっ飛んだ人だった。まず、名家の娘さんで婚約者がいたにも関わらず祖父の子供を身ごもり駆け落ち。あの人はただ女として生きていた。
母親いわく、祖母は働かない人で祖父は鹿のえさやりの仕事。母親が修学旅行にも行かずせっせと稼いだお金を給料日に母親の職場まで取りに行くような女だったと。
ただ、本当に綺麗で可憐だった。日本舞踊を習っていたし、男からチヤホヤされるタイプであった。
私は個人的には嫌いではなかったが、母親であったら嫌だなと正直に思う。
母と祖母の確執は、本当にすごかった。
以前祖母が今まで住んていた家を潰すということで母の弟が面倒をみることになった。そのまえに掃除をして欲しいということだったので、母と2人で掃除に行ったが現状を見た母がヒステリックになり、そのまま東京の家に持ち帰ってきてしまったのだ。
まず、母は祖母の顔を見て過去の話をしてヒステリックを起こし暴力をふるう。
わたしは、自分の家族から殺人者が出るのを恐れ大嫌いな実家に見張るという大名義を持って夕食を食べるようにしていた。




