コンセプト1「小人から巨人まで使えるゲームコイン」9
再度試作品を机に並べる。今度は先程よりも硬質な音が響く。
「まぁなんというか、ずいぶん試作されたんですね。」
「それが仕事ですから……。今回は3桁以内で済んだので助かりました。」
「そ、そうですか……。」
我ながらよく作ったものだ。そして幸運だった。
仮にも200年間放置されてきた案件。
そもそも作れるかどうかも微妙なところだった。
「このように金属製の変形機構は変形後の強度を保てるという面で優れていました。しかし……、アステリオさん。試しにこれを変形させてみてください。」
アステリオに試作59号「オクトパス」を渡す。
「まず、中央のボタンを押してください。バネの力でコインが開きます。」
「なるほど、これは手軽だ。」
「続いて縮小させます。中心部から8つの足が伸びておりますので、それをバネの力に逆らって1つづつ折り曲げていってください。しっかりと折り曲げるとカチッとロックが掛かります。あぁ、無理な曲げ方はしないでください、足が折れてしまいます。」
「……少々お待ちください。」
「すみません、イジワルしました。貸してください。戻します。」
アステリオから「オクトパス」を受け取ると金属の足を一つ一つ折り曲げていく。
一本ずつやるとうまくいかない。指先を駆使して、2本3本を同時に折り曲げていくことがコツだ。
慣れれば30秒ぐらいで折り曲げられる。
「……とまぁこんな風に縮小させられることには縮小させられるのですが、まぁ初見では難しいですね。解説書が合っても厳しいと思います。」
「私は指の数が3本しか無いのでさらに難しそうですね。」
「はい。よってこれも使い物になりません。」
オクトパスを脇に避ける。
だんだんと机のスペースが狭くなっていく。
「金属製の変形機構の問題点は2つ。拡大縮小が複雑になりがち。そして拡大率が低い。」
「そうですね。これだけ苦労して2分の1にしかならなければ紙幣を折りたたんだほうがよほどいい。」
「そういうことです。」
試作37号「ココアシガレット」を取り出す。
「そこで私達は今一度原点に立ち返りました。そもそも拡大率を大きくするにはどうすればいいか? 結論は「性質を変える」ことでした。」
「はい?」
「どういう意味でしょうか?」
「説明いたします。」
私の奇妙な発言にアステリオとカタリーナが疑問を呈する。
予想通りの反応だ。
「ココアシガレット」を眼の前に掲げ、説明を続ける。
「まずこれ、ココアシガレット。圧縮時これは棒として使用します。」
「ふむ。」
「そしてこれを展開します。」
ココアシガレットのロック機構を外し、展開し紙幣形態にする。
「展開するとこのように紙幣の状態になります。これが「性質を変える」ということです。例えば圧縮タオル。これはコインの形から紙幣の形に。水風船はコインの形から球体に。このように性質が変わっているのです。」
「なるほど。そういう意味ではこの「オクトパス」はコインからコインになっていますね。」
「この「ゼンマイ仕掛け」もそうです。金属製の変形機構は「性質を変えられない」ものが多かった。その点、水を使用した試作品群は優秀でした。コインの形からボール、紙幣……様々な形に性質を変えていることに気がついたのです。」
「面白い考え方ですね。今後の参考にします。」
「ありがとうございます。どんな今後があるのかは不明ですが。」
米粉パンで閃いた発想。
最初はコインでもあり紙幣でもあるデザインになればそれでよかった。
でも試作を繰り返すうちに気が付いた。
コインから紙幣だけではない。
パチンコ玉でも点数棒でも貨幣としての機能を満たせればいいのだと。
それに気が付いた瞬間可能性は無限大に広がった。
「さて、強度不足の水系試作品群、強度はあるが拡大率にかける金属系試作品群、どちらもこれだけでは使い物になりません。ですから組み合わせることにしました。すなわち外骨格です。」
「……金属の枠組みを作り内部を水で満たすという事ですか? 確かにそれであればいいとこ取りができるかもしれませんね。」
アステリオが私の意図をくみ取り、一瞬で回答をはじき出してきた。
頭の回転が図抜けている。さすがはボードゲーム会社の社長。
話がトントン拍子に進んでいく。
「はい、初期案は確かにそれでした。ですが……そもそも水は絶対に必要でしょうか?」
「と、言いますと?」
「貨幣という形に傾注しすぎて、私たちは実体のある物を求めすぎていたのです。外骨格が存在し、それにある程度の強度があれば……内部を満たす必要は無い。丁度飛行船のように。」
「……言われてみれば当たり前のことですね。」
古今東西、空洞の硬貨など聞いたことが無い。
これが着想にあたって足を引っ張った。
通貨自体に価値があった時代。この時代には重量も通貨の価値の一つだった。
空洞の硬貨など必要性も薄いし、技術的にも困難だっただろう。
額面の価値と通貨の本質的な価値が乖離している現代。
空洞化してまで通貨を軽くする必要は無い。紙幣という手がある。
過去から現代にいたるまで空洞の通貨など存在する意義がなかったのだ。
意義がないだけで存在してはいけない理由はない。
そして、その意義ならここにある。
「そして出来上がったのがこれです。試作品78号「グラスホッパー試作型」。」
「目の前のこれとは違うんですか?」
「基本的な構造は同じです。布越しに外骨格が確認できますでしょうか?」
「外骨格……らせん状の骨組みがあるように見えますね。」
「はい。この骨組みがポイントです。これをくるっと回してやると……。」
内部の螺旋をさらにきつく回転させると棒状だった「グラスホッパー」がコインの形へと戻った。
※詳細は「ポップアップ洗濯かご」と画像検索をしてください。
「このように潰れます。再び元に戻すためには逆方向に回転させなければいけません。」
コインから棒への性質変化。水を使わない伸縮システム。外骨格。手軽な変形機構。
およそ私たちが考え付く限りの問題点を克服した試作品。
思いついたのは偶然だが、それまでの試行錯誤があったからこそ思いつくことができた。
偶然とは待つものではなく、拾いに行くものなのだ。
でも、まだ終わりではない。
むしろこれからが本番だ。これを実用に耐えうる物に昇華させていく。
「強度に関してもこの仕組は、常に外方向へ弾性力が発生しており、つぶれにくい構造になっています。試作79号はまず外骨格の本数を2本に増やし、強度を上げたものです。」
試作79号を拡大させて提示する。
内部の骨組みが1本から2本に増え、78号に比較してまっすぐに直立している。
「続いて試作80号。両面にプラスチックコインを貼り付け、コインとしての質感を両立。」
「待ってください……。質感……?」
「はい。それが?」
「いや、確かに高級感を出すことは重要ですが。そんなところまで追求したんですか? あの難しい注文で。」
なんだそんなことか。
てっきりコスト増大に苦言を呈されるのかと思った。
「だって必要でしょ? アステリオさんは「価値のあるものと価値のあるものの交換」を子供たちに教えたいんでしょ? それが安っぽいつくりをしていたら伝わらないかなって。」
「あぁ、そういえばそんなことを口走っていましたね……。」
注文書の条件だけがクライアントの注文ではない。
必ず何かの思いがあって注文をしている。
例えば、客に親身に接したいから柔らかいイメージのロゴを注文するし。
食品破棄が出にくいように、世帯構成の人数に合わせて、パック内の個数を調節したり。
そういう意味では今回の思いは最初から提示されていた。
ならば私たちはそれに答えるべきだ。
私たちは「ありとあらゆる種族が使えるコイン型のなにか」ではなく「ありとあらゆる種族が使えるゲームコイン」を受注したのだから。
「続けます。試作81号。コインそれ自体にロック機構を付与。これによりセーフティーを2段階に。しかし解除の手間はかわらない。」
「試作82号。コイン表面に回転方向を記載。更に視力の無い方に向け点字を追加。」
「試作83号。側面の布が不格好に見える点を改善。上下コインの側面をプラスチックの筒で覆った。」
「試作84号。円筒状態での転がり防止の為にコイン側面に溝を設置。」
「試作85号。布の材質を偏向。高級感があり、伸縮性に飛んだ布を導入。」
改善点と試作品を次々に並び立てる。
試作品は番号を追うごとに徐々に試作91号へと近づいていった。
そして……。
「試作86号。プラスチック部に「ゴーストバスター」を導入。幽霊の使用を考慮。」
「ゴーストバスター」は幽霊の排除が目的のデザインではない。
本来であれば幽霊たるユニが失った「触覚」を取り戻すための仕掛けだ。
すでに手のサイズも変わったのに、未だに当時送った手袋が保管されているのを見ると少々恥ずかしくなる。
「そして、外骨格の干渉や布が外側に張り出さないようになど、各種調整を費やし、試作91号「グラスホッパー」は完成しました。」
約2週間にわたる試行錯誤の末、ようやく完成した作品。
私達にはきっとこれ以上の作品を作ることはできない。
そしていずれこのアイデアはもっといいアイデアに塗りつぶされてしまうだろう。
でも、今この時だけは、自信をもって宣言できる。
私たちのデザインこそが「最高」だと。
「試作品の解説は以上です。しかし百聞は一見にしかずといいます。」
結局の所、使えなければ失敗作なのだ。
そしてここには小型種族から大型種族までが揃っている。
ならばやるべきことは1つ。
「では……ゲームを始めましょうか!!」
よし、あと一話で終わる!!




