勇者は滅べ・・・!
三人称?練習にて。
・・・はたしてこれでいいのだろうか?――と思ったら間違いを発見。訂正してます。
「私の命ならいくらでも差し上げます!」
満月を背に、美しい蜂蜜色の髪をした華奢で可憐な――万人が美少女と見惚れるであろう、麗しい少女が両手を組み、懇願するように叫ぶ。
そんな姿ですら物語の一場面のような、現実味のない美しさとして観せる。
「私が出来ることならば何でも、何でもします!だから、だからどうか!」
ヘリオドールの瞳に水の膜が張っているのに、気丈にも涙を流すことなく耐えて言葉を続ける少女は一歩、一歩と震える足を動かしてこちらに近づいてきた。
少女にスポットライトが当たるように、満月の光が降り注ぐ。
ああ、少女が嘆願するのは愛する者の命か、それとも故郷の存命か。もしくはその両方か。
魔王と呼ばれる長身巨躯の男は古びた椅子に腰を下ろしたまま、きらきらとした眼を向ける少女を鋭く怜悧な青い瞳で見つめた。
美女と野獣――ふいにそんな言葉が脳裏に浮かんだが、どうでもいいと即座に捨てる。
少女が意を決したように息を吸い込んだ。
さて、いったい何をこの魔王に頼むのか。くつりと喉を鳴らした。
「――――勇者を滅ぼしてください!」
某大国の第一王女、エステル・シェル・リッターヴェルグの言葉に魔王であるジェイド・ヴァンホーグは玉座から滑り落ちそうになった。
まさか。
まさか、だ。
まさか力一杯に、人類の救世主であるはずの勇者の殺害依頼をするなんて、誰が予想できただろうか。少なくとも魔王にはできなかった。
普通、勇者を助けてと魔王に懇願するものじゃないか?それか民に手を出さないと頼むモノではないか?頭が混乱してきた。さてはこちらの戦意をそぐつもりだな。それ程に魔力が高いだけで魔族と呼ばれる我らを滅ぼしたいのか。何もしていないのに理不尽だ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・いや、だとしても少女の眼は本気で、嘘偽りが見つけられない。
紛れもない事実。
心からの嘆願。
己が全てを差し出してまで叶えたい想い。
それが――――勇者抹殺、とは。
唖然と、間抜けた顔をしてしまった。
周りにいた部下が眼を見開き、間抜けな顔で王女を見ている。
そうか、お前達も予想できなかったか。妙な近親感を抱いて玉座に座り直し、困惑を隠して王女に視線を向けた。美しい顔がやけに輝いて見えるのは、期待故だろうか?いやいやまさか。えー。
考えを即座に捨て、油断すると震えそうな声に気をつけながら尋ねる。
「・・・すまん、よく聞こえなかった。なんと言った?」
「勇者を滅ぼしてください!」
「・・・冗談か?」
「本気です!私は、本気で勇者を滅ぼして欲しいんです!魔王である貴方――ジェイド陛下に!!」
誰か冗談だと言ってくれ・・・。
痛む頭を押さえ、胡乱に王女を見た。きらきらと星の輝きのように美しい瞳が、期待と不安に揺れ動いている。頬が引きつった。
「あの!女の敵としか言えない下劣で下種な、どうしようもない下半身節操なしの『可愛い女の子は好きだよ』やら『女の子なら誰でもOK!』とか真顔で言う奴を!不本意ながら、本当に不本意ながら私と言う婚約者がいるにも関わらず女からのキスを拒まず、女に涙ながらに誘われれば即座にベッドイン☆を!する!あの男!を!魂ごと滅ぼして、いいえ――――殺して欲しいのです」
滅ぼすではなく、殺すと言った王女は果たして、勇者に何をされたのだろうか。
恨みと憎しみ、殺意を双眸に宿す姿はとてもじゃないが王女には見えない。ただの復讐者だ。
「勇者の婚約者だろう?」
「私が望んだわけではありません」
即答できっぱりと言う。
「父上が『勇者が婚約者ならこの国も安泰。何があっても大丈夫。お前は幸せ者だぞ☆』とか頭のネジどころか脳みそ解けたのか?と思うようなことを言ったのが原因です。私が望んだわけではありません。母上も望んでないし、むしろ『アレが義理の息子なんて死んでも嫌。むしろアレのせいで死ぬのなんて嫌。だから殺した方がいいわ』とか言ってましたから殺してください」
「母子そろって・・・いいのか。勇者だぞ」
「勇者でも女の敵です。殺してください」
口元だけに綺麗な笑みを刻み、まったく笑っていない眼が不穏な色を放っている。ストレスが溜まっていそうだ。頬杖をつき、ジェイドが溜息をつく。
「だってそうでしょ?あの勇者ったら・・・私にとってとてつもなく不本意な婚約が決まる前から、それこそ精通が来た時から女遊びは激しいしギャンブルにのめり込むし、これが本当に勇者か!?って神に問い詰めたくなるくらい酷いんデスよ?あ、ちなみにこの情報は私の優秀な侍女が調べてくれました。けど精通ってなんですか?いくら聞いても教えてくれなくて・・・」
「忘れろ。それで続きは」
「そうします。それであの勇者、婚約したからと言って爛れた女関係を清算するでもなく、ふらふらと女の元へ渡る日々。それだけじゃなく私にまで夜這いをしかけるんですよ?婚約者だから問題ないだろう?って言われた時は男として再起不能にしてやろうかと思いました。優秀な侍女によって私の貞操は無事ですが。それだけじゃなくあの勇者!私だけじゃなく母上や妹達、義姉さまにまで手を出そうとする始末。勇者と言う地位を笠に好き勝手・・・。いくら神によって与えられた称号で、王よりも権力があるからって流石にどうかと思います。何人の侍女があの男に食われ、泣く破目になったことか・・・数えるのも馬鹿らしいくらいですよ。殺してください」
もはや「殺してください」が語尾のようだ。
「いや、殺してください・・・って言われてもなぁ」
「ちなみにあの勇者。魔族を排除するとか魔王を殺すのは勇者の使命とか、戯言を吐いて貴方方を殺してこの大陸を奪いたい欲の亡者が協力を申し出ました。早くとも一か月後にはこの大陸に来るでしょう。その前に殺してください」
「それは・・・事実か」
「事実です。馬鹿正直に父上の御前で魔族は人類の敵だなどと妄言してましたから。まったく。魔力が高いだけで魔族呼ばわりするなんて馬鹿ですよね本当、死ねばいい。そもそも貴方方のことを魔族と蔑称した法国が悪いんです。自分達の利のために必要悪とか言って、貴方方を陥れたんですから。死ねばいいんです、むしろ国ごと滅べばいい」
「・・・結構、口悪いな」
「がっかりしました?」
王女はくすりと笑い、首を傾げた。
「理想の皇女様像なんて、結局は理想でしかないんですよ。誰も彼も私のことをちゃんと見ていない証拠。でも、それはそれで利用できるので活用してますけど。便利ですよね、人の印象って」
「確かにな」
ジェイドはぐしゃりと灰混じりの黒髪を掻き、楽し気に喉を鳴らした見た目通りの屈強な身体と強面な顔立ちは時と場合によって利用できることを知っている。実に便利なものだが、使い処を間違うと痛い眼にも合う。左の眉間から頬にかけてはしる古傷をなぞりながら、息を吐きだした。
「――――で、勇者を殺して欲しいがために隣の大陸にまで来たと?それはまた随分とご苦労なことで」
「ええ、本当に苦労しました。主に城を抜け出すまでが。まぁ、私の涙に皆さんころっと騙されて最終的には近衛兵も味方してくれましたけど。むしろ応援されました」
「物凄くいい笑顔だな」
「だって――――そのついでに勇者を簀巻きにしてその手の店の前に放置できたんですよ」
「は?」
「あ、勿論全裸です。恋人を、嫁を寝取られた恨みある男性達がやってくれたんですよ。怖いですね、男の嫉妬も」
「・・・俺はそれを笑顔で語るアンタがこぇよ」
「うふふ」
輝かしい笑みを浮かべる王女に、周囲が判り易く引いた。
魔力は勿論、武力もこちらの方が上だと言うのに・・・恐怖を与えるとは恐ろしい女だ。ジェイドは頬を引きつらせ、王座で項垂れた。
「社会的に殺してねぇか、勇者のこと?俺達に頼む理由、ないよな?」
「あります」
きっぱりと告げ、靴音を鳴らしてジェイドに近づく。
「あの男を殺して、私を奪ってください」
「は?」
分厚い両手をとり、恋する乙女の表情で告げた王女に眼が点になった。
いや、頭が真っ白になって何を言われているのか理解できなかった。ジェイドは何度も瞬き、視線を周囲に巡らせる。
あんぐり、と大きく口を開けた将軍。
滂沱の涙を流しながら、歓喜に眼を輝かせる宰相。
頬を赤らめ、石化したように動かない侍従。
普段とは違って黄色い悲鳴を上げる侍女と、歓喜に泣く侍女長。
どう反応していいのか解らず、困惑する部下の数々を視界に収め・・・・・・視線を戻した。恥ずかしそうに小刻みに身体を震わせ、顔を赤らめて伏せる美少女に眩暈がした。
やばい、と本能が警鐘を鳴らす。
乱暴に取られた手を払い、右手で顔を覆う。周囲から批判的な声が聞こえたがスルー。
「まって、色々とまって」
「はい、待ちます」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談?」
「本気です。私と結婚してください。幸せにします」
「それ、男が言う台詞・・・・・・。いや、本当に待って。なんでそうなった?」
「好きだからです。一目惚れです。愛してます。結婚して幸せな家庭を作りましょう」
「いやいやいやいやいやいや、待って待って待て!」
ぐいぐいと言葉だけではなく身体まで乗り出し、ジェイドの太ももに両手を乗せて顔を近づけてくる。端整すぎる顔立ちと心を落ち着かせる花の香りにくらりとした。それを必死で御し、両肩を押し返す。短い悲鳴が聞こえた。
「なんで!そう!なった!」
「好きだからです」
「だから!なんで!俺!」
「一目惚れです」
「・・・・・・・・・・・・さっきの今で惚れられても」
「今じゃありません」
「今じゃないのか?」
「十年前に会ってるんです、私達」
「十年前」
ジェイドが思い出すより早く、侍従の一人が声を出した。
「あの時の将来有望なお嬢さん!」
「うわぁ、まさか軽薄そうな侍従さんに覚えられてたなんて吃驚」
「いえいえ。私は軽薄なのではなく、将来有望そうな少女を愛でるだけの少女性愛者ですので、お間違いなく」
「うわぁ、変態。犯罪の香りがしますね、牢獄で一生を過ごしてください」
顔を青ざめ、引きつった笑みを浮かべる王女を見て溜息が出た。
「おい、そいつを矯正施設に押し込めろ。俺の配下に変態はいらねぇ」
「ああ!ご無体な!矯正施設に行ったらババアだらけで私のライフがゼロになるではありませんか!そもそも有能な私を遠ざけて、大変なのは魔王様ですよ!?」
必死な表情から、どこか不敵な笑みでそう告げた侍従にジェイドは鼻で笑った。
「大丈夫だ、優秀な侍従なら他にもいる。はい、矯正施設行決定。期限は未定。その変態が治るまで出てくるな」
「あー!慈悲を、慈悲をー―――――――――っ!!」
王女の二度目の爆弾発言に動じることなく、近衛兵としての務めを果たしていた彼らが侍従を引きずっていく。・・・右足と右手が一緒に動いていたが、流石は優秀な近衛兵だ。ジェイドは知らないふりをし、溜息を吐き出した。
「十年前って言うと、俺は旅に出てたんだが」
「はい、その時に会いました。あの軽薄な変態侍従さんと一緒にいましたよね」
「・・・変態でも、侍従としては優秀だったんだ。変態でも。だが十年前か・・・」
「覚えて・・・ませんか?」
不安気に瞳を揺らし、けれど首を横に振って何でもないように笑う。その姿は気丈ではあるが、当然だと受け止めているようにも見えた。
「いえ、覚えてませんよね、昔のことですから。でも、私はあの時からずっと・・・ジェイド様のことを想っていました。だから勇者が婚約者になったのが嫌で嫌で嫌で、母上にも相談したら『殺してしまいましょう』って笑顔で言ってくれたんです」
「笑顔で言う台詞じゃねぇ」
「それで私はここにいるんです」
「意味が解らない・・・!」
頭を抱えるジェイドの姿に、王女は一瞬だけ悲しい顔をした。それをすぐに消し、笑顔でジェイドの傍から離れる。
「まぁ、私を奪って。とか結婚して。と言うのは綺麗に流して」
ぱん、と軽く手を叩いて穏やかに告げた。
「殺してください、貴方方の害となる勇者を」
聖女もかくや、と言った表情を浮かべる王女に息を飲んだ。
「滅ぼしてください、貴方方を陥れる者全てを」
眼を閉ざし、胸元で手を握る。
「私を利用してください、貴方方の未来のために」
ゆっくりと開いた双眸に、先程まで見えた恋情も愛慕も見当たらなかった。
ジェイドはその姿に眉を寄せた。仮面染みた笑顔が妙にいらつき、不愉快を覚えて王座から乱暴に立ち上がった。王女が驚いたように瞬く。
ああ、そうだ。
その表情だ。
仮面ではない本当の顔だ。
「命を差し出すと、言ったな」
「いいました。必要ならばこの命、好きに使ってください。その代り、必ず勇者を滅ぼしてください。魂すら残さずに」
こくりと頷き、やはり物騒なことを告げる王女に苦笑した。
「出来ることなら何でもするとも言ったな」
「はい」
「そうか、俺が言えば何でもするのか」
「はい、ジェイド様が望むのならば今ここで死んでせみます」
「なんでそうなる」
「え?」
心底不思議そうに首を傾げる姿は年相応で可愛らしい。
「だが、俺が望めば何でもするんだな」
「はい」
「いいだろう」
一歩、一歩と王女に近づく。
困惑した顔でジェイドを見る王女に、意地悪く口角を吊り上げて笑った。
「勇者は殺そう。この大陸に争いを持ち込もうとする害は排除すべきだ。――――おい、すぐに支度しろ」
声だけ投げれば是と返答がくる。
後は優秀な将軍と宰相に任せれば問題はないだろう。ちらりと一瞥すれば、心得たように頷いて謁見の間から音もたてずに出ていく。侍従や侍女も後に続き、残ったのは王女とジェイドのみ。
不安気に周囲を見渡し、気丈さを取り繕うこともせず情けなく眉を下げる王女の右頬に触れた。びくりと大げさなくらいにはねた肩。沸騰したように赤くなった顔。にやりとジェイドが笑う。
「だから勇者を殺したら」
わざとゆっくりとした動作で、頬を撫でて滑るように顔の輪郭をなぞる。
「アンタは俺のモノだ」
「・・・?」
「何でもするんだろう?」
「?・・・はい」
「命を捧げるんだろう」
「?はい」
「俺のことが好きなんだろ」
「・・・はい」
「結婚するか」
「・・・・・・・・・」
呆然と、言葉の意味を理解しきれなかった王女の頭が爆発した。
眼を大きく見開き、顔どころか身体全体を真っ赤にしてふるふると小動物のように身体を震わせた。両手で口を覆い隠し、今にも泣きだしそうな潤んだ瞳でジェイドを見つめる。
「勝手に忘れたと思うなよ、馬鹿」
頬から手を離し、口元を覆う右手を掴んだ。
「立場とか、年齢差とか、色々あるから忘れようとしたのに、勝手に自分で完結させんじゃねよ」
「それ・・・って」
期待のこもった眼差しに、ジェイドは挑発的に笑う。
「一目惚れはお互い様だ」
掴んだ右手の甲に口づけを落とした。