皇子の独白〜化け物との出会い〜
アンジェラ・ド・シルヴァ。
俺の幼馴染。見た目は可愛い、だが、ゴリラだ。
彼女は、初めて会った日から俺にベタ惚れだった。
別に自惚れているわけではない。客観的な話、俺は見目も整っているし、何より王族だった。
だから、貴族の子女が俺を慕うことや熱い目線を向けてくる事も多いし、はっきり言って慣れていた。
けれど、身の危険を感じたのは、あの女が初めてだった。
最初の出会いはこうだ。
ある日、シルヴァ公爵に俺と同い年の娘がいたということを父上から聞かされた。そして、彼女が俺に会いたいと言っているのだと。
公爵家の願いとあれば、いくら王族でも無下にはできない。
それに、損得関係を差し引いても、シルヴァ公爵と父上は親友の間柄だった。
父上は是非叶えてあげたいようだったし、俺も父上の願いとあらば、まんざらでもなかった。
それで、1度目は俺から会いに行った。
連絡を事前に入れておらず、しかも体調が悪かったようで、会うことは叶わなく、残念に思ったが、今考えると会わなくて正解だった。
だが、幸運は、2度は訪れなかった。
再び、面会する機会が設けられた。
正直な話、俺もその時はとても期待していたのだ。
尊敬する父上の親友であるシルヴァ公爵の娘ならどんなに素晴らしい人だろうと。
だから、彼女に会った瞬間は衝撃でしかなかった。
頭から喰われる。バカバカしいが、俺は本気で最初にそう思った。
彼女はあろうことかお辞儀にかこつけ、一歩こちらに近づいてきた。
距離を詰めるお辞儀なんて、聞いたこともない。
近づいたことで彼女の荒い鼻息の音が漏れ聞こえた。
情けない話だが、俺は僅か10歳の、同い年の女の子に恐怖した。
俺は恐れから、彼女が非力な貴族の子女だと言うことも忘れ、手を引きぬこうとした。
だが、あまりに勢いよく手を引いたため、彼女はバランスを崩しかけた。俺は、自分の失礼さに気づき、慌てて謝罪するー…。
普通の令嬢ならこうなるはずだった。
いや、普通の令嬢であれば、腕を押さえ込まれることも力一杯引き抜く必要に迫られることもそもそもないのだが。
まぁ、ともかく、他の非力な令嬢であれば確実にこうなるはずだった。
しかし、なんと、彼女は恐るべき力で俺の手を押さえつけ、逃がさなかったのだ。
もう一度言う。
彼女は俺の手を逃がさなかった。
全力で引き抜こうとしたのに、重ねられた彼女の両手はビクともしなかった。
どんな腕力をしてるんだ、こいつ。
俺は畏怖の目で彼女を見た。彼女は目があって嬉しそうに笑っているが、その瞳は完全に捕食者のそれだ。
シルヴァ公爵はどんな育て方をしたんだ。
公爵に目を向けると、彼は微笑ましそうな顔で俺を見てゆっくり頷いた。
あれは、俺の娘可愛いだろうって顔だ。
違う、そうではないんだ…!!
「さて、アンジェラ。うちの息子は気に入ってくれたかね?」
すわ、天の助けだ。
内容はともかく、父上が話しかけた隙をついて俺は素早く手を引っ込めた。
彼女は一瞬キョトンとしたが、父上に向かって綺麗なお辞儀をした。
ていうか、待て。お前、普通のお辞儀できたのか。
「はい、国王陛下」
俺の心の混乱は無視して、彼女は鈴のなるような美しい声で、丁寧に父上に答えた。
「噂に違わず、殿下は大変お優しく、とても素敵な方でしたわ」
父上は嬉しそうに破顔した。俺はそれを呆然と見ていた。
彼女と父上はにこやかに会話を交わしている。
父上は完全に彼女を気に入ったようだった。
父上、なぜ、あなたは、こんな化け物をー…?
裏切られたような、信じられない思いで、彼女の顔を見つめ、俺は衝撃を受けた。
それは、それは、鮮やかな変わり身だった。今までの獰猛な表情は、完全になりを潜めていた。
俺は思わず二度見した。
俺の父上に微笑むその姿は、見目に違わず、まさに貞淑な令嬢そのものだった。
話しかける前に見た時の、庭に降り立った妖精のような、ツンとした、けれど愛くるしい雰囲気のまま。
平和な庭園、平和な会話、平和な光景ー…。
俺だけが異様な不気味さに包まれていた。
さっきの化け物は?まさか、俺の白昼夢だったのかー…?
信じられず、彼女を見つめていると、チラリと目があった。
その途端、彼女は可憐さを脱ぎ捨て、ニタリと俺に笑いかけた。その目は全く笑っておらず、血走っている。
背中にゾッと冷や汗が伝った。
この一瞬の視線の交錯に、父上は気づかず、上機嫌に話を続けている。
けれど、俺は悟った。こいつは狩人だ。
そして…!
こいつは俺を獲物に定めてしまったのだ…!!
目の前が真っ暗になり、意識が遠のくのを感じながら、俺は父上とシルヴァ公爵が次の約束を取り付けるのを聞いていたのだったー…。