化粧は女の武器よね…!
「うわー…!!」
ふふふ、やっぱりあなたも女じゃない。
こんなに目をキラキラさせちゃって。鏡の中にいるのは、妖精じゃなくてあなたよ?
私は得意げに踏ん反り返った。
さっきから、私たち二人は、私の部屋で鏡の前に座り、かれこれ2時間くらいお化粧講座を施していた。
あのリストの一覧は、次の日にはもう届いていた。
アマ◯ンじゃないけど、驚きの速さよね。
公爵家の権力って絶大だワ。
ちなみに、メイク道具が届いた夜、訝しんだお父様に何をするつもりか聞かれたけど、包み隠さず全部話したら問題なかったワ。
皇子たちとお付き合いしたいから、令嬢になるって言ったのに、「娘が欲しかったから嬉しい」の返答は流石にないわよね。
だからこそ、ゲームでもアンジェラちゃんは女装できたのかもだけれど。
なんなら、皇子と今度会わせてやるから結婚をこぎつけろって言われワ。
付き合いたいとは言ったけど、「皇子たち」って複数形にしたことに気づいてないのかしらね…。
まぁ、何はともあれ、結構簡単に令嬢になれて拍子抜けだワ。
そういうわけで、ゲットしたメイク道具もとい美容品を、部屋に来たグレイスに施してあげたら、もうイチコロよ。
親分、こいつ、女の顔してますぜって感じ。
そうだろう、そうだろう。お前もやっぱ女だもんなぁ、ってね。
うっとり嬉しそうに自分の顔に見入っちゃって。
わかるわよ、いくつになっても、自分が魅力的になるのは嬉しいわよね。
小麦色の薄っすら焼けた健康的な肌には、サーモンピンクのチークをのせ、さっぱりとした目元はシャドウでバッチリキメキメ、セクシーな印象に。
大人な雰囲気で、ベリーグッドだワ。この国では、ちょっと珍しいオリエンタルでエキゾチックな魅力ってやつね。
いい、グレイス?
お化粧だってポイントを押さえれば、こんなに可愛くなるんだから。
確かにあなたのソバカスだって素朴でチャーミングだけれど、自然派じゃ雄は落とせないのよ。
「ありがとうございます、アンジェラ様…!」
良い歳こいたおっさんには、年相応に笑って見せるグレイスが眩しくて仕方ないわ。
うんうん、我ながら良い仕事したわよ。
しかも、いつの間にか、アンジェラ呼びが自然になっている。
私の乙女力の前に屈したようね…!
「さて、満足したわ。そういえば、あなたが部屋に来たのって何か私に用があったからなのかしら?」
「そうでした。ルシウス殿下がいらっしゃってお嬢様にお会いになりたいと」
おっとー…!?まさかの殿下とご対面…!?
お父様、仕事早すぎじゃないかしら。
って…!
「何故、それを早く言わないの!?」
「忘れてました!」
嘘でしょ!?
私のグレイスはあんぽんたんだったの!?
皇子様をお待たせするなんてとんでもないワ…!
好感度が下がっちゃうじゃない…!
「お支度に時間がかかります、と言ったら、それまで庭園や図書室で待つから大丈夫だと仰っておりましたが…」
何言ってるの。いくら、我が家の庭園や図書室が素晴らしいからって、お支度、二時間ってどんな高慢ちき女よ…!
似合わない服は嫌って?
いくらなんでも時間かかりすぎじゃないの…!
きっと、そろそろ飽き飽きしてるわよ…!
私はこうしちゃいられないと、慌てて立ち上がる。
「あっ、アンジェラ様!!お召し物は、それでよろしいのですか!?」
「良くはないけれど、選んでいる時間がないんだもの…!」
その言葉にグレイスはにっこり微笑む。
「お任せください、私が時間を稼ぎますわ」
「できるの…?」
半信半疑な私にグレイスは自信ありげにふっと息を零す。
メイクと合わせて、その表情は様になっていて頼もしいワ。
「容姿こそが女の最大の武器、そうですわよね…?」
「グレイス…!!…頼んだわよ!」
女の見た目は戦闘力ということをしっかり理解したグレイス。
その成長を喜びつつ、彼女に皇子の対応を任せることにして、私は急いでドレスを選び、髪をアレンジしてもらう。
ふふふ、今の私の戦闘力は最大よー…!
私は、皇子とグレイスが向かったという図書室へ足早にかけていく。
図書室の重たい木彫りの扉を押し開け、グレイスと皇子を探す。
ハハハ、と軽やかな笑い声がどこかから聞こえた。
少し押さないけれど、それでも、はっきりとわかる、ゲームで聞きなれた皇子の声ー…。
ああ、ついに…ついに…彼に出会えるのね…!!
「…あなたは、とてもエキゾチックで、魅力的な方ですね」
慈しさを含んだような、優しい声が聞こえた。
私はその方向に視線を向ける。
図書室に射し込む柔らかな光が二人の間にキラキラと溢れ落ちていた。
皇子のセリフにグレイスは少女のようにそっと頬を染め、それからそっと目を伏せた。
それは、さながら一枚のスチルのようでー…。
え、ちょっとグレイスと皇子がいい感じって何よそれ!!
確かに私の手がけた超完璧な作品だけど…だけど…!!!
そんなのって、あんまりじゃない…?
目の前が暗くなる感覚を覚え、私は微かによろめいた。
…そういえば、前世でもこんな感じを味わったことがあったわね。
一生懸命、恋愛相談に乗ってあげた横山くんの時と同じ…。
彼女への誕生日サプライズに色々迷ってたから、私は、一番キュンとくる、自作ソングのプレゼントをオススメしたんだったワ。
でも、その甲斐なく、結局花子ちゃんにはフラれちゃって、それどころか後日SNSで晒されてるのが発覚して、目をウルウルさせていたっけ。
信じられるのはお前だけだ、とか言って私の手を握ってくれて。
でも、それから3日後、結局よりを戻しやがったのよね、あんちくしょう。
しかも、元カノ花子ちゃんがこれまた思いの他、良い子で、巻き込んでごめんねってクッキーをくれたのよね。
その後、花子ちゃんとは、友達になったけれど、それからも横山くんとの惚気を聞かされるたび、鈍い痛みが胸を走ったものだったワー…。
これは、そう。あの時の切なさと一緒だワ。友情と敗北感がごっちゃになったあの感覚。
相手を憎むことができない分、モヤモヤがたまる感じの。
ああ、あの時のクッキーの苦さが思い起こされるワ。
午後のうららかな昼下がり、私は図書室の本棚の陰で、青春の記憶を思い出して一人、遠い目になったのだったワー…。