死線
ナイフ使いのゴブリンを狩らなくてはいけない。
ジンは焚き火の場所まで走っていた。
いまどこかでナイフ使いが自分を狙っていたらジンは死んでいるだろう。
しかし、それを気にしていたらジンは死ぬ。
なにせこの見知らぬ土地で頼れるものは"記憶"だけだからだ。
記憶のレールから外れないように、ズレの修正にも僅かな時間しかかけることは出来ない。
………
目的地に近づくと、ジンは足音を消して耳を澄ました。
ムシャ、ムシャ
咀嚼音が聞こえる。
探す手間が省けた。おそらくこの音はナイフ使いが仲間の死体を食べている音だ。
ジンは冒険者の死体から手に入れた剣を握りしめた。
手に剣のザラリとした持ち手の感触が伝わる。
ジンは突きの構えをしてナイフ使いに近づいた。
一歩また一歩と足を前に進める。
ついにナイフ使いを視界におさめた。
足を踏み出すと共に、腕を前に突き出した。
少しでも遠くまで攻撃を届かせるための動きだった。
スピードはやや遅いが、狙いは完璧だ。
ジンの攻撃は敵の首を貫くはずだった。
ナイフ使いは首を横に振ると焼け残った仲間の頭蓋をこちらに投げ込んだ。
周囲に灰が散った。
ジンは左手で頭蓋を振り払うとその勢いをそのままに身体を回転させ、剣を横になぎ払った。
ナイフ使いが投げたナイフが剣にあたり、鈍い金属音が鳴る。
ナイフ使いの動きはジンの予想よりも早く、ジンがさばききれるものではない。
ジンは剣の腹でナイフを防ごうとしたが、タイミングをずらされて持っていた剣を後方に弾き飛ばされてしまった。
ナイフが横に振られ、顔に迫ってくる。
ジンは上体を反らせることでなんとか攻撃をかわした。
しかしナイフ使いは重心の崩れたジンの上体に飛びかかり、ジンを地面に倒しにきた。
上体にナイフ使いの体重がかかり、地面へと体が引きつけられる。
ジンはついに地面に体を押し付けられた。
腕を伸ばし、ナイフ使いとの距離をとるが、相手も必至に抵抗する。
ナイフ使いのゴブリンの左手がこちらの胸に押し付けられ、右手はこちらの首元に向かっていた。
ジンは首元に迫るナイフに集中しようと、両手でナイフ使いの右腕を掴んだ。
敵のゴブリンも負けじとナイフを右手持ちから両手持ちに切り替えた。
両者の顔が近づき、息がかかった。
生臭い匂いがした。
力が拮抗していると、ジンは腕を片手持ちに変え、横方向に力を加え始めた。
首元から地面へとナイフの向かう先を変えようというこんたんだ。
そして勝負の決着は突然訪れた。
ナイフが首筋に刺さった。
死んだのはゴブリンの方だった。
…………
力が拮抗し始めると、ジンはこのままでは自分が死ぬと直感した。
何か策はないかと頭を回転させると、ある策を思いついた。
今この状態だからこそ有効な策だ。
普段ならこんな生死を分ける状態に持ち込むことはないため今まで気がつかなかった。
ジンは作戦の成功率を上げるため、そして作戦が失敗した場合に備えてナイフの軌道を片手で首元から地面に変えようとした。
そして空いた左手を冒険者の革袋に入れると、左手にナイフを握りしめた。
そしてジンが武器を手にしているとはつゆ知らず、ゴブリンはジンの意識操作にはまってナイフの軌道維持に躍起になっていた。
魔法道具である革袋からナイフを取り出し、そのままの勢いでジンはナイフをゴブリンの首筋に突き立てた。
ナイフ使いのゴブリンは声さえ発することができずに息絶えた。
生き残ったジンは荒い息を落ち着かせると、敵が投げたナイフを回収し、剣を拾った。
そして焚き火痕から肉の残りを掻き集め、貪るように食べた。
グロデスクな見た目は気にならず、ジンは肉の旨みを噛みしめた。
生きていることを実感した。
肉を食べ終わるとかつてナイフ使いだったものの解体をおこない、保存の効かない内臓は捨て、手と足を持っていくことにした。
幸いなことに、手と足の肉は道具と認識され、革袋に収納することことができた。
肉が革袋に入ると、ジンはあることが気になった。
革袋に入れた食材は腐らないのではないか?
ジンはその日、結局は捨てるはずだったゴブリンの内臓を一切れ周囲の葉っぱで包み、革袋に入れた。
ゴブリンはいるのにゴブランはいない何故だろう?