第8話 ストーカーと根暗
そしていつも通りに放課後もやってくる。
クラスメイトである蒼汰と叶は、いつも仲良く校門へ向かう。
教室を出て少しすると、叶が蒼汰の顔を窺いながら口を開いた。
「蒼ちゃん、今日も?」
叶のその言葉の意味をすぐに理解した蒼汰は、「おう」と短く返事をする。
「懲りないねぇ、蒼ちゃんも」
呆れ笑いをしながら、それでもそれ以上咎めはしない。
「なんか、ほっとけないんだよ」
「分かってるよ。私の時もそうだったもんね、懐かしい」
そう言って叶は柔らかく微笑む。
「それになんかちょっと、変わってるもんね、千散さん」
「変わってるというか、危ういというか……」
「蒼ちゃんに似てるんだよなぁ」
「は?」
何気ない叶のその言葉に、蒼汰は疑問符を浮かべるしかなかった。
「いやいやいや! 似てはないだろ。あの根暗と俺のどこが似てるってんだ」
「蒼ちゃん、根暗は酷いよ」
と、蒼汰を緩く糾弾しながら。
「なんか二人は、同じ世界を見てる気がするの」
そんなことを言う。
蒼汰はそれでも納得しかねるのか、んー、と唸っていた。
「なんとなくだよ?」
と、叶がすかさずフォローを入れたところで昇降口に到着した。
「いつも校門で待ってるんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「千散さん、嫌がってない?」
靴を履き替えながらされたその質問に、蒼汰は正直に答える。
「嫌がってる」
「だよね。千散さん一人で居るのが好きそうだもん」
「んー、どうなんだろうなぁ」
「ストーキングもほどほどにね?」
「警察呼ばれたら止めるよ」
「いや、それは呼ばれる前に止めようよ」
そう言って苦笑してる間に、校門に着く。
「じゃあね、蒼ちゃん。千散さんによろしく」
「おう、また明日な」
明日は土曜日だが、私立校では多くの学校が午前中のみのカリキュラムを展開しており、馳道坂高校もその多数に漏れていなかった。
「うん、それじゃあまた明日」
そう言って、一人帰っていく幼馴染の後ろ姿を見送りながら、蒼汰は一息吐く。
あの《矛盾》の核神の話では、葵緋奈の命運は夜に決まるという。
だから夜までにはアイソドシンクの待機している家に帰らなければならないが、それまではまだ時間がある。
だから蒼汰はいつも通りに、千散儚をストーキングすることにした。
或いは、いつも通り過ごすことで日常が返ってくると思ってのことかもしれないが、それこそ儚い希望であった。
蒼汰がしばらく校門に背を預けていると。
セミロングの艶やかな黒髪と叶と同じ装いのセーラー服をそよ風に揺らし、目に掛かる前髪を鬱陶しそうに手で抑えながら気持ち俯きがちに歩く少女が、昇降口から校門へと向かってくる。
蒼汰の方が先に気付きその少女をじっと見ていると、やがて叶と身長は殆ど変わらないその少女も蒼汰に気付き、顔を上げた。
桜の花弁を模した慎ましやかな髪留めが陽光を浴びて煌めくが、桜が散るものだからか、蒼汰の目にはそれすらも儚く映る。
二人の視線が交わる。
するとその少女――千散儚はどこか諦観しているような趣のあるその目に、ほのかに怪訝の色を滲ませた。
「よっ、元気そうだな」
距離の近くなった儚に軽く挨拶をする蒼汰だが、残念なことに重い溜息で返されてしまった。
「また、ですか……」
嫌味を含んでいても可愛らしく響く声で、儚は呟いた。
「おう、まただな」
「あの、どうして毎日毎日、私に付きまとうんですか?」
「毎日じゃない。休日は付きまとってないだろ?」
「『付きまとってる』という自覚があるのが幸か不幸か微妙なところですが……。休日まで付きまとわれたら流石に私も警察に通報します」
「おお、それは良かった。一回は考えたんだけど、実行は思い留まったんだ」
「いや良くないですし、考えないでください」
「仕方ないだろ、ほっとけないんだから」
「放っておいてください」
冷たく言い放ち、儚は蒼汰の横を通り過ぎて行く。
「付いて行っていい?」
蒼汰が小さな背中に声を掛けると、一応は足を止めてくれた儚が、振り向かずに答える。
「嫌ですけど、あなたの行動はあなたが決めることなので、好きにしたらいいです。どうせ付いて来るんでしょうし」
そう言って立ち去る儚に、『本当に嫌だって言うなら付いてかないんだけどなぁ』と内心で思いながら、蒼汰はどこか儚げな少女の後ろを少し離れて付いていくのだった。
蒼葉綴です。
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2017.1.20 蒼葉綴