第6話 偽物と本物と
「どうしても、妹を回収しなくちゃいけないのか……?」
葵蒼汰は単刀直入に切り出した。
交渉しなくてはいけないとはいえ、そういった駆け引きの経験もないし、そもそも回りくどいのが好きではなかった。
「回収しなくてはなりません。凝集した矛盾――パラドクスは発生から48時間、つまり二日で次のステージに進化します。ステージ1は無害な人間、ステージ2は獰猛な動物、ステージ3から先は見たことが無いので分かりませんが、危険度は格段に上がるはずです」
何気なく説明されたパラドクスの生態だったが、葵蒼汰には引っ掛かるものがあった。
「発生から二日?」
「はい。あなたの妹さんは昨晩発生したパラドクスですので、明日の夜にはステージ2に進化してしまいます」
「どういう、ことだ」
「はい?」
「妹は、まだ、一日しか生きてないって……そういうことか?」
「そういう、ことです」
「けど、俺にはあいつとの記憶が、思い出があるんだぞ? 子供の頃からずっと一緒だった。あいつが赤毛のことでいじめられてた時に助けたことも、家族で出掛けた時に迷子になったあいつを走り回って探したことも、全部無かったっていうのか? ついこの間、俺の誕生日に兄妹二人だけでお祝いしてくれたことも、このミサンガをくれたことも、無かったっていうのかよ!」
私お金ないから、こんなのしかお兄ちゃんにあげられないけど。でも、気持ちは込もってるから。髪の毛も編み込んでおいたし。あ、酷い、引いた? 冗談だよ、お兄ちゃんのバーカ。
そう言って妹がくれた真っ赤なミサンガはその日からさりげなく、兄の左足首に巻き付いていた。
だがその事実があったとしても、目の前の核神は非情に言う。あるいはそれが情けなのかもしれないが。
「それらは全部ありませんでした。全て、パラドクスが存在を始めた時に作られた、虚構の記憶です」
認めたくない。
それが事実だなんて。
「認めてください。アレは危険な存在なんです。回収しなければ、必ず害を成します」
「どうにか……妹を助ける方法は無いのか」
ここに来て初めて。
《矛盾》の核神が少しばかり、眉間に皺を寄せた。
「何故ですか」
「え?」
「何故あなたは、アレを助けたいと思うんですか? アレはあなたの妹でもなければ人間ですらないんです。危険な存在ですし、あなたの頭の中にある思い出だって何一つ実際には起きてない。感じている絆だって、まやかしに過ぎません、なのに――」
「俺があいつを好きだからだよ」
「ですから、その気持ちだって――」
「嘘じゃない。この気持ちは、嘘じゃない」
どうして。
そう、核神は思う。
どうしてこの状況で目の前の少年はそんなことが言える?
どうしてこの状況で、そんな真っ直ぐな目をしていられるんだ、と。
「記憶が偽物でも、妹が――緋奈の存在が嘘でも、今俺があいつを想う気持ちは紛れもない本物だ。だから頼む、もしあるのなら、妹を助ける為の知識を俺に授けてくれ」
そう言って少年は深々頭を下げる。
そんな人間社会での礼儀作法が、核神たるこの少女に通じるわけはなかった。
だがしかし、それではない何かが“初めて”この《矛盾》の、在るはずのない心を動かしせしめた。
前代未聞の感覚に戸惑いつつもとりあえず想うがままに目の前にある少年の頭をなでなでし。
「一つだけ、可能性がなくもありません。それをあなたに教えましょう」
光景的にはシュールあったが。
「ありがとう、恩に着る。それとその前に、一つだけ聞き忘れてたことを聞いてもいいか?」
《矛盾》の核神に頭を撫でられたままで。
「どうぞ」
撫でたままで。
「お前の名前、あるなら教えてくれ」
「私達核神にも、固有名はあります。私の名前は『アイソドシンク』。愛想笑いの愛想に、超ド級のドに、真なる紅で真紅。『愛想・ド・真紅』と覚えていただければ。呼び方はアイソでもドでもシンクでも、好きに呼んでください」
シンク一択だなと、頭を撫でられたままで少年は思った。