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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第一章 矛盾邂逅編
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第17話 相殺戦

「あなたも、神装(オブジェ)を出してはどうですか?」



「そうですね。――ブラックブレイド」



 アイソドシンクがその名を呼ぶと、一瞬の閃きを起こしてその直剣は現れた。

 まるで所有者の生き写しのように、細身で、華奢で、雪原のように真白で。

 ブラックブレイドという無骨な名前で呼ぶには、その剣は美し過ぎた。



「相変わらずそのような名で呼んでいるのですか、あなたという人は。……素体・天閃(エクレール)神装(オブジェ)の中で唯一複数の形態を持つその剣の第一形態」



 観衆の居ない中でのレクシアの解説に、アイソドシンクは静かに頷く。



「戦うには、お互いを知り過ぎています」



「仕方のないことです。これまで長い間、私達は共に世界を運営してきたのですから」



 それで会話は途切れ。

 レクシアが刀を下段に構える。

 アイソドシンクは特にポーズを取ることなく、ただひたすらレクシアの目を見据えている。



「行きます」



 その言葉が、届くより先に。

 唯刀・顕現乖離の鋭利な刃の軌道が、アイソドシンクの身体を捉えていた。



「はっ!」



 しかし急激に間合いを詰めたレクシアの一太刀は何にも当たることなく空を斬り、そこに生まれた隙を狙うように背後から瞬雷のような刺突が迫る。



「っ!!」



 レクシアは超人的な反射神経で刀を背面に回し、横にした刀身でその点撃を受けると、即座に鋭く尖った具足の踵で後ろに蹴り上げる。

 しかしそれすら当たらずに、振り向きざまに飛びすさると真上に横一線の一薙ぎを放つ。


 真上から迫っていたアイソドシンクはその斬撃を瞬時に見切って躱し、レクシアの下方に抜けると今度は、空を蹴って急上昇、そのままの勢いでレクシアを刃の軌道に捉えた。


 しかしレクシアも今度は遅れなかった。

 すでに予期していた攻撃に対し万全に構え、アイソドシンクの放つ斬撃の反対方向から刃をぶつけた。



「流石に……速いですね」



「シアも」



 鍔迫り合いの最中、あれだけの動きをしておきながら、二人の息には一つの乱れも無かった。



「そのようなお世辞はいりませんっ!」



 レクシアが叫びながら刀身に力を込めてアイソドシンクを弾き飛ばした。

 二人の間に距離が空き、斬撃の応酬が収まったのも束の間、レクシアは身体の前に顕現乖離を横一文字に構えると、その刀身に左手の指を添えた。



「対を成す核神同士が戦うのは、不毛だと思いませんか?」



 アイソドシンクはレクシアから投げ掛けられたその質問の真意を解することは出来なかったが、それでも聞かれていることに答えることは出来る。



「思います。対を成す核神の行使権限(ロールアビリティ)は基本的に相殺できるようになっているので、計算上では決着することはありませんから」



「そう。しかし、それはあくまでも“計算上”の話です。実際には不確定な要素が不特定多数あり、それの作用次第ではどちらかに軍配が上がることもあります」



「私は負けません」



「そうだと、いいですね」



 冷たい言葉が行き交ったその刹那、レクシアの藍色の目が、比喩ではなく光を帯びた。



「っ!」



 瞬間、何が起きるのかを概ね察したアイソドシンクが初めて表情を険しくし、そして回避の為の挙動を開始しようとしたその矢先。



「遅いです――流渦炎(りゅうかえん)



 その呟きこそが起動スイッチだったかのように、アイソドシンクの周囲の空気が急激に揺らぎ、そして瞬く間に足下が赤く染まった。

 その猛る赤は確かな熱を帯びて広がり、更に上空へと高速で渦を形成し巻き上がっていく。


 気付いた時にはもう遅かった。

 アシソドシンクは四方八方を、炎の渦に囲まれていた。


 概念の塊であるアイソドシンクだが、人を象っている為その感覚は人間と大差ない。

 故に単純な炎の熱さに加え、閉鎖的環境での酸素の燃焼によって息苦しささえ感じていた。


 そのような状況でも既にフラットな表情を取り戻していた白き核神ではあるが、その代わりに額にじわりと浮かぶ汗がその辛さを表していた。

 湧き出す汗がその直後から乾いていくほどの熱量の中においても、アイソドシンクは慌てずにゆっくりとした動作で右手を持ち上げる。


 地面と水平になるように正面に腕を伸ばし、その先の手指に握られた純白の剣すらも腕の延長のように前に突き出し。

 その動作の中で、レクシアと同様にアイソドシンクの目にも宿る光があった。


 しかしその色は藍色でも、元の目の琥珀色でもなく、赤々とした赤。真紅。


 光を放つ目で眼前の業炎をしかと捉え。

 そして唱える。



快晴(サニーデイ)夕立(スコール)



 鈴の音のようなアイソドシンクのその声を引き金にしたように、突如雲のない星空から雨が降り始めた。

 それは次第に勢いを増していき、やがて滝のよう超豪雨となりアイソドシンクの周囲に降りしきる。


 その水塊のマシンガンと衝突した炎の竜巻はみるみる勢力を弱めていき、そして後にはびしょ濡れのアイソドシンクのみを残して完全に鎮火した。


 濡れそぼった絹糸のような髪が頬に張り付き、未知の素材で出来た露出の多い近未来的な外装も吸水性はあるらしく、ところどころが透けてしまっているが、アイソドシンクは動じることなく次の挙動に出る。

 とはいっても腕を突き出した体勢はそのままに、口を動かすだけだった。



咆哮(サイレント)しない(ドラグーン)



 直後乱れた気流がアイソドシンクの濡れ髪を揺らしたかと思うと、彼女の持つ白い剣の先から黒色のエネルギーのようなものがビーム状に放出される。

 そしてその切っ先の向く先に居たのは、様子を見ていたレクシアだった。


 空間に放たれた先からその黒色のビームは幅を肥大化し、ある程度の長さになるとうねり始める。

 ブラックブレイドと呼ばれた剣が放出を終えると同時にうねりは激しくなり、そしてそれはそのまま巨大な竜の形を取った。


 ただし音という音は一切発しない。


 夜空に溶け込むような漆黒で、静寂に消え入るような無音の竜。


 それはまるで意思を持つかのように空を縦横無尽に飛び、やがてその長い胴体でレクシアをぐるりと囲ったかと思うと、急に頭を急降下させレクシアの真下へと潜り込み、そして。

 急上昇した竜は口を開き、身動きの出来ないレクシアへと向かう。


 回避動作は、間に合わなかった。


 なす術もなくレクシアは、巨大な黒龍に咀嚼され、そのあるのかも分からない胃袋に納められた。


 事の顛末を見守っていたアイソドシンクが脱力しようとしたその時。



「これで終わりです――烈光波(れっこうは)



 背後から聞こえた声に振り向こうとした刹那、光の爆発が起きた。

 同時に生じた衝撃波にアイソドシンクは吹き飛ばされてしまう。


 空中で受け身を取りどうにか体勢立て直したが、しかし光の爆発の影響はそれだけではなかった。

 アイソドシンクの視界の全体に残像が残り、その目には“何も見えない”。



「私は今2つの残像を使いました。一つはあなたの竜に喰われた私自身の残像。もう一つはあなたの目を今侵している光の残像です」



 アイソドシンクから少し離れた位置に立つレクシアが凛と、言葉を放つ。



「残像というのは不思議ですよね。既に無い物があるように見える。こう言うと矛盾しているようですが、それは“残像”というちゃんとした存在です。そう、『無い物があるように見える』だけでは矛盾ではない。矛盾とは、『無い物が在る』ということです」



「何が、言いたいのですか」



「いえ、特に意味はないのですが。強いて言うなら自分の役割を忘れたあなたに、あなたがどういう存在なのかを教えようと無意識に思ってしまったのかもしれません。ですが、それこそ不毛でしたね」



 はぁ、とレクシアは微かな溜め息を吐き。



「残像が効いている内に、終わりにします」



 そう言って抜き身だった刀――顕現乖離を一度左腰の鞘に納めると、柄に手は置いたままで深く腰を落とし、そして目を閉じた。




蒼凰裂閃(そうおうれっせん)




 呟きと共に開いた目でアイソドシンクの細い身体を捉え、そして鞘から刀を抜き放つと同時に右斜め上に斬り上げる。

 するとその斬撃が、あるいは剣圧が形を持って刀身から射出され、青色の帯を引きながらアイソドシンクへと襲い掛かる。


 見えているのかいないのか虚ろな目で、それでも飛来する斬撃の方向に身体は向けているアイソドシンクは。

 全くもって回避行動を取ることすらせず、完全にフリーズした状態で、呆気なく。

 その斬撃を華奢な身体に受け、斜めに入った切り口から鮮血ではなく純白の燐光を撒き散らしながら、後ろへと吹き飛ばされた。


 もはや受け身を取ることすら敵わず、葵蒼汰が住む家の二階辺りの壁に、そのまま叩き付けられたのだった。




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