第14話 可愛いということ
「なぜ私が、人様の家で、会ったばかりの人の為に料理など……」
そんな文句を言いながらも、葵緋奈のエプロンドレスを身に付けた美少女兼核神のレクシアがまな板の上でせっせと人参を乱切りにしている。
その傍らで蒼汰は、調理の手伝いをしていた。
「いや、本当に申し訳ない……こんなことをお願いするつもりではなかったんだけど、シンクが……」
明らかに状況に不適切な要求をしたアイソドシンクはというと、相変わらずダイニングテーブルでまったりとお茶を飲んでいる。
「料理は苦手じゃないので別にいいですけど……ただし話せる時間はその分減りますからね!」
「う……それは困る……。料理しながらで良いんだけど、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なんですか? この状況で大事なことは話しませんよ、シュール過ぎるので」
概念でもシュールとか気にするんだ……、という感想はとりあえず頭の奥の方に追いやって、差し当たって気になることを、蒼汰は聞く。
「核神って、料理するの?」
「はぁ、最初がそれですか……」
「いや、多分俺じゃなくともとりあえず聞きたいのはそれだと思うけど……。もしこれがテレビだったら俺は多分視聴者代表だと思う。あ、テレビっつっても分かんないか?」
「決め付けないでください。私、テレビは結構好きです」
一口大に切った全ての具材を鍋で炒めながら、どこか不服そうにレクシアは言った。
「だからさ、君のその生活感はなんなの?」
「別に、普通ですが。それより、もっと他に聞きたいことは無いんですか?」
「けど、大事なことは答えてくれないんだろ?」
「まあ、そうですね」
「…………じゃあ」
「はい」
「何を作ってるの?」
「はぁ? あなたの為の料理ですが?」
レクシアに睨まれた蒼汰の額には冷や汗が滲む。
「じゃなくて! メニューのことですよ!?」
二人の視線がぶつかって、3秒間の硬直。
「ふむ、まあいいです」
どうやら棘を納めてくれたらしい《存在》の核神に胸を撫でおろした蒼汰が、改めてその姿を見ると鍋に水を入れて火を掛け、おたまで灰汁を掬っているところだった。
しかしまあ、と蒼汰は思う。
そしてそこから先は、本音として口から滑り出た。
「本当に可愛いな、君は」
それを聞いたレクシアは特に動じることもなく、料理に集中している。
「なんですか急に。さっきも言ってましたよね、それ。ですが、可愛いというのがどういうことなのか、少し理解するのが難しいです」
「難しい?」
「はい。“可愛い”というのが日本語の形容詞として存在しているということは知っています。ですが、どういう状況でそれを使うのか、それがよく分かりません。名詞や動詞は対象が明確じゃないですか。でも形容詞、“可愛い”とか“恐い”とか“切ない”とかは一定ではない。使う人の感情によって、同じ言葉でも違う意味になるんです。だから、難しい」
「うーん」
レクシアの言葉に少し唸った蒼汰が言う。
「難しいのは、君の頭の中なんじゃねーか?」
「なっ……! また失礼なことを言いましたね!?」
言葉を荒げながら、鍋を掻き回していた熱々のおたまを蒼汰に向けてくる。
想定外の罪を着せられた蒼汰は、慌てて釈明を試みる。
「違う違う危ない危ない! …………いや、でもそういうことか」
「やっぱり!」
憤慨し更におたまを近づけてくるレクシアを宥めるように、努めて落ち着いた声で蒼汰は説明する。
「いやマジで落ち着いてくれ……火傷する。そうじゃなくって、今俺が使った“難しい”っていう形容詞だけど、俺は別に悪い意味で使ってない。けど君は悪い意味に捉えた。けど、それはそれで良いんだ」
レクシアは首を傾げてキョトンとする。
「神の視点で見るから言葉に一貫性が無いように思える。複数の視点を比較してるから感情が定まらないんだよ」
「では、どうしたらいいのですか?」
「簡単だよ」
そして蒼汰は本当に何でもないように、当たり前に当たり前の事を、言う。
「自分の目で見て感じたことを、自分の言葉で表現すればいい。そうしたら、そんな明確なことはないだろ?」
「私の目で見て感じたことを……私の言葉で表現する……。なるほど……」
「な、簡単だろ?」
「そうですね、単純明快です。そして、意思のあるものとして当たり前のことです。当たり前に思えることこそ、真理ですし」
そしてレクシアは――。
「あなたは、面白い人です」
生まれて初めて意識的に人間を形容して、ほんの少し満足げな顔をしてから。
いつの間にか止めてしまっていた調理の手を、再び動かし始めた。