第13話 第二の
《矛盾》の核神との話を中断して、蒼汰は玄関へ向かった。
自分の靴を履いてドアに手を掛け、慌てていて掛けそびれていた鍵が開いていることを一応確認して、ドアを押し開ける。
すると、そこに居たのは。
「あれ、君は……さっきの」
先程一緒に窮地を脱した美少女が何故か、蒼汰と同じように目を丸くして立っていた。
「あなたはさっきの……。いえ、それどころではありませんでした。失礼します」
髪を横縛りした美少女は非常識にも蒼汰を押し退けて中に入りながら、一応儀礼的になのか「お邪魔します」と呟いた。礼儀正しいのか不躾なのか、と言えば後者だろう。
「おいちょっと! なんなんだ急に!?」
蒼汰が狼狽するのは当然のことだ。
蒼汰からすれば、『出会ったばかりの美少女が急に家に押し掛けてきて、そのくせ自分にはまるで用が無いように勝手に家に上がり込んだ』という訳の分からない状況なのだ。
叫ぶ蒼汰には見向きもせずに、その美少女はLDKの方へと迷う様子もなく進んで行く。
とりあえず蒼汰が追いかけると、美少女は部屋入ってすぐの所に立って、ダイニングテーブルを――いや、その先の核神を見据えていた。
「何をしているのですか、アイソドシンク」
「へ?」
唖然としたのは、蒼汰だけだった。
「シア、久しぶりです」
「久しぶり、ではありません! 何を手こずっている癖にのうのうとお茶を啜っているのですか! あなたは――」
「ちょっと待ってくれ!」
シアと呼ばれた美少女の後ろから蒼汰が口を挟む。
自分の言葉を遮られては無視も出来ず、美少女は振り向いた。
「あなたは、なんなんですか?」
「君こそなんなんだ……君は、シンクが見えるのか?」
「なるほど。あなたは、見える人間なんですね」
蒼汰の質問に答えずに、美少女は一人で得心する。
「君は……君も、俺と同じ干渉者なのか?」
「いえ、私はあなたと同じではありません。私は――」
言うか言わないかを悩んだように口ごもった美少女だったが、やがてしっかりとその華奢な身体を蒼汰に向けると。
「私は《存在》の核神――レクシアです」
そう、名乗った。
「《存在》の、核神……」
「理解してもらえましたか? いくら干渉者と言えど、今構っている余裕はありません。早くしないと、パラドクスがステージ2に上がってしまいます」
「シア、そのことで話があります。私と、その少年から」
いつの間にか立ち上がっていたアイソドシンクを再び振り返ると、レクシアは表情に険を滲ませた。
「何度も言っていますがシアではなくレクシアです。それに、話している余裕があると思いますか?」
「まだ、4時間くらいは」
「4時間しかありません」
「まだステージ1です。それに対象はこの上で眠っている。最悪の場合、どうにでも出来ます」
最悪の場合。
アイソドシンクの言葉にそれを思い浮かべてしまった蒼汰だったが、今はそんな絶望に打ちひしがれている場合ではないことを分かっていた。
今しなくてはいけないことは、とりあえずアイソドシンクに同調し、《存在》の核神であるらしいレクシアに話を聞いてもらう。
それが可愛い妹の命運に繋がるということを、蒼汰は半ば勘のようなもので理解していた。
「頼む、話を聞いて欲しい」
そう言って頭を下げた。
「私からもお願いします」
核神の世界に礼儀というものがどれだけあるのかは分からないが、アイソドシンクも蒼汰に習ってか頭を下げた。
それを受けたレクシアは苦い顔をしていたが、やがて。
「……分かりました。ですが、話を聞くのは1時間だけです」
そう言ってダイニングテーブルを挟む形で、先程まで蒼汰が座っていたその椅子に座ろうと手を掛けた、その時。
「その前にもう一つ、お願いがあります」
アイソドシンクが何かを切り出したが、それには蒼汰も心当たりがなかった。
レクシアも何を言われるのかと警戒し、椅子に手を掛けたままフリーズしている。
果たして、《矛盾》の核神の放った言葉とは。
「シア、夕飯を作ってくれませんか?」
そして「蒼くんの為に」と、言わなくても良いことを付け加えた。