第11話 夜の条件
腰辺りまである流麗な長い黒髪を横縛りにし、肌は白くきめ細かで、藍色の目はパッチリでいて強い意思を宿し、睫毛は長く、鼻は高く小さく、愛らしくふっくらした唇は自然的な薄紅色で。
身長は女性にしては少しばかり高めで、体つきは華奢で四肢は細く、胸は程よく膨らみ腰はくびれ、そんな十全とも言える身体に纏うのは白いワンピースと青いカーディガンで、女子高生くらいの年齢に見えるルックスに相応しくないほどに、品性が溢れ出ていた。
「私は別に、助けてもらわなくても大丈夫だったんです。というか助けてもらわない方が早く事は済んだはずでした。……あの、聞いてますか?」
目の前で口を開いたままフリーズしている少年に怪訝な表情でそう問い掛けるが、反応は特に返ってこない。
ふぅ、と溜息を吐き、いかにも不承不承といった感じで美少女は蒼汰の前に立つと、徐に平手を掲げ、そして。
パーン。という快音が夜の公園に響いた。
「い、痛い……?」
どうやら意識が戻った少年は、衝撃を受けた左頬を手で押さえて目の前の美少女を見遣る。
「え、あ、あの、ごめんなさい、立ったまま気絶してるのかと思ってついビンタしちゃいました……。だ、大丈夫ですか?」
そう言って蒼汰の頬に触れようするが、蒼汰は反射的に後ずさる。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから近付かないで!」
そんな蒼汰に、一応は心配の表情だった美少女もすぐにむっとしてしまう。
「さっきからなんですか! 私の何が嫌なんですか!? 勝手に助けて勝手に引くなんて、勝手過ぎます!」
「ち、違う違う、君が可愛すぎるから!」
「はい……?」
怒りから一転してキョトンとする美少女。
「私が可愛い?」
「そうだよ! 君が可愛すぎるから緊張しちゃって……だからその、ごめん」
「いえ、いい、ですけど……私って可愛いんですか?」
その言葉にまたしても蒼汰は驚愕してしまうが、今度は表に出さなかった。
「自覚、ないの?」
「自覚……ないです。どんな風に可愛いんですか?」
「いや、その辺のアイドルさんとかモデルさんとか女優さんよりよっぽど可愛いよ……。だからさっきのチンピラも声掛けて来たんだと思うけど……」
「ん……すみません、テレビあまり見なくて……。ああいう人間が声を掛けてくるのはそういう理由だったんですか……。いえ、大体遠巻きにすごい視線をぶつけてくるか、ああいう風に絡んでくるかのどちらかなので、人間はその二種類に分類されるのかと思っていました」
「まあ前者の視線も間違いなく同じ理由だろうけど……君、物の見方が偏ってんなぁ……」
蒼汰の非難を華麗にスルーして、何かに気付いたのか美少女は目を丸くする。
「あ、あなたは新種ですね」
「あと、君も大概失礼だからな?」
「あ、すみませ……いえ、これでおあいこ……いえ、あなたは2回私に失礼を働いたので、私の方が優勢ですね」
「いや何も勝負してないから」
なんか可愛いけど変な人と縁が出来てしまった、と複雑な表情をしていた蒼汰に、美少女はいきなり深々頭を下げた。
「助けていただいたこと、お礼を申し上げます。ありがとうございました」
「あ、ああ。でも必要なかった、とか言ってなかった?」
蒼汰の言葉に、美少女頭を上げる。
「そうですけど、それはそれです。助けていただいたのは事実なので感謝はします。ついでにさっきの失礼残り1回も、これでチャラにしてあげます」
そう言って悪戯っぽく笑う、その破壊力は相当な物だったが、蒼汰はどうにか顔を逸らさないことに成功した。ただし、赤くなってはいたが。
「というか、ゆっくりしていていいのですか? 急いでいたのでは?」
チンピラから自分を救出した時の蒼汰の言葉を思い出して、涼やかに美少女が言う。
「ああ、あれはあの場を凌ぐ為の嘘で――いや待てっ、今何時だ!?」
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れると、画面に表示されたのは『18:48』という時刻。
「や、やばい!?」
つい疑問符が付いてしまうのは、《矛盾》の核神・アイソドシンクに『今夜葵緋奈の命運が決まる』と言われたものの、その“今夜”が明確に何時かを知らされていないからだった。
「なあ、今って夜!? 夜か!?」
最初の緊張など既に忘れ、蒼汰は美少女の肩を揺さぶりながら不思議な問い掛けをするが、美少女は少し面食らいながらも的確に答える。
「お、落ち着いてください。夜というのは日が沈んでから昇るまでの間を表します。なのでどう考えても、今ここは夜です」
美少女の返答に精神的にダメージを負って一瞬言葉を失った蒼汰だったが、それでも膝を折っているわけにはいかなかった。
説明の足りないあの表情の乏しい概念の塊を多少恨めしく思うが、それを嘆いている暇があるなら、行かなきゃならない。
「ありがとう。俺やっぱり急いでるみたいだ。じゃあな、気を付けて帰れよ!」
そう言って手を振り、慌ただしく美少女の元を離れ、公園を駆け出して行く。
後に残されたその美麗な少女は、今までに遭遇したことのない形容し難い想いを感じながら、
「……変な人」
そう呟いて、括った髪を揺らした。