願ったり、叶ったり?
『やっぱ一人は寂しいので暇なら来てもらえると大変嬉しい』
仕事終わりに最初に確認したのは、彼からのLINEでした。 今夜は流星群らしい。会社から出て見上げた夜空は、確かに星が綺麗だけれど。…… 流星群て、流れ星がぶわぁ、という感じでなることじゃないのかな? 現状、私の目が狂ってなければ流れ星は確認出来ない。
彼は今日、とある場所で天体観測を楽しむと聞いた。誰でもない、本人からそう聞いた。というか送られてきた。高校時代の友達何人かに送ったらしい。私は六番目だったらしい、最後だったらしい。
『消去法かな?』
『いや、優先順位をつけて』
『仕事ですさようなら』
それが昨日のやりとり。LINEは高性能だから、彼を自動的に「友達」として登録してくれてた。でも昨日のやりとりが初めてだったので、正直気持ちは高まった。そして彼らしく、高めた気持ちをズドンと下げやがった。
高校生の時は、難しいこと考えず近づこうと必死になれてた。でも今は、変に考えてしまう。距離感とか、空気とか、言葉とか。大人になった、そういうことなのかな。でも彼のことを考えると、気持ちは消えてはないみたいで。随分と厄介なものが、今でも変わらず残ってしまっている。
♦︎
『来てあげましたよ』
『ブルーシートで横になってるよー』
その返事を頼りに彼を探す。…… なるほど。彼が寂しくなるのも分かる。夫婦っぽい人たち、カップルイチャイチャ、おじいちゃんとお孫さん? とにかく。 寂しいお一人様は見当たらない。逆にそのおかげで、簡単に見つけられたけど。
「お! 来た来た、お疲れぇ!」
「…… どうも」
横になっていた彼を上から覗き込んだ。呼んだくせにくつろいじゃって。意地悪のつもりで、視界を遮ってやろうとしたのに。そんな笑顔で見られたら意地悪にならないでしょ。
「なかなか来ない」
「…… ああ。流れ星?」
「そうそう! 見逃しはないと思うんだけどなぁ」
彼は変わらず空を見上げてそう言った。なかなか来ない、君が。 なんて言葉は、それこそドラマの世界だ。台本でもなければそんな台詞を言うことはない。想定内、彼はいつも通り平常運転だ。
とりあえず、隣に座る。「寝っ転がれば?」と言われたけど断った。男女が並んで横になるなんて、色々問題があるんだ。友達だから問題なし、なんて即答しそうだけどさ。少なくとも私は、関係を聞かれて友達と答えるまでに十秒くらいはかかるのだ。
「うーん。一人の時はいっぱい見れたんだけど」
「…… 邪魔しちゃったなら帰りますけど?」
「全然! いやほんと、周りがこんなだから地獄だったよ」
それはそれは光栄なことです。仕事帰りに!あなたの都合で! 付き合わされて! …… 来たのは自分の意思だから、言わないけどさ。
「彼女さんは? 断られたとか?」
「まず誘う彼女がいないよね」
「…… へぇ」
本当に、ポーカーフェイスが不得意だ。付き合ってる人がいないだけで、好きな人とかはいるかもしれないでしょ。 にやけそうになる顔を、両手で伸ばしてごまかした。
「眠いすか?」
「え? いや、大丈夫だよ」
「そっすか、俺は眠い」
上がりそうな口角を抑えながら彼を見た。子供のように、目が眠たいと主張してる。…… こういうのは、可愛いからやめてほしい。
「仮眠、とれば?」
「起こしてくれる?」
「うん」
「じゃあ、頼みます。30分くらい経ったら起こして」
そう言って、彼は目を閉じた。5分くらいで、小さな寝息が聞こえてきた。…… いやいや、ただの盗撮だそれは。 持っていたスマホのカメラ機能をゆっくり閉じた。
♦︎
流れ星が見えなくなる前に、三回お願いが出来たら叶うんだっけ。でもそれが出来たことは一度もない気がする。彼が寝ている間、私は一人夜空を見上げていた。
今日初めての、流れ星。
(彼の好きな人を知りたい)
…… 失敗、言い切る前に消えたよね。
またやって来た流れ星。
(彼の寝顔を…… )
…… ダメだこれは。願望じゃなくて欲望だ。もっと、簡潔に、コンパクトに。
それから少し時間が経って。三度目の、流れ星。
「手を繋ぎたい手を繋ぎたい手をつな…… 」
…… 失敗。そもそも無理だ、あんな短い時間で三回なんて。金、金、金! でも言い切れるか怪しいよ。
「……っんぅ」
寝言のような彼の声が聞こえて、慌てて時計を確認する。うわ、30分以上経ってた。
「お、起きろぉ…… 」
「…… あー。うん」
目を薄く開き、眠たそうな返事をする。……子供だ、小さな子供だ。こんな表情を見れたのは、純粋に嬉しい。彼の考えはどうであれ、この場に来て良かったと思えることにはなった。
それから一時間くらい。彼は変わらず夜空ばかり見上げて、星が流れれば喜んで。その横で、たまーに私は願い事にチャレンジして。時間なんてあっという間だった。
♦︎
「うーん! そろそろ帰るかぁ」
そう言って、彼はブルーシートの四隅に置かれた石をどかし始める。それを見て、ようやく気づいた。
二人っきりで、隣に座って…… これはデートと言えるんじゃないかな? そう考えて少し恥ずかしくなって、周りを見て冷静になれた。恐らくカップル、と言う人たちと私たちでは、やっぱり距離が違う。あんな風には、なれてなかったよね。
「おーい、帰るよ?」
そもそも、もう終わっちゃったし。
♦︎
「しかしあれだね。ほんとにお一人様は見当たらないね」
「いわゆるガチの人は見る場所しっかり選んでるんだよ」
「…… なんか、お邪魔だったかな」
「なんで?」
「…… 場違いと言うか」
「…… 星見るための条件に、イチャイチャしなきゃいけないなんて決まりはないでしょ」
「そうなんだけど……」
「……じゃあ、こうすればいいでしょ!」
そう言って、私の手は掴まれた。
♦︎
駐車場についたと同時に、私は手を振り払った。
「そ、そういうのはイケメン限定だから! 騙されないから!」
「おお、一刀両断だね。結構ショックだわ」
「と、とにかく! 勘違いされたらまずいでしょ!」
「勘違いって…… 知ってる人なんていなかったでしょ」
「あまい! SNSは凄いんだよ⁉︎」
「…… はい、ごめんなさい」
別に男の人と手を繋いだことくらいある。キスだってあります、なめるんじゃない。ただね、悔しいけれど初めてだったんですよ。気持ちが伝わらなくて、泣いちゃったのは。私に対する表情や態度に、馬鹿みたいに一喜一憂したのは。
「まぁ気をつけて帰ってね。またいつかな」
彼は悪びれる様子もなく、手をヒラヒラと振りながら帰って行った。
「…… あんまりだ」
赤信号が変わるのを待ちながら、頭の中で反省する。悪い癖なのは分かっているけれど。
最後のは可愛げがなかった。嬉しかったくせに、私は本当に素直じゃない。隣で星空を見てる間、ずっと緊張してたくせに。聞きたいこと、話したいこと、言いたいこと。沢山あったのに全部願い事をすることで誤魔化した。本当に、可愛くない。
まだ、信号は変わらない。何気なく見た掌、感触なんてもう残ってはいないけど。脳みそには恐らく長い間残ってしまいそうだ。
「…… 願い事、叶ったのかな?」
手を繋ぎたいとは願ったけれど。どちらかと言うと、手を引かれた感じだった。想像してたのとは、違ったんだけど。
助手席の鞄の中から通知音。前を見ればまだ赤信号。私は鞄の中からスマホを取り出した。見れば、彼からのLINE。
『今日はありがとう。それから』
…… それから?
『願い事は口に出さないほうがいいよ』
赤色は、黄色を通って青色に変わった。それに合わせるように、きっと私の顔は。真っ赤になってしまっただろう。
…… 彼は一体、どんな風に私の願い事を捉えたのかな。どう思って、私の手を掴んだのかな。
「…… いつかのいつって、いつなんだろう」
帰り際の彼の言葉が、しばらく頭から離れない気がした。
終