05 . 交渉するもの
これでも話は進んでいる方。
といっても特に面白味もない展開ですがね!
「――――それで、クトゥルー君はこれからどうするの?」
夕暮の公園、といっても余りロマンチックな雰囲気にはなっていないが、黄昏時ということで空は既に夜の色を醸し始めていた。
日が完全に落ちてしまう前には帰宅したい。
朝貴はそう長考していた末、冒頭の言葉を発した。
「そう言うお前はどうするんだ?」
「私は今から家に帰るけど…クトゥルー君は寝るところとかあるの?」
「ふむ…自分の塒か…確かにこれから様々な活動を進めていく上に拠点は必要だな…それに他の地球人たちとの接触も重要となってくる…」
クトゥルーは目を細めて腕を組み、ぶつぶつと呟きながら考え始めた。
こういう何気ない仕草を見ると、人間じゃないのに何だか人間らしさというものを感じてきてしまうので困る。
すると、クトゥルーは思い立ったように腰を上げ、朝貴の方に振り向くと愕きの言葉を述べた。
「これから俺はお前の家に住むことを決めた。」
短い、たった一言のこの言葉。
だが朝貴にとっては驚かずにはいられない言葉だったのだ。
「すむ?住むって私の家に居候するとか、そういう意味?ち、違いますよね」
「それ以外に何の意味があるんだ?別に疾しい理由などではない。
これからのことを考慮した上の結果だ。」
「ええっ…!で、でも、私の家、そんなに広くないですよ…?」
「人間が棲家とする建物の敷地面積や間取りなどは大凡把握している。
極端に小さくなければ文句も言ってやらんこともない。
それとも…俺がお前の住処に上がることがそんなに不服か…?」
「いいえっ!!僭越ながら私の家にご案内させて頂きますっ!!」
危ない危ない、一瞬クトゥルーくんの背後になにやら禍々しいオーラが見えたよ。
それに本人からも何か反抗してはいけない凄まじい威圧感が滲み出てるし…
朝貴はクトゥルーの顔を横眼で確認しながら、しみじみと『この人には逆らえないな』と黙々と感じた。
場所変わり、神田宅。
敷地面積それなり、住宅面積それなりのごく普通の住居だ。
居住水準も平均的な、他の住宅と何ら変わらない一軒家だ。
茶色や白などをベースとした壁に黒の屋根、光の入りやすい上下の開閉式窓、門周辺には母の趣味であるガーデニングよる手入れされた草花、庭の方では家庭菜園などのオーガニック栽培などにも力を入れている。
朝貴の隣にはクトゥルー、朝貴の自宅を一瞥すると品定めするかのような目で見ていたが、特に不満を漏らすような言葉を言わずに見つめていた。
「どう?なかなか悪くはないでしょ?」
「まぁ…人間の塒など精々こんなものだろうと期待はしていなかったし、感心するものでもないしな。」
居候する身でありながら随分と偉そうな言葉を述べている。
もう少しオブラートに包んでほしかったが、邪神であるが故、人間の常識などを弁えるはずもなく、ただ思ったことを実直に言うのが彼だろうとわずかな関わりの中で朝貴は分かっていた。
「今から私のお母さんに居候のこと話すけど、クトゥルーくんはくれぐれも失礼な言動とかしないでよ?」
「ふん、わざわざお前にそんなこと言われるほど愚鈍ではない。」
実際、失礼なことを言いそうな感じなので朝貴は結構本気で心配していた。
何とか良い結果に傾くことを願いつつ、朝貴は自宅の扉を開けた。