海軍軍縮&1918~1937
2日連続で投稿です
1918年 第一次世界大戦終結
ドイツの反撃も虚しく、キール軍港などで起きた反乱によりドイツの帝政が倒れた、そして、新しく出来た臨時政府が停戦を承諾。
それにより第一次世界大戦は終結した。
1919年
フランスのベルサイユ宮殿鏡の間にてベルサイユ条約が締結される。
内容は史実通りだったが、国際連盟の常任理事国がイギリス、日本、フランス、アメリカ、ロシア帝国の五ヵ国に決まった
1920~1922年
日本海軍が世界初の16インチ砲戦艦(詳しくは41センチ)“扶桑級”二隻と日本海軍初の三連装砲搭載戦艦(41センチ)“伊勢級”戦艦二隻を建造、これによりイギリス海軍やアメリカ海軍に危険視されるようになる
1923年 アメリカ発で世界恐慌が発生、イギリス、フランスなど植民地を持つ国はブロック経済に移行し、植民地を持たない日本はアメリカのニューディール政策のように公共事業による雇用を作る政策を開始
具体案
・全国貫通高速道路建設
・東海道を最初に全国に弾丸鉄道(新幹線)を開通させる
・ドイツの借金の一部を肩代わりする変わりに技術交流を行う
・東ロシア帝国とドイツ共和国の三国でブロック経済の構築及び防共条約締結
この時期ドイツ共和国と東ロシア帝国との交流が盛んになる。
また、この年ロンドン軍縮会議が開催され、史実と違い第一次世界大戦でイギリスに協力した日本は戦艦の保有数はイギリス、アメリカの七割だが空母はイギリス、アメリカと同じ割合にする事に成功、海軍上層部は航空機が主力になることが分かっていたので、この結果を不服に思う者はいなかった。
1924年 関東大震災が発生、横須賀で建造中だった空母が破損その後、廃棄される
この緊急事態に対し、呉にいた空母“長門”が物資を満載し帝都に急行、この時同行していたイギリスの巡洋艦に排水量がスペックより多かったことがバレる。
長門艦載機が火元に空爆を実行、火の拡散を防いだ、この時急降下爆撃が精密攻撃に有用だと言う教訓を得る。
1925年 帝都改造計画に沿った帝都復興を開始
1932年 補助艦艇数を規制するワシントン軍縮会議が開催される
イギリス、アメリカより保有数が少ない日本海軍はドイツと協力で高性能潜水艦の開発を開始
1933年 日本海軍初のカタパルト搭載空母“赤城”と“天城”が完成(震災復興や公共事業費に国費を使ったため建造が遅れていた)
1934年 後の日本海軍空母の基礎になる“蒼竜級”空母が完成、アングルドデッキと蒸気カタパルトを装備していた
1935年 日本縦断高速道路が完成、ドイツと協力して建設したためアウトバーンに似ていた
1936年 弾丸鉄道が東海道、東北道、北海道、中山道、九州、琉球、台湾、中国に完成、ソビエト鉄道との技術交流により早期に完成させることが出来た
1937年 ロンドン軍縮会議の規制が無くなるイギリス、アメリカ、日本が新たに主力艦の建造を開始する。
1938年 ドイツ共和国が再軍備を開始、日本や東ロシア帝国との技術交流や研究によって高性能の戦車や軍艦を建造開始する
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