東ロシア帝国建国
私情により投稿が遅れました
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1917年 2月 サンクトペテルブルク
この月、世界初の社会主義国家が建国されようとしていた。
ロシア革命が起きようとしていたのだ。
史実では日露戦争で皇帝が国民の反戦運動を弾圧した血の日曜日事件から共産党が支持を集め始めた、そして、1914年に始まった第一次世界大戦に国家総動員体制で最初から参戦していたため1917年には国民が反乱を起こすほどにまで国が荒れていた。
日露戦争が起きなかったこの歴史でも国家総動員体制で第一次世界大戦に参戦していたため国が荒れ、革命が起きようとしていた。
その情報を得た政府は、もしソビエト連邦が出来た時、史実と違い防波堤になるべき国が存在しないため日本がソビエトに攻められる危険があったからだ。
そして、政府はある作戦を実行する事にした。
“皇帝一家救出作戦”
この作戦は革命が起きたロシア帝国首都サンクトペテルブルクから皇帝一家を救出し、皇帝に忠誠を誓っている極東ロシア軍やコサック騎兵が居る極東ロシア軍支配下に移送し、そこにロシア帝国を新たに建国し日本のソビエトに対する防波堤になって貰うという作戦だ。
既に大使を通じて話しはとうしてあり、革命が発生した時はサンクトペテルブルク沖合に待機している鳳翔の艦載偵察機“春雨”に乗りサンクトペテルブルクから脱出し修理が終わった遣欧艦隊とイギリスで合流し日本へ帰国、皇帝一家は日本から極東ロシアに移動し新たな国を建国してもらう事になっている。
そして、その日がやって来た。
1917年 2月某日
ロシア革命発生
鳳翔艦載機搭乗員に出撃命令が出る
「こちら、鳳翔一番機、指定された空港に到着。」
この日僕は偵察機の護衛のため零電で指揮を取っていた。
「鳳翔四番から九番までは着陸し、皇帝一家を収容せよ。」
鳳翔四番から九番までの春雨が空港に着陸し、ニコライ二世から順番に機体に収容していく、そして、全機が無事に飛び立ち鳳翔に帰艦している時だった。
「隊長、東の方角から戦闘機が2機やって来ます。」
鳳翔二番である鶴見天大尉が無線で知らせてくる。
今回、戦闘機は鳳翔一番から三番までの3機しかいないため
「鶴見大尉は私に続け、鳳翔三番はそのまま護衛し、鳳翔に帰艦せよ。」
そして、僕と鶴見大尉の2機の零電が向かって来る戦闘機によっていく、どうやら向かって来る戦闘機は革命軍に回ったロシア軍の機体のようだ、あの機体ならこちらのほうが性能でも有利だ。
「よし、あの敵機に格闘戦をしかけるぞ」
鶴見大尉の機体と僕の機体が2方向に別れる。
零電の速度性能と旋回性能で後ろをとる
「貰った。」
機首の7.7ミリ機関銃が火を吹く、バババと全弾当たったのか、敵機が墜ちていく。
周りを見回すと鶴見大尉も撃墜したのか敵機はいなかった。
「こちら鳳翔三番、無事に帰艦した。ただ今春雨が着艦中だ、そちらは無事か?」
「こちら鳳翔一番、我々を誰だと思っている、2機とも無事だ。今から帰艦する。」
こうして皇帝一家救出作戦は成功した。
この3ヶ月後レーニンがソビエト連邦を建国、反ソビエトの極東ロシア軍などに攻撃を開始した。
そして、7月、史実なら処刑されるこの月にロシア皇帝一家が日本より建国を条件に引き渡された金剛級三隻を率いてウラジオストクに入港、そして、東ロシア帝国の建国を宣言、首都はハバロフスクに置くとした。そして、反ソビエトの部隊に極東ロシアに集結するように呼び掛けた。
そして、ウクライナにいたコサック騎兵や黒海艦隊、バルチック艦隊が夏の雪解けの時期に極東ロシアに集結した。
1917年10月
この月ソビエト連邦内で反乱が発生(原因は民主主義を求める市民の運動)その混乱の間にロシア軍が侵攻、ノボシビリスク以東を極東ロシア帝国領とした、そして、首都をノボシビリスクに遷都した。
このまま冬に入り、第一次世界大戦終結まで膠着状態が続いた。
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