戦争秘話その二
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1941年4月下旬
欧州戦線も終結して平和が訪れた頃、日本海軍本拠地の柱島は急ピッチで修復を進めていた。
終戦直前にデチマ・マスの特殊工作で戦艦甲斐、越後が大破戦艦伊勢、日向が撃沈されたため伊勢、日向は浮上後解体することになり、欧州から帰還した富士級ドック艦、阿寒級装甲輸送艦を使いサルベージしていたが、大破した甲斐、越後をどうするか艦政本部では話し合いが続いていた。
艦政本部
「甲斐は欧州戦線で得た教訓を生かすために51センチ砲から46センチ砲に換装しよう、55口径なら51センチ砲と同じか上回る威力な上に三連装に出来るぞ。」
「今ドックに入っている飛騨と摂津は50口径46センチ砲ですから、互換性を持たせるなら威力が落ちても50口径にしましょう、砲戦では威力より命中率や投射量です。51センチ砲も当たらなければどうと言うことはないです。」
「では、甲斐は三連装46センチ砲を三基にしましょう、しばらくは飛騨、摂津と同じ50口径ですが、新しく55口径を作ってみましょう。」
「甲斐は良いとして、三番砲塔が吹き飛んだ越後はどうしますか?」
「未来情報にあった航空戦艦にしてみないか?越後なら飛行甲板が大きくできるし、今はカタパルトもある、なんなら両舷にアングルデッキにして発進は両舷に突き出したアングルデッキから、着艦は艦尾からすればいい、大和級戦艦を改造して空母にした“信濃”は甲板の横幅が戦闘機2機分あったそうですから未来情報の大和級戦艦より大きい越後なら十分な横幅がとれるので、2機同時着艦も出来るかもしれません。」
「確か、航空戦艦は格納庫を使って物資輸送をしたこともあったそうですから汎用性が高そうですから、良いかもしれませんね。」
「では、越後は航空戦艦にするということでよろしいですか?」
「「異議なし」」
このようにして史実では使えなかった航空戦艦に成ることになった越後は活躍する事はできるのだろうか?
越後級航空戦艦
全長 310m
全幅 48m
排水量 85000トン
搭載数 30~40機(機体サイズによる)
武装
50口径三連装46センチ砲×2、連装12.7センチ砲×12、四連装40mm機関砲×24、対空憤進弾“奮龍”連装発射機×4
イタリア海軍の特殊工作により第三砲塔を失い、着底した越後を航空戦艦にした艦、艦対艦戦闘力が高いため艦載機は戦闘機だけとなっている。搭載数はこの世界の零戦なら40機、真電改なら30機となっている、ジェット機運用可能。
1940年夏 日本某所
日本海軍は開戦にあたり、補助金を出して建造された民間商船が空母に改造され戦線に投入されようとしていたが、中には流星改や流星は運用出来てもジェット機は運用出来ないため生産ラインを真電改に変えたため、生産出来ない真電の代わりに新型艦上戦闘機として零式艦上戦闘機“零戦”が採用された。
零式艦上戦闘機“零戦”
全長 10m
全幅 13m
エンジン出力2000馬力
航続距離2800km
武装
20mm機関砲×4、12.7mm機関砲×2
紫電改をベースに設計されたドイツやイギリスなどにも供給された。エンジン出力、格闘性能が共に高く巴戦、一撃離脱戦法両方得意としているため、F8ベアキャットが出るまでは最強と言われた。零戦は早速、商船改造空母に配備され、1941年8月より始まった第三次世界大戦と呼ばれる戦争を戦い抜いた。
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