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欧州戦線終結

私用で投稿が遅れましたm(_ _)m

今回はヘタリアが主役です

1941年4月上旬

欧州では激しい戦いが続いていたが、日本では共産主義国家がある日本海側を除いて平和な毎日が過ぎていった。

18:30 奄美大島沖

日が長くなって来たが、次第に暗くなってきたので漁をしていた漁船が帰港しようとしていた。

「おい、見ろよあれって潜水艦の潜望鏡だよな、なんで日本の近くなのに潜水しているんだ。」

「お前、知らないのかあれは訓練中なんだよ。最近、米軍の動きが怪しいとか言って鹿児島では空母が集結して浅瀬で魚雷投下の訓練をしているみたいって話しだ。あれもその一部さ。」

「アメリカは大国なんだろ?戦争はやだな。」

そんな会話を漁師達がしているとは露知らず潜水艦は潜行を始め、潜望鏡は海原に消えた。

この時漁師達がみた潜水艦には日本海軍の潜水艦が装備しているシュノーケルが着いていないのに気付くはずがなかった。

イタリア海軍潜水艦“ジュリアーニ”

漁師達が目撃した潜水艦はイタリア海軍の潜水艦“ジュリアーニ”と“トレッリ”だった、史実でも亜細亜までやって来た二隻の潜水艦が日本近海にいるのにも訳があった。

1ヶ月前

イタリア海軍司令部からジュリアーニとトレッリともう一隻これも史実では亜細亜に来たカペリーニの三隻に極秘命令が下った。

内容はイタリア海軍特殊部隊デチマ・マスと一隻あたり二隻の人間魚雷を搭載し、日本海軍本拠地とも言える柱島の戦艦を奇襲せよというものだった。

イタリア海軍の人間魚雷は日本海軍の人間魚雷“回天”と違い二人乗りの潜水スクーターのようなもので機関部と弾頭部が取り外し可能な造りになっていて敵艦のキールの下に時限式の弾頭部をワイヤーで固定し潜入した二人は機関部に乗り母艦に帰還するというものだった、史実では戦艦ヴァリアントと戦艦クイーンエリザベスを大破着底させたりとヘタリアと呼ばれるイタリア軍らしくない活躍をし、イタリア海軍は戦果と排水量が反比例すると言われる原因となった。

何故、イギリス、ドイツ、日本の艦隊が集まるスカパフローを狙わなかったかと言うと対潜警戒が厳重過ぎて近寄れなかったからであった。

そして、日本近海まで来たものの今日の午前中、沖縄沖を北上中に潜水中のカペリーニが運悪く対潜版晴空に見つかり沈められていた。

12:55 豊後水道

慎重に慎重を重ね豊後水道まで来たジュリアーニとトレッリは酸素補給と充電のため浮上した。幸いにもその夜は曇っていて見つかる心配はなかった。

2:18 防予諸島

充電も終わり呉や当時から大基地だった岩国が近づいてきたので潜水を開始、作戦開始は2:30となった。

2:30 柱島沖

柱島に接近したジュリアーニとトレッリから計六隻12人の特殊部隊デチマ・マスの隊員を載せた人間魚雷“マイアーレ”が出撃した。

マイアーレは初期型200キロ、中期型250キロ、後期型300キロと爆薬の量を増やしていったが、今回のマイアーレは特別に航空機用500キロ爆弾を改造したものを搭載していた、これは46センチ砲防御という分厚い装甲を持った日本海軍の戦艦を確実に撃沈するためだった。

出撃した隊員達は頭だけ海面に出し偵察した。

この時柱島には大和、武蔵で得た教訓を生かすため完成におくれていたため完成したばかりで慣熟訓練をするため回航されていた大和級三番艦“甲斐”と大和級四番艦“越後”がいた他に練習戦艦となっていた“扶桑”と“山城”、東ロシア帝国に売却予定の“伊勢”と“日向”などの戦艦が揃っていた。(飛騨と摂津は46センチ砲を連装から三連装にする改修のためドッグ入り中)

デチマ・マスの隊員達は目標をデカかった甲斐、越後と次に大きい伊勢に狙いを定めた。

彼らは停泊している戦艦の下に潜り込みワイヤーで弾頭部をスクリューの根本にあるキールの真下に固定した。爆発する時間は3:30

3:30 柱島

菊池栄治上等兵は見張りの交代の時間になったため詰所で交代の一等兵を待っていた、詰所には空になった一升瓶が転がっていた、彼は夜間の見張りの時に酒を飲んでいることで有名だった。

この時も酔っ払っていたが突然の物凄い爆発音で酔いが一瞬で覚めた。

彼は走って停泊地に向かった、停泊地では新造戦艦である甲斐、越後の第三砲塔から後ろがしずんでおり、越後にいたっては第三砲塔が吹き飛んでいた、伊勢はキールが大きく折れていて修復不可能だった。

菊池上等兵は急いで司令部に敵襲を報せた。

あちらこちらで警報が鳴り始めたときに彼は日向に向かう12本もの雷跡を見た。

ジュリアーニとトレッリは命令の際に攻撃終了後降伏せよと言われていたため最後に日向に対して魚雷を発射、動かない日向は12本すべての魚雷を喰らい浸水により柱島に着底した。

その後、ジュリアーニとトレッリは浮上し白旗を掲げ降伏した。この世界の日本はハーグ捕虜取り扱い条約に加盟していため彼らは捕虜として丁寧に扱われ、逆に敵地に潜入し戦艦二隻を修復不可能にし、新造戦艦二隻を大破させたため、敵ながら天晴れと彼らは新聞などに取り上げられ英雄とされた。

彼らが攻撃を成功させた後の

1941年4月21日

イタリアが降伏

それに続き

1941年4月26日

フランスが降伏した。

これにより欧州戦線も戦いが終わり、平和が訪れたように思われた。

あの日までは・・・


平和を望めば戦争の準備をせよーアドルフ・ヒトラー

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