第4話:そして物語は始まりの鐘を鳴らす
〈第4話:そして物語は始まりの鐘を鳴らす〉
「嘘だろ、なぁ、おぃ……………………?」
へたり込んだまま、縋るように問いかける。
何も言わない。
代わりに小さく首を横に振る。
僅かなりの希望は、断たれた。
「そ、んな……………………………………」
多分、気付いてはいた。
街行く人々、完璧に再現された五感。
システム説明、ゲーム案内の皆無。
心の何処かでおかしいと分かってはいたんだ。
ただ、それは。それを認めてしまっては。
「それで、どうするんだ」
「どうって…………………………?」
「これからだ。それでも手がかりを探すのか、この世界で生きるのか」
「そんなこと言われても、わかんねぇよ……………………」
「どちらにしろ、だ。当分はここに居なくてはならないんだ。アテは有るのか?」
「………………………………金は、ある。だから、暫くはどうにか出来る、と思う」
「そうか。当座はそれでいいが、冒険者でもやるのか?」
「いや、多分。商売することになる、と思う」
「思うって、お前な………………………………」
仕方ないだろう!
いきなり、ゲームの世界に閉じ込められました。
はい、あなたはどうしますかなんて決められねぇよ。
その後も向こうからの問いかけにぽつりぽつりと答えていった。
「少しはまとまったか?」
いきなりの事にショックを受けていた俺だったが。
暫く話していく内に、心境に変化が出てきた。
同時に、もともと俺はそんなに元の世界に未練はなかったのだと気付く。
ただ、突然の自体に戸惑っていたのが大きかったのだ。
残してきた恋人もいないし、あいつも同時期にログインしたからこっちに居るだろう。
それに、知り合いなんてこのゲームで会った連中ばかりだ。
お金も有る、セリア嬢というこの世界の住人とも出会えた、ここがあのゲームと変わらない世界なら稼ぐ手段もある。
そこまで、悲観しなくてもいいのではないだろうか。
「うん、そうだな。いつまでも悩んでてもしょうがない。人生前向きにだ!」
「そういう所は相変わらずだな」
呆れながらもどことなく安堵したような表情を浮かべるカーグ。
「それに、折角のファンタジーだ。うじうじしてたら勿体ないしな」
まだ、気持ちは揺らいでいるけど。
それで、どうこうなるわけじゃない。
大きく一息をつく。
いいじゃないか、こんな経験普通だったら出来ないのだ。
「!?」
そう安心したのも束の間、突然身体が震えた。
下腹部に軽い疼き。
これは。
「どうした?」
「や、やばい。しし小便、でそう」
「な!?ちょっと待て、納屋まで我慢しろ!」
いつだったか、聞いた事があった。
女性のそれは、男性よりも我慢のきかないものであると。
ずっと、気を張りつめていたせいか、一度緩めてしまった身体に力が入らない。
「あ、も、………………だめ……………………げんかぃ」
すー、と僅かな解放感と共に。
履いていたズボンの色が濃くなっていった。
「……………………………………ごめん」
気合い入れ直した矢先にこれだよ!?
うぅ、死にたい…………。
気まずくて顔が上げられない。
呆れてるだろうなぁ。
「まぁ、仕方ないだろ。いきなり性別が変わってしまったんだ。誰だって戸惑う」
優しさが、いたい。
心にヒビがハイリマスです。
そして、ますます顔がアガリマセン。
俺がイタシテしまった後、素早く俺に着ていたマントを羽織らせ、抱き上げ宿屋の部屋まで連れて行き、部下であろう女性の人を呼んで代わりの着替えを用意してもらい、子供よろしく女性のお手を煩わせ、一段落着いた後再び向かい合っているのが現在の状況である。
ベットにぺたりと座り込んだまま俯く俺。
どうしてこうなったと言いたい。
ちらりと、恐る恐るやつ、の方を見る。
「なんというか、あれだ。初めから完璧なやつはいない。少しずつ慣れていけばいいさ」
「慣れてどうしろと……………………」
誰得ですか。俺損ですよ。そんなの勘弁ですだよ。
「そこまで言えれば、心配はないな」
はくじょーものー。
俺に味方はいないのか。
「いや、女扱いしろというのなら、それでもいいが………………」
「気持ち悪いこというな!!」
「………………俺にどうしろと」
大仰に溜め息をはくカーグ。
そんな仕草まで様になっているのは、かなりむかつく。
「……………………………………」
と、いうかだ。冷静になってよくよく考えると。
こいつ、そんな悪いやつじゃないのではないか?
いや、確かに仲は悪かった。最悪だったと言ってもいい。
でも、此所に来てからこいつは何もしてない。
むしろ、俺に気をつかったり、下の、ごほごほん。まぁ、色々心配してくれてたりしていた。
それに対して俺はなにをした?
「ぅっ………………………………」
やばい。これ俺厭な奴だろ。
もう顔が地面に釘付けですよ。
今直ぐ地面に犬神家ですよ。
「いたっ!?なにをするだ!?」
「どうせ、俺はなんて嫌みな事をーとか思っていたのだろう」
「な、なぜ分かったエスパー!?」
「わからいでか。取りあえず、お前の嫌みなんぞ聞き飽きている。今更感情など1欠片も動かん」
「それはそれで、人として終わってるような………………」
「人の話しをきちんと聞こうか」
「はい、すみません。チョーシ乗りました、ごめんなさい!」
優しくこめかみにそえられる二本の指。
たまらないプレッシャーに速攻白旗です。
「…………………………で、話は戻るが。これからどうするんだ?」
「取りあえず、今日は此所に泊まる。元々明日はセリス嬢に空き家の有りそうな所を教えてもらうつもりだったし」
「セリス嬢?ギルド本館の受付のセリス ファティマか?」
「知ってるのか、って当たり前か」
そういえばこいつは騎士様なのだ。
城勤めで、それなりにえらいみたいだし街の若い奥様や少女にきゃーきゃー言われて、前言撤回。やっぱむかつく。
「なにか考えたか?」
ギャー、エスパーコワイヨー!
「なんでもないぞえ?主の勘違いじゃろう」
「口調が変わっている、ドボンだ」
「みぎゃーす!?」
今度は容赦のないアイアンクローが降ってきた。
あまりの痛みに叫び声を上げながら気絶する。
それが、異世界初日最後の光景だった。
「ぅん、………………………………くるんじゃねー、……………………俺は黒いタイツなんぞきないんだー…………………………ん、ぁ?」
見慣れない天井。
僅かにきしみを上げる木造のベット。
そこは住み慣れた我が家、なわけがなく。
昨日とっていた宿屋の一室だった。
窓から差し込む光からするに朝方のようだ。
「嗚呼、そうか俺異世界に来たんだったな………………」
正確にはゲームの世界、ではあるがどの道始まってすぐこうなったのだから似たようなものだろう。
目蓋をしょぼつかせながら立ち上がると大きく伸びをする。
割と気持ちに余裕があるのは、余り悲観的にならないようにしているからだ。
沈んでいても何も状況は変わらない。
それに、一人暮らしは元々長かった。
少し遠い引っ越しをした。
そんな風に思えば少しは気分もマシになる。
「くっ、……………………ふぁ。さて、どうするか」
あくびをかみ殺して、軽く眼を擦ると備え付けのテーブルになにやら紙が置いてあった。
どうやらカーグのやつが書いていったらしい。
「なになに、「なにか有れば、俺の所へ来い。城の兵には話しを通しておく。
それと、あまりうろちょろして妹に迷惑をかけるなよ。」か。やたら達筆だな………………」
さらりと出てきたお城勤めを表す文章。
ほんとに騎士やってんだなぁと改めて思い知った。
ところで、妹って誰さね。兄妹いたのか。
とと、いつまでもぼんやりとはしていられない。今日は、セリス嬢と物件探しなのだ。
部屋の隅にある洗面台らしきもので顔をばしゃばしゃと。
うん、すっきり。
ついでに、髪をちょいちょいと。
長いわりに良くまとまるなぁ。
そしてベットに戻り着替え。
「うわぁ、やっぱ全部なってるんだな」
一度、確認の為に裸族と化してみたのだが。どこからどうみても女性です、ほんとうにありがとうございました。
おお、マイサンよ。いなくなってしまうとは情けない。
阿呆らし。早く着替えよう。
手早く、替えのスーツモドキに着替える。これが俺のジャスティス。
因みにやっぱり興奮とかはしなかった。
変わりになんというかお顔が真っ赤っかになりましたが。
ええぃ、はずかしいに決まっているじゃないか!
下着は一度付けずに着たら痛くてしょうがなかったのでしぶしぶ付けた。
ランニングシャツみたいなやつだったのが救いだ。
ふよんふよん動く固まりを睨みつけ、自分の行動に落ち込む。
なにやってんだ俺……………………。
ローテンションのまま、未だ慣れない身体を動かし朝の栄養補給の為一階へと降りて行く。
異世界生活二日目。
今日は良い事がありますように。
デイリーランキング入りありがとうございます!!
あまりの嬉しさに雨に打たれながら、街をさまよい走りました。
こんばんは、Keiです。
やらかしました。
エディナさん、最大のうっかり発動です。
そして数少ないであろう、このお話を見て下さっている女性読者さま、
すみませんごめんなさいこんな作者で今直ぐ犬神家してきます土へと還ります。
こほんっ。
それはそれとして。
ついに物語が本格的に始まります。
ここまでが、いわゆるプロローグになるかと。
そして、次回からはエディナさんのお仕事編がスタート。
ではまた。