第10話:エディナさんのお仕事6
「あっ」
「どうしたんだい?」
「そういえば」
「ふむ、そういえば?」
「店の名前付けるの忘れてた」
「………………………………」
「………………………………」
「はぁ、全く君は………………………………」
「い、いやそんな哀しいものを見る眼で見なくてもいいだろ!?」
「……………………………………はぁ」
「おい」
「で、なんていう名前にするんだい」
「スルーですか無視ですか」
「さっさとしたまえ、屋号を付けるのだろう?」
「屋号って、…………………………まぁいいや。そうだな……………………」
〈第10話:エディナさんのお仕事6〉
開店しました
さて、いよいよこの時がやってきた。
有り余った資金の賜物で頓挫せずにこぎ着けられた。
とはいえ楽観視はできない。
店を一つ、まともに作るのは莫大なお金を必要とする。
「ご都合主義も楽じゃないよね」
今直ぐ餓える事はないが、それでもなにもしなければ増える事はない。
「しかし見よこの燃える展開、ってか」
早朝、既に街は動きだしている。
道ばたに風呂敷らしきものを広げ商品を並べてゆく者。
お使いなのか、小さき見習い少年が街を走ってゆく姿。
既に開店準備を終え、客引きを始める商店もちらほらと見える。
カウンターには昨日作ったお手製の金属の看板。
文字にちょっと葉っぱと一輪の花の彫り飾り模様がポイントのお洒落な看板である。
これを店の表に掛ければめでたく当店も開店と相成る。
早起きして丁寧に拭き上げた店内は、全てが新品である事も相まって一つの汚れも見当たらない。
見回して、満足気にこくこくと頷く。
「よしよし」
看板を持って表に。
今日も天気は快晴。
ここでも変わらない太陽の眩しさに眼を細める。
扉付近に予め打ち付けておいたフック部分に引っ掛けるように付ける。
「さて、お客さん来るかね」
武具専門鍛冶屋「モルガーナ」本日開店します。
「いやはや」
それにしても来ない。
当たり前の事では有るが全く人が来る様子がない。
そりゃね、一応今まで面識のある人達にはそれとなくお店開きますよー、とは言ってたけど。
「初めだしな。千客万来なんてある訳がないか」
皆冒険者とか荒事向けの人じゃないしね。
唯一剣を振るのが居るけど騎士サマだし。
お抱えの所とかもう有るのだろう。
「果報は寝て待て。気長にいきますか」
一応、街でのミステリースポットに店を構えているのだ。
宣伝としては面白味があっていいだろう。
窓からのやさしい陽に、ぼへーっとカウンターに頬杖をつきながら来客を待つ。
ああ、因みにウチの看板娘の姫も一緒にお待ちしています。
今は店内を興味深げに飛び回ってますよ。
「……………………………………」
りぃん
「………………………………………………」
りぃん
「…………………………………………………………むにゃ」
途中うっかり、お昼寝しそうになったのは此所だけの話し。
つい、わくわくして眠れず、徹夜したとかいうのは嘘か真か。
「来ないな」
りぃん……
「ありがとう、姫。でも逆に優しさが眼に沁みる」
りぃん…………
太陽が頂点に位置している時、気分転換に昼食を取りに一旦店を閉めて街に出た。
一応行く先々で宣伝らしきものをしてみたので、これからに期待だ。
なんて思い戻ってきたのだが。
相も変わらず客足は遠のくどころか近づいてすらこない。
「やっぱり、初日からは厳しいか?」
りぃんりぃん
「そんなことないよ、ってか?」
りぃんっ
「うん、そうだな。前向きにいかないとな!」
りぃんっ
落ち込みそうになったが、姫の励ましを受け持ち直す。
それに、此所までが順調過ぎたのだと思えば納得できる。
「とは言ってもなぁ。お客が来ない事には始まらないからな」
どうしたものかと唸っていると来客を告げるドアベルが鳴る。
それにしても、今日の昼食も旨かった。
最早、あそこの店の常連となりつつあるぐらいだ。
パリパリしたあの揚げ物みたいなやつ、さっぱりとした付けダレにつけて、
「あのー、すみません」
嗚呼、あの口に広がる爽やかな酸味とジューシーな肉の味わい、
「タマリマセン」
「あのっ!無視しないでくださぃー」
「っ!」
おおっと、つい妄想が。
お客の前でなんとはしたない真似を。
急いで口元を拭う。
「これは申し訳ない。いらっしゃい、なにか御用かい?」
仕切り直しとばかりに眼前の少女に微笑みかける。
ごまかせない先程までの奇行に曖昧な笑みを浮かべる少女。
見つめ合うこと暫し、あちらから話しかけてくる。
「あ、あの。ここは武器を扱っているんですよね?」
「もちろん。剣から槍に、斧、弓に暗器までなんでもござれ。オーダーメイド(特注)も承っているよ。尤も、杖は扱っていないからお客さんには畑が違うかな?」
ちなみに口調が敬語でないのは、荒くれ連中に嘗められないようにといった、極小心者な考えの元である。
別に某冒険者斡旋酒場の代々同じ名を持つ主人を参考にしようとか真似ているとかそんなことは決して到底ない。
気分は出来るキャリアウーメンズ。
オスカル様と御呼び!
「いえ、これでも私近接戦闘が得意なんです」
「ふむ?あぁ、なるほど」
よく見てみると身長が小柄ではあるが、外套の隙間から覗く腕などは引き締まっていた。
それに手には血豆を潰した跡が見える。
かなりの修練を積んだ、どこまでなのかまでは分からないが、かなりの猛者であることは理解できる。
こう、ゲーム内でも一流と呼ばれる者はオーラというか何処となく佇まいが違うのだ。
これでも数多くのトッププレイヤー達を見てきたのだ。間違ってはいないと思う。
尤も、ゲームと現実を混合するのは可笑しい事ではあるが、現状が既におかしいのでその辺りは気にしない事にする。
初見で分からなかったとは、まだまだ検眼を磨く必要が有るなと自分の新しい課題に唸りつつ、さてなにを見繕うかなと別の場所で頭を回転させる。
「重ね重ね失礼をしました。それで、お眼鏡ねに叶ったものは見つかったかな」
「もちろんです!えーとですね。どれも不思議な模様をしてますよね」
「ああ、それは」
好奇心に眼を輝かせる少女に説明しようとしたが姿が見えない。
否、視界の上に浮かんでいた。
「なにをやっているんですか、総団長」
少女を浮かべ、正確にはつまみ上げていたのは見知った騎士の鎧を纏った男。
カーグの奴がそこにはいた。
「あっ、かーくん。見て下さい、どれもこれも綺麗な誂えですよ!」
驚きもせず、ひらりと掴まれている手から脱出した少女は華麗に着地。
両手を振り回さんばかりに熱心に眼前の男に話しかける。
実に微笑ましい光景だ。
それとは別に、気になる単語が出てきた気がするのだが。
「総団長?」
あれか?もしやエラいヒトだったりするのか。
カーグの奴の上司だったりするのか。
少女上司。悪くない響きだ。
「はい、こう見えて偉いんですよ私。それと………………」
「…………………………」
「…………………………」
カーグの奴からこちらに視線が移る。
こちらを凝視する少女。
「…………………………」
いまいち、要領は掴めないがこれは俺の精神力を量っているのだろうか。
ならばと、負けじと見つめ返す。
美少女のガン視。正直役得です。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
と、向こうの眼がキュピーンと光るのを感じる。
くっ、そういうことか。
気付くのが遅れるとは!
ならば、せめて先手をっ。
「ご挨拶が遅れてすみません。いつもうちの不肖の息子がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ息子さんには助けてもらっています」
「わたくしカーグの母のエディナと申します。よろしくお願いしますわ」
「こちらこそ。聖十三騎士団総団長のリーゼ ローランドです」
「まあ!こんな綺麗で気だての良い方と一緒だなんてうちの子は幸せ者ね」
「あらあら、いやですわお義母様。」
「まぁ、お義母様だなんて!おーほっほっほほほほ」
「うふふ」
「おーほっほっほほほほほほ」
「うふふ、くすくす」
ゴスッガスッ
「「痛っ…………!?」」
「なにをやっているんですか団長。お前もだ、おかしな小芝居をするな。ダレが息子だ誰が」
額に青筋を浮かべこちらを睨むカーグ。
怒り心頭な奴に、煙りが立ちそうな程見事なげんこつを喰らい踞る俺とリーゼさん。
そう。リーゼさん、なのだ。見た目少女を通り越して、幼女だがどことなく彼女は年上臭がする。
「かーくんひどいです!私はただお義母様にご挨拶をと」
「かーくんひどい!おかあさんを叩くなんて、いけません!」
「ダマレ」
「「すみませんでした!!」」
ドスの聞いた声が響く。
その視線、絶対零度を冠する位のものだった。
速攻リーゼさんとザ土下座タイム。
ちょっとしたお茶目じゃないか。
全く、肝の小ささは相変わらずだな。
「何か考えたか?」
「「いえなにもかんがえておりませんデスはい」」
だから、紹介したくなかったんだ。
疲れ切ったように息をつくカーグ。
その肩をぽんぽんと慰めてあげるウチの姫。
あー、もうかわゆいなぁ姫は。
「それで、お前はどうして此所に?」
「……………………この人が暴走しないようにお目付役をまわされたんだ」
どうやら本当にエラい御方らしいです、こちらの幼女さんは。
「別にいーじゃないですか。仕事は片付けてあったんだし」
可愛らしくすねる見た目幼女。
演技であるのは丸分かりだが、その仕草は憎めないものがある。
そうしている内にも、カーグの奴の説教はヒートアップする。
お前は何処の小姑だ。
そしてそれに対し、にこにこと笑みを崩さないリーゼさん。
どうしてそんなに平気なのか。自分事でない俺が既にげんなりしているのに。
彼女は間違いなく剛の者だ。
「だからって、勝手に城から抜け出さないで下さい。だいたいですね…………………………」
「もう。男の子が細かい事を気にしない。そんなだから「鉄面皮の鬼隊長」なんて呼ばれるんですよ?」
なにか、ご大層な渾名が出てきたぞ。
俺からしたらただのむっつりな奴なんだけどなー。
「それに、かーくんと妹さんがお薦めするお店ですもん。見に行くしかないじゃないですか」
「お薦め?」
「妹から聞いたらしい。言っておくが、俺はなにも話していない。全く、セリスの奴次にギルドに行ったらきつく口を閉じさせないとな」
隣に視線をずらすと、そっぽを向いたカーグが答える。
どうやら、妹さんと総隊長さんは面識があるらしい。
ギルドのセリスって………………彼女の事だよな。って、え、セリス?いもうと?
「お前の妹って、セリス嬢だったのか!?」
「そういっただろ?」
本当らしい。
そういえば、前にそんなことを聞いた様な。
にしても、な。
こんなのとあの性格はちょっとあれだが、美人で良い娘なあのセリス嬢が兄妹。
「うわぁー、に「似てなくて悪かったな」……………………いや、先言うなって」
流石エスパー。
心理戦では分が悪いようだ。
「ふん、自覚ぐらいはしている」
「まぁまぁ、かーくんはかっこいいですから大丈夫ですよ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすカーグを諌めるリーゼさん。
そうだろうか。
俺からしたら、ってこれは二度目か。
「もういいですよ。それで、決まったんですか」
脱線どころか他所の国まで飛んで行ってしまった話しを元に戻すカーグ。
どうやら諦めたらしい。
うむ、人生前向きなのは良い事だ。
「もちろん!これにします」
そういって満面の笑みで彼女が取り出したものを見て、俺とカーグの奴は大いに顔を引きつらせる事になる。
お久しぶりです。
また夜に投稿しに来ますが一先ずこれを。
美幼女でエラくて、大人なレディ。
まさに完璧ですねリーゼ団長!
彼女は一体何を買うのやら。
そして二度目の登場カーグくん。
相変わらずのモブ臭ですね。
あれです。きっとリーゼ団長にジェラシーを感じているんです。
彼はいい子なんです、ちょっとキャラが薄いだけで。
そう、ただ頑張ってるだけなんだと思うんです。
お店の名前。
分かる人には分かってしまうでしょう。
成る程と、納得していただけると作者がニヤニヤと嬉しがります。




