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第三章 古代 1

「ぎゃー! カスガ!」

リウヒは飛び上って仰天した。こんな訳の分からないテーマパークで、頼りの男が目の前で倒れたのだ。駆け寄って抱き起こすと、その顔は幸せそうに笑っていた。

「ちょっと、起きて! ねえ、起きてよ!」

シギも不安そうにカスガの頬を叩く。

「ムカつく顔でねてんじゃねえよ、おい、起きろ!」

先程カスガと話していた男が、心配そうに何やら話しかけてきて、しきりに身ぶりでついてこいと言っている。

「なんて言っているか分かる?」

「多分……泊まれる所に案内してくれるみたいだ」

カスガの腕をシギが抱えて、リウヒがそれを助けつつ支える。そして素直に男について行った。ぐったりしている体を支えて歩きながら、町の人々が物珍しそうに自分たちを見ている事に気が付いた。みな古代の民族衣装のようなものを着ている。

ここはテーマパークじゃなくて、民族博物館?それとも、町ごとコスプレイヤーなのか?

いやいや、全てがドッキングした新しいイベント会場か?みんな古代マニアなのか?

ああ、どうでもいいから、早く家に帰りたい。自分の居心地のよい部屋へ。

こんな変な所、もう嫌だ。しかし、カスガは目を覚まさない。

男はある建物に入ると、リウヒたちを手招きした。主人らしき親父に何かを説明し、上に来いと身振りで言う。

一室を開けると、そこは質素な部屋だった。粗末なベッドが三台、中央に小さなテーブルとイスが二つ。シギがベッドの一つにカスガを横たえる。男は笑顔で一言二言言うと、そのまま出て行こうとした。

「あ、あの! ありがとうございました!」

リウヒが頭を下げると、シギも下げた。男は一瞬びっくりしたが、いいってことよ、という風に手を振ると、扉を閉めた。シンと静かになる。

「ああ、カスガ……」

相変わらず、笑顔で伸びている男の頬を撫でる。

「しばらくしたら、起きるだろう。それよりもさ、ここ、どこだと思う」

シギの顔色も悪い。蒼白だった。

「き……巨大テーマパーク?」

「そうだよな。どっかの国のテーマパークだよな……」

二人は窓に走り寄ると、焦ったように首を巡らせる。通りには娘の二人組や、男が歩いている。子供が団子になって声を上げながら走って行った。みな、リウヒたちのような格好をしているものは一人もいない。古代民族衣装だった。

遠くに見える城は、相変わらず存在感を放ちながら鎮座している。それは歴史の教科書で見たティエンランの宮廷復元図とよく似ていた。

「ちょっと懲りずぎだよね」

言葉も古代語、衣装まで徹底している。入場料もいらなかった。すごくお金はかかってそうな所なのに。

「でも、やっぱり変じゃないか」

テーマパークにありがちな、作り物めいた感じが全くない。アトラクションもない。第一、このホテルのそっけなさといったらどうだ。忠実すぎるだろう。どっかの国ならどうして言葉はティエンランの古代語なんだ。それにビルや現代の建物が全くない。

「あの洞窟で、なにが起こったんだ……」

「入って行った時は、大分奥に行って、何かに引っ張られるように落ちた」

「目が覚めたら、お前の貧乳がおれの顔に当たっていた」

リウヒがシギの頭を思い切りはたいた。気にせずシギは続ける。

「洞窟をでたら、この訳の分からない外国に来ていた」

「古代の衣装、建物、宮廷、町並み、言葉」

「カスガはティエンランにいるって叫んだ」

「ああ、もう、頭がパンクしそう!」

藍色の長い髪をかきむしって、リウヒが悲鳴を上げる。

「おれ、ちょっと外に様子を見に行ってみる」

シギが窓から離れる。

「えっ、あっ、ちょっと、おいて行かないでよ」

「お前はカスガの横にいろ。すぐに戻るから」

そのまま、戸の向こうへ出て行ってしまった。

「カスガぁ……」

よろよろと、ベッドに寝ている幼馴染の元へ行く。カスガは呑気に寝息を立てていた。

ここは、本当にティエンランなんだろうか。そう思う方が自然な気がする。

ではわたしたちは、時空のはてへ飛ばされたのだろうか。

リウヒは頭を振る。

まさか、そんなはずはない。今まで平凡に生きてきて、事件らしいことも体験しなかった。普通の生活を普通に営んできた。大勢の中に埋没した一人だ。

ゲームやマンガや映画の世界では、選ばれた人間だとか特別な能力をもった主人公が、過去に行って世界を救ったり、大活躍をしたりする。

でも、わたしたちはそんな大層な人間じゃないんです! ただの女子大生と、古代オタクとナンパ野郎なんです! だから家に返して!

頭を抱えて、足をばたつかせたリウヒはほとんど気が狂いそうだった。

「リウヒ?」

「カスガ! 気が付いたの?」

ガバッとベッドによると、目を開けてぼんやりと幸せそうな声を出した。

「とても楽しい夢をみたよ。リウヒとシギと三人で、ティエンランにタイムスリップしたんだ。あの宮廷を実際に見られたんだよ。すごく嬉しかったんだけど、そこまでしか覚えていない」

「そうだよね、これは夢だよね! 現実にはあり得ないもんね!」

「どうしたの、リウヒ。顔が怖いよ。それにここはどこ……」

リウヒは男に連れられて、ここに来た事を説明した。今までグルグル考えていた事も全部。

カスガは黙って聞いていたが、その顔は歓喜に輝き始め、飛び起き窓に走り寄った。

仁王立ちになって、しばらく停止した後感動したように体を震わせた。

「ああ、やっぱりここはティエンランだ!」

再びひっくり返ろうとする幼馴染を、リウヒは慌てて揺さぶる。

「やめてぇ! また別の世界に飛び立ってしまわないで! 落ち着いて! 落ち着こう!   いや、まずわたしが落ち着け!」

「あわわ、痛い! 痛いよ!」

「お前ら、なにやってんのぉ!」

帰ってきたシギが仰天し、慌ててリウヒとカスガを引き離す。

「ごめん。ちょっとパニックになっちゃって……」

咳きこむカスガの背中をさすりながら、リウヒが申し訳なさそうな顔をした。

「どうだった、外は?」

シギは首を振る。

「ここはティエンランだ。テーマパークなんかじゃなかった」

自分と同じ、現代の格好をしている者は一人もいなかったし、水道や電気、交通機関もない。井戸から水を汲んでいた。片言の古代語でここはどこかと聞いても、帰ってくる返事は同じだった。

「じゃあ、タイムスリップしたってこと……?」

リウヒが呆然としたように言う。

窓の外から鳥の鳴き声がする。顔を上げると、空が夕暮れに染まっていた。

「あの洞窟に行ってみようぜ」

また三人で飛び込めば帰れるかもしれないだろう。シギが言うと、リウヒも頷いた。

「帰らなきゃ」

「明日にしようよ。今、むやみに行って道に迷ったらさらに大変な事になるかもしれないよ」

「だけど、おれはバイトがあるんだよ。遅刻なんてしたら店長に怒られる」

「何時からなの?」

「六時」

「もう六時だよ。うまいこと現代に帰れたとしても間に合わないよ」

カスガがケータイをしまいながら言った。

沈痛な沈黙が広がった時、リウヒの腹が鳴った。ギューキュルルと飯を催促している。

「いや、その、あの、生理的欲求が」

シギとカスガは絶句し、それから同時にため息をついた。

「今はお前のその呑気さがうらやましいよ」

「リウヒはどこにいってもリウヒだよね」


***


「どこに座ってもいいって」

取りあえず下に降りて、ヒゲの親父と流暢な古代語で話していたカスガが二人の元へ帰ってきた。どうやらここは宿屋で、一階は飯を食べたり酒を飲んだりする所、二階は宿泊場所となっているらしい。

「お金がないっていったら、簡単な手伝いをしてくれたら大丈夫だって。飯を先に食えっていってくれた」

「ここは親切な人が多いね」

感心したようにリウヒが言う。宿に連れてきてくれた門番といい、昼間、外でここはどこだと聞いた人たちも確かに親切だった。

「豊かな国だからね。住んでいる人たちも余裕があるんだろうね」

「あんまり信用するなよ。うまい話にゃ裏があるってゆうから」

ヒゲ親父がなにか話しかけながら、飯を持ってきてくれた。

「美味しそう!」

リウヒが歓声を上げる。

ホカホカの白いご飯に、野菜がたっぷり入った汁、分厚い肉と漬物、そして蒸した芋だった。

「いただきます!」

猛烈な勢いで平らげてゆく。その顔はとてつもなく幸せそうで、まるで子供のようだ。

親父はびっくりして見とれていたが、なにか言うと笑いながら奥へ引っ込んでいった。

「なんて言ったんだ」

「そこまで喜んでもらえるなんて光栄だって」

シギとカスガも箸をとる。滅茶苦茶にうまかった。素材がいいのか、腕がいいのか、それともよほど腹が減っていたのか。

「科学調味料が一切はいってないからねー」

「無農薬なんだろうねー」

見事にたいらげた三人は、その後台所を手伝った。慣れないことだらけだったが、リウヒはともかく男二人は要領と器用は良かったので親父に重宝されていた。

そして、風呂に戸惑った。風呂場は、ある程度のブースのような間隔で、木板で仕切られており、カーテンみたいな布が付いていた。其々にタライが一個ずつ置いてある。勿論シャワーなんてものはなく、シャンプーやリンス、石鹸もなかった。浅いタライに湯を張り、その中に入って糠袋をつけて体を洗っていく。歯ブラシもない。塩を指に取り、直接歯に擦りつける。

全てを終わらせ部屋に戻ったシギたちは、ぐったりと疲れていた。

「ドライヤーも、化粧水もない……」

「テレビも、パソコンもない……」

せめてパジャマに着替えたい、とリウヒが泣きそうな声で言う。

「あっ、そうだ。カスガ」

走り寄って、赤い顔してその耳に何か囁いた。

「売ってないよ。この時代の人はそんなものはいてないしさ」

「わー! わーっ!」

真っ赤な顔して、手を振るリウヒにシギがニヤニヤした。

「もしかして、お前パンツはいてないの」

「だって、だって、お風呂に入って新しくないのをはくの、嫌だもの!」

「それはおれに襲ってくださいっていってるんだな」

「どうしてそうなるの! この変態スケベ男!」

「はいはい。もういいよ」

リウヒがベッドに潜り込もうとして、今度はそこで暴れ始めた。

「あああ、もう! 髪が乾いてないのに、寝るのは嫌!」

「なんで?」

「決まってるでしょ、傷んじゃう」

女の子は大変だね。男でよかった。シギとカスガは顔を見合わせた。

ふと、ポケットに手を突っ込んだ。ケータイを見ると、十一時を回っていた。電池はあと二つしかない。

「おれ、ケータイの電池切っとくわ。もったいないしな」

すると二人もごそごそとケータイをとりだして電源を切った。

煙草を吸おうと、パッケージを取り出す。窓辺にいくと、ふときな臭い匂いがした。視線を巡らしたシギの目が、驚愕に見開く。

「どうしたの?」

「きっ……宮廷が燃えている……!」

「ええっ!」

「うそっ!」

カスガとリウヒも窓辺に走り寄り、三人で身を乗り出した。

昼間、その圧倒的な存在感でシギたちを驚かせた宮廷は、天に昇るような炎を上げて燃えていた。

「リアルだ……。リアルすぎる……」

リウヒが、目線をそらさず呆然と言った。


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