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    宮廷跡 3

今回、ちょっと長いです。すみません(汗)。

「誰だよ、駐車場にいく近道なんていったのは」

「わたしだけど、二人とも賛成したでしょう」

シギとリウヒが睨みあう。

本殿後から、歩きだしたリウヒたちは山の中の小道へと入った。が、いくら歩いても麓にはたどり着かなかった。来た道を引き返したはいいが、今度は本殿後にも出ない。延々と山道は続いている。

「ケータイは圏外だし……」

「もしかして、これは遭難したんじゃ」

「そうなんですよ」

「ダジャレかましてる場合か!」

シギがイライラと舌打ちする。

ああもう限界。リウヒは足をさすった。大階段で疲れ果てた足は、長時間歩いてジンジン痺れてきている。

「ごめん、ちょっとだけでいいから休憩していい?足が痛い」

情けない声をだして、適当な場所に座り込んだ。ふくらはぎを見るとパンパンにむくんでいる。

「五分だけだぞ」

シギも疲れていたのか、隣に身を投げ出すようにへたり込む。ポケットをまさぐって煙草を取り出した。カスガは一点を見つめている。

「どうしたの」

「なんだろう、ここ……」

二人が座っているすぐ横に、洞窟があった。高さは二メートルぐらいで、横幅は大人四人が並んで通れるくらいの大きなものだった。

「やめてよ、カスガ。まさか中に入る気じゃ……」

洞窟を覗き込む幼馴染の目が好奇心に光っていて、リウヒはうろたえた。先ほどの誰かに体を乗っ取られた恐怖がせり上がってくる。シギが立ちあがって、同じく覗きこんだ。

「あんまり深くなさそうだな」

煙草をふかしながら言う。

「いってみようか」

「おう」

「ちょっと待って、今、そんな状況じゃないでしょ。どうして、そんな所に入ろうとするの」

「楽しそうだから」

「面白そうだから」

リウヒは泣きそうになった。どうして男子はいくつになっても、こんなしょうもない所に行きたがるのだ。

「お前、怖いならそこで待ってろよ。すぐ戻るからさ」

馬鹿にしたようなシギの言い草にムッとする。だからこいつは嫌いだ。

「嫌だ、わたしも行く」

腰を上げると、カスガのパーカーに掴まっておそるおそる中を覗いた。

「いくぞ」

三人で歩き出すと、ひんやりとした空気が体を包む。湿気とカビ臭い匂いがした。

「暗いね」

「以外と深いな」

「カスガぁ、なんか踏んだ……」

「ぼくの足だよ」

先は真っ暗闇で見えない。洞窟の外の明かりも奥へ進むごとに、どんどん小さくなっていった。それでも三人は取りつかれたように、暗闇へと向かって行った。

入口の明かりがテニスボールほどの大きさになった時。

突然、リウヒは奇妙な感覚に捕らわれた。足が空をかいたと思ったら落下したのである。何かに引っ張られるように。

「えっ……。ああっ!」

「どうし……うわあ!」

「うおっ!」

それぞれ悲鳴を上げて、闇間へと落ちて行った。


「痛ぁ…」

倒れた状態のまま、リウヒは頭を押さえた。したたか打ちつけたが、怪我をしている様子はなくて、ホッとした。

わたしは、どうしたんだろう。洞窟に三人で入って、穴かどこかに落ちたような気がする。ゆっくり目をあげると、意外と近くに丸い光が見えた。

あれ、落ちてないのかな。じゃあ、どうして倒れているんだ。そうだ、カスガとシギは。

「どけよ」

シギの低い声が下から聞こえる。ああ、無事だったんだ。

「お前の乳がおれの顔に当たってんだよ。早くどけ、この貧乳!」

「ひっ、人が気にしている事を! 変態!」

慌てて上半身を反らす。

「おれの上におっかぶさっといて、変態よばわりかよ。お前が押しつけてきたんだろう!」

「いいからさ、二人とも早くどいてくれないかな」

苦しそうにくぐもった声が、さらに下から聞こえた。

「ぼく、死にそう……」


***


「死んでも嫌」

今日の昼餉は、大嫌いな菜飯だった。リウヒは食べる事は大好きだが、これだけは好きになれない。青臭くて不味い。誰がこんなものを作り出したのだろう。

トモキが残さず食べるよう注意をしたが、リウヒはツンと横を向いて拒否をした。

「じゃあいいです」

ため息をついて、トモキが食事を続ける。愕然とした。今までそんな事はなかった。あっさり引き下がった目の前の教育係に、逆に不安を感じた。

呻きながら不承不承、茶碗を手に取る。

「ほらほら、ちゃんと食べないと大きくなれませんよ」

リンが笑いながら言う。シュウとシンも微笑んだ。

「だって、この青臭いのが嫌いなんだ」

一口食べて顔を顰めた。やっぱり不味い。でも全部食べれば、トモキは褒めてくれるに違いない。必死になって、茶で流しながら菜飯をたいらげた。

どうだ、食べたぞ。得意になってトモキを見ると、片手に箸、片手に椀をもって明後日の方を向いている。今日はなんだかおかしい。

「どうしたのだろう。熱でもあるのかな」

リウヒの言を受けたシュウが首をかしげて、トモキの横に立った。その額に手を当て、もう片方の手を自分の額に当てる。トモキが初めてはっとしたように顔を上げた。

「お熱はないようですが」

「大丈夫か」

心配そうに聞いても、何も言わない。リンとシンが目の前の食器を片付け始める。茶碗もきれいに空なのに、ぼんやりと見ているだけだ。

「すみません、もういいですごちそうさま……」

トモキは一人でフラフラと外に出ていってしまった。ほとんど手を付けていない昼餉が残っている。

「あっお前、人に食べるよう言っておいて残しているじゃないか、卑怯者!」

思わず叫んだが、無視された。どうしてだ、聞こえているはずなのに。

「どうしたのかしら、トモキさん」

「今日は何かおかしいわねぇ」

リンとシュウも不思議そうにその後ろ姿を見送る。

「もしかして恋煩い?」

シンがにやりと笑った。きゃー! と三人娘は声を上げる。

リウヒがまさかと青ざめた。トモキの関心が、自分でない他の誰かにいくなんて。

「そういえば、きれいな女の人と、よく一緒にお話しているらしくてよ」

「トモキさんもお年頃ですものね」

「温かく見守りましょう。ね、殿下」

「知らないぞ、そんな話!」

リウヒは混乱していた。今まで、一身に受けていた愛情がよそにいくのは、寂しくて耐えられない。むしろ恐怖だった。いつの間に恋人ができたのだ。

「相手は、相手は誰なんだ」

「宮廷一の踊り子だとか。わたくしも詳しくは分からないのですが、とにかくきれいな方だそうですよ」

宮廷の恋愛事情に敏いシンが、空を見ながら言う。

「そ、その女がトモキをたぶらかしているのか」

「まあ、殿下。どこでそのような言葉を覚えたのですか」

リンが呆れながらリウヒを見た。

「トモキさんも、いいお年ですもの。恋愛の一つや二つ、あっても良いではないですか。それに、あの人の殿下に対する気持ちは、恋どころじゃございませんのよ」

「殿下が恋をする方は誰なのでしょうね」

シュウがうっとりと言う。

いまいち、恋というものが分からない。リウヒは首を捻る。

「この人と、ずっと一緒に居たいと思うことです」

分からない。トモキか? でも違う気もする。

「この人になら、ついてゆきたい、なんでもしたい、と思うことです」

分からない。トモキか? でも違う気もする。

「この人でなければ、嫌だと思うことです」

分からない。トモキか? でも違う気もする。

頭を抱えたリウヒを見て、侍女たちは

「殿下も、いつか必ず分かるときがきますよ」

とさざめくように笑った。

夏の陽光が窓から入って、娘たちを包み込むように照らした。


***


光が差し込んでいる。暗闇の中から見る楕円形のそれは、眩しくて目が痛くなった。

「お前ら、怪我ないか」

「うん、大丈夫」

「ぼくも」

おかしい。シギは光の先を見ながら思う。

おれらはもっと先まで進んだはずだ。そして何かに引きずられるように暗闇に転げて落ちていった。どうして、こんなに入口が近いんだ。

光に向かって歩き出す。

「ねえ、こんなに入口近かったっけ」「もっと奥まで進んだはずだけど」

同じような疑問をリウヒとカスガも口に出した。

洞窟を出ると、目の前に赤い土の道が横切っており、草原が広がっていた。遠くに小さく集落らしきものがあって、その先に山が連なっている。絵本の挿絵のような、あっけらかんとした風景だった。

「え……」

ひんやりとした風が吹いた。空の色が、南国の島のように濃く青い。所々に雲がぽっかりと浮いている。

「なんで……」

洞窟に入った時は、確かに森の中だった。なんで平地が広がっていて、なんで…。

「街がないの……。てゆうか、ビルがないの……」

リウヒの小さな声がする。

視線を巡らすと、山沿いのはるか左手に白い壁が延々と続いていて、町らしきものであるのが分かった。振りかえって出てきた洞窟を見ると、洞窟と言うよりは洞穴だった。奥に壁が見える。

「おかしくないか」

おれは夢を見ているのだろうか。頬をつねってみたが、しっかり痛かった。リウヒもカスガも呆然としている。

「ここはどこ……」

その時、間延びした動物の鳴き声が聞こえた。弾かれたように三人が振り返ると、ロバみたいな馬を連れた男が、のんびりと赤い道を歩いてくる。変な服を着ていた。レントゲンを撮るときに着せられるような上着に、ゆったりしたズボン。そして帯を締めている。

カスガがその男に駆け寄って、ここはどこかと聞いた。男は驚き、意味不明な言葉を連発しながらロバに乗って駆けて行ってしまった。

「外国人?」

カスガが真っ青な顔をして、戻ってくる。

「今の言葉、聞いた?」

「何ていっていたの、今」

シギは知っている、その言葉を。大学の授業で習った。何を言っていたのかは分からない。でも、知っている。

「こ……」

そのカスガの声はほとんど枯れて、掠れていた。

「古代語だった……」


***


古代語は、五百年も前にジン国がティエンラン国を滅ぼした時に消滅した。今、現代で暮らす国はかつてティエンランだったが、ジンだ。そして、カスガたちが普通に使っている言葉も、ジン語だ。

ということは、ここはティエンランなのか。もしかして、ぼくたちは

「タイムスリッ……」

「いやいやいやいや!」

リウヒとシギが声を上げた。

「タイムトラベ……」

「いやいやいやいや!」

再び、二人は必死になって声を上げる。

「ないよ! あり得ないよ、そんなの! 映画じゃないんだから!」

リウヒが声を荒げる。悲鳴に近かった。

「とにかく、ここでウダウダしてても、しょうがない。あそこにいかないか」

シギが顎をしゃくった先は、白い壁が連なる町らしきところだった。かなり大きい。

「行こう」

「うん」

三人はほとんど呆けながら、よたよたと歩きだした。


歩けども歩けども、白壁は中々近づいてはくれなかった。おおよそ二時間ほど歩いて、ようやく到着したはいいが、今度は門までが遠かった。その白壁は山のふもとを囲むように半円形状になっていて、一つしか門が見当たらなかったのである。丁度、楕円の先端にあった。

疲労の為に三人ともうな垂れて、下を見ながら歩を進める。唯一の救いは、吹く風が心地よいこと、日差しが緩やかなことだった。空を飛ぶ、鳥たちの鳴き声でさえ、疲れた体には耳障りに聞こえた。

「ああっ!」

大きな門の下についたカスガたちは、今度は思わず叫んでしまった。

石畳で整備された町が広がっており、自分たちがいる門から真っ直ぐ大きな通りがある。両側には柳のような木々が、通りに沿って植えられていた。それよりも通りの先に見える建物である。

山の中腹にあるそれは、遠目からでも分かる巨大な城だった。屋根が太陽を浴びて燦然と輝いている。中央にドンと構える平屋造りの建物を中心に、右手に小山が密集しそれぞれに小さな宮が建っている。それをぐるりと取り囲むように楕円形状の細長い建物がある。対する左側は、品のある住宅地のように家がずらずらとならんでふもと近くまで続いていた。こちらもそれらをぐるりと取り囲んで半円形状の建物が立っている。

大口を開けて城を見上げるカスガたちに、門番らしき男がなにやら話しかけてきた。

[すごいだろう。我が国が誇る、天の宮だ]

[こ……こ……ここはティエンラン……なんですか]

[ああ、そうだよ。ようこそティエンランへ]

門番はニコニコしている。自慢の天の宮に、驚愕した旅行者がよほど嬉しかったのだろう。

「カスガ……」

心細そうなリウヒの声に、我に返った。

胸が高鳴る。ぼくは時代を超えて憧れの国にいるんだ。

「ぼくは今、ティエンランにいる!」

そう叫んだ後、カスガはぶっ倒れた。


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