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    現代 2

以前の蜂の巣をつついたような大報道は、二か月もするとあっさり消えてしまった。

事件や事故は日々起こる。ニュースもワイドショーも世間も、それになぞらって動いてゆく。

現代人はせわしないねぇ。

カスガはのんびりと鼻歌を歌いながら、父親の車を運転している。横の助手席にはリウヒがいた。

目の隈が濃く、顔色も悪い。随分とやつれたようだ。ショックは未だに抜けてないらしい。

「どこに行きたい? 今日はリウヒの行きたい所に連れてってあげるよ」

「古代にいきたい」

ハキのない、ぼんやりした声だった。

「一千年前に行きたい」

「行ってどうするの?」

「ハヅキに……」

そのまま黙ってしまった。

「リウヒ、一人で宮廷跡のあの洞窟を捜しに行っていただろう」

リウヒは黙ったままだ。

「ぼくも何度か行ったんだよね。でもあの小道を辿ってもあっさり駐車場に出るだけだったし、洞窟なんか見つからなかった」

「うん……」

「海にでも行こうか」

ウインカーを点滅させ、ハンドルを切りながらカスガが言った。

秋の海は曇り空のせいかどんより沈んで見えた。人影も全くない。

「結局さ、蔵を漁っても、家系図を調べても思わしいものは出てこなかった」

「そう」

「シギがまた下宿したって聞いた?」

「うん。メールが来た」

ぽつぽつ話しながら、砂浜に腰を下ろす。

「ぼくは大学に戻ることにしたよ。教授も歓迎してくれたしさ」

「そう」

「リウヒはどうするの?」

何も考えていないと首を振った。

会話はそこで止まった。心なしか淋しげな波の音だけが響く。

「リウヒさ」

横を向くと、膝に埋もれるようにして、海を眺めている幼馴染を見た。

「君だって分かっているだろう。歴史が全て真実とは限らないってこと。ハヅキは、もしかしたらジンの王に利用されていたのかもしれない。案外、幸せだったのかもしれない」

「ヤン・チャオに殺されたことが?」

カスガは口をつぐんだ。

「すごく優しい子だったんだ」

近くにあった貝殻を拾って、いじりながらリウヒが言った。

「小さな頃から疎外感を感じていて、寂しかったんだよ。もっと話をきいてあげればよかった」

ぽろぽろと泣き出した。

「わたしが旅にでなければ、あの商家にバイトにいかなければ、あの子に会わなければ、あんなことにはならなかったのに……。ハヅキを知らない人たちから、あんな糞味噌に書かれることもなかったのに」

「大丈夫だよ。きっと転生して、どこかで元気に暮らしているだろう」

藍色の頭を引き寄せて、慰めるように撫でる。

「会いたいな」

わたしを覚えてくれているかな。

しばらく海を眺めて静かに泣いていたリウヒが、顔を上げた。

「ありがとう、カスガ。少し楽になった」

照れたように泣き笑いの顔になった。

「良かった。スザクでご飯でも食べて帰ろうか」

「うん」

ポケットから車のキーを取り出す。それを見た瞬間、リウヒが大声を上げた。

「ああっ!」

「えっ! 何っ? どうしたの?」

真っ青になって、キーを凝視している。

まさか、運転したいとか言い出すんじゃないだろうな。発進したとたんに死ぬぞ、きっと。

「カスガ、カスガ。この、これ、これって……!」

「車のカギだけど」

「じゃなくて、このキーホルダーって……」

「ああ、うちの親父って昔から、なんかこういうデザインが好きらしくって。ケータイにもこんな、シャラシャラしたのが付いているんだ」

銀色で三連の大小の輪が連なっており、細長い棒状の飾りと小さな鈴がついている。なんの変哲もない、ただのアクセサリーだ。不満を言えば、シャラシャラしすぎて邪魔で仕方がない。

「えっ? でもいやいや、ええ?」

「どうしたの、リウヒ。さっきからおかしいよ」

リウヒは小さく震えながら、カスガの腕につかまってキーを見ている。

「あのさ……。前世で持っていた物も受け継がれるのかな……」

「それはさすがにないんじゃないか。でも、思い入れの深い物なら、生まれ変わっても執着するかもね」

「カスガぁ……。わたし、駄目だ……」

今度は、子供のようにしゃっくりをあげて泣き出した。薄い肩が激しく震える。

「ああ、もう泣きやんだと思ったら、またおお泣きしだして……。顔が腫れるよ」

雨でも降り出しそうな空の下、カスガは困りきって、藍色の髪をワシワシといつまでも撫でていた。


***


リウヒはアパートの扉の前で、ため息をついて髪をかきあげた。

この扉の向こうには、シギがいる。でも怖くて呼び鈴が押せない。

別れを告げたのは自分なのだ。半年も前に。エロ河童のことだもの、新しい彼女と一緒に仲良く過ごしているの違いない。

わたしはなんでここに来たのかな。謝りにきたんでしょう。例え許してもらえなくても。

外に面している廊下はひんやりと寒かった。コートの襟を掻き合わせ、数歩下がって手すりに凭れた。

ハヅキは、カスガの父に生まれ変わっていた。幸せに年をとって、柔和な顔をしたおじさんは、瞳の色も、髪の毛もハヅキと一緒だった。が、記憶までは引き継がれていなかった。それでいいと思う。カスガの父は、祖国を売った悪人の前世だったと知ったら、ショックを受けるに違いない。だから何も言わなかった。

「リウヒちゃんが、うちに遊びに来るなんて久しぶりだな」

呑気に茶を啜りながら笑った。

「ゆっくりしていきなさいね」

菓子をだしながらおばさんも笑った。

わたしは一千年後に帰ってきたのだ。今更、ハヅキの運命を変えることはできない。でも、ハヅキはハヅキなりの葛藤や考えがあったはずだ。それを知りたいと考えてカスガと共に、大学のゴリラそっくりの教授の下についている。

古代語を読める能力を重宝されて、忙しい日々を送っていた。

父と母には、全てを話した。

「一千年前のティエンランに行っていたの」

都で暮らしたこと、三人で旅をしたこと、セイリュウヶ原の戦。民の歓声、静かに頭を下げた王女、濃く青かった空。

「初めてあの王女をすごいと思った。ありがとう、お父さん、お母さん。わたしにリウヒの名前をつけてくれて」

父と母は信じてくれた。そして泣いた。

扉の向こうから物音が聞こえた。体が硬直する。とりあえず隠れようとした瞬間に、扉が開いた。

「あ……」

銜え煙草をしたシギが、目を見開いてこちらを凝視している。戸っ手に手をかけたまま、動かない。リウヒも動けなかった。

「お前……」

逃げようとしたリウヒの手を、シギが掴んで乱暴に引き寄せた。

「何で逃げんだよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! ちょっと心の準備ができてなくて、シギが女の人と一緒にいたら嫌だし、許してもらえないのも分かっていたし、でもわたしが悪いんだし……!」

パニックになって喚いていたリウヒの口は、シギの唇で塞がれた。

「ああ、そうだ。お前が悪い」

噛み付くようなキスは、煙草の苦い味がした。

「おれがどんな気持ちだったか、全然考えてなかっただろう」

リウヒを離さずに扉を閉める。

「どれだけ待ったと思っているんだ」

唇を離して、上を向けられた。シギの目は強く真っ直ぐにリウヒを射抜いている。

「いいか、次は無いからな。二度と離さねえぞ」

「ごめん……」

息をするのも苦しいほど抱きしめられた。その胸の中でリウヒは涙を流した。申し訳なさと、嬉しさがこみあげて心が捩れる。

「本当にごめんね」

二人の足元で、吸いかけの煙草が不貞腐れたように紫煙をくゆらせていた。


***


あれから二年が経った。

シギは大学に戻らずに、つてを頼って貿易関係の会社に就職した。

リウヒはカスガと一緒に、大学院でティエンランの研究をしている。

三人の関係は相変わらずだ。所構わずリウヒといちゃつき、カスガにバカップルと連呼された。そしてセイリュウヶ原や、海へと連れまわされたが、あの悲しい声はもう聞こえなかった。

そのカスガに彼女が出来た。教授の娘でいつの間にかくっついていたとリウヒが言った。

「ゴリラの娘はやっぱりゴリラなのか」

「全然。赤毛の可愛い子でさ。なんと高校生」

「は、犯罪者……」

「昔はカスガに大切な人ができるなんて耐えられなかったけど、不思議なもんだね。すごく嬉しいんだ。大人になったのかな」

「お前のここは全く成長しないけどな」

ぺラリと胸元を覗くとエロ河童と殴られた。


小雨が降る中、シギは小さなビルの階段を上って、ふと窓ガラスに映る自分を見た。違和感なくなじんでいるスーツ姿に苦笑する。この体に古代の服を着ていた時もあった、と感慨深く思いながら、黒い扉を開けた。

こじんまりとしたバーの奥のボックス席からリウヒが手を振っている。カスガもいる。

お仕事お疲れ。カスガ久しぶりだな。賑やかに挨拶をして席に着いたときに、リウヒが喜々としながら鞄を探った。

「ね、知ってる? 愛姫スズの墓が発見されたの」

「ニュースで見たぞ。骨を元にCGで復元してるんだろう?」

「すでに入手済みであります! 公開は明後日になると思うけどねー。じゃーん」

ぺらっと差し出された写真を何気なく見たシギは、飲んでいたビールを盛大に吹いた。

「ちょっと! なにするの、汚いな!」

「あまりにも美人で、びっくりしたんじゃないの」

前の席に座っているカスガが笑う。

「こ、こ、こ。これ……!」

「だから、愛姫スズだって。年の頃は二十歳前後で、身長百五十センチくらい。ちっちゃい子だったんだね」

「ヤン・チャオが百八十くらいあったから、大小カップルだったんだね」

「んなことは、どうでもいい! これ、ワカじゃねえか!」

リウヒとカスガは、きょとんと顔を見合わせていたが、誰それ? と同時に首を傾げた。

「おれが最後にバイトしていた所にいた女の子だよ……」

見間違いなんかじゃない、数か月間、毎日顔を合わしていた。ほとんど呆然として写真を見ながら、シギは話し始めた。雇い主の下で働くものだと言っていた、可愛らしい不思議な少女。リウヒを見つけ出してくれた少女。あの子……殺されたんだ……。

「闇者って呼ばれる集団がいたんだ。金次第でどんな依頼もこなす連中だったらしい」

カスガが何故か声を低める。目は血走って、心なしか鼻が広がっていた。

「ジュズも金持ちそうだったな」

「ヤン・チャオは、愛姫スズを失って、自棄になってハヅキの提案に乗ったんだよな。だけど、その愛姫が闇者だったら……目的はなんだったんだ……」

こうしちゃおれないと、カスガは腰を上げた。

「大学に戻る! お金は立て替えといて! お休み!」

慌しく出て行ってしまった。

「お前は行かなくていいのかよ」

「そんなひどい顔しているのに、放っておけないよ」

そうか。そんな顔をしているのか、おれは。

「案外、幸せだったかもだよ。この子」

写真を見ながらリウヒが言った。

「ヤン・チャオに笑っちゃうくらい愛されていてさ。滅茶苦茶に仲が良かったみたい。しってる? ジンでは溺愛している彼女とか奥さんのことを、愛姫っていうんだよ。ヤン・チャオと愛姫スズからきた言葉なんだ」

「……好きな人がいるっていっていたんだ」

その写真は、精巧に出来ているものの、やはり本人の方が数倍可愛い。

「怖くて優しい人だと言っていた。その人とはどうなったんだろう……」

もしかしたら、ワカは仕事で近づいたターゲットを、本気で好きになってしまったのかもしれない。それとも、全て演技だったのかもしれない。シギには分からない。が、前者であればいいと思う。

つかの間でも幸せならば。

「この子が闇者で、愛姫の死が仕組まれたものだったら、黒幕はなにが狙いだったんだろう。もし、ティエンラン侵略なら、ハヅキだけが原因じゃない……」

しばらく考えるように、一点を見つめていたリウヒは息を吐いて、気分を切り替えたらしい。甘えたように身を寄せた。その肩に手を回す。

「わたしね」

「うん」

「歴史ってあそこに行くまでは、ただ年表を覚えればいいものだと思っていた。でも、違うんだね。色んな人たちのドラマが積み重なってできるものなんだね。調べれば調べるほど面白い。本当は、直接その時代に行ってこの目でみたり、本人にインタビューしたいんだけど。今更になって、あの時のカスガの気持ちがすごく良く分かる」

「お前の口からそんな言葉がでるとは、思ってもいなかったよ」

クスクスと二人は笑った。

「明日さ、どっか行きたいところあるか」

絡まる指を優しく愛撫しながら聞いた。久しぶりに二人で過ごす休日だ。渡すものもある。

「カスガ曰くの、バカップルコースがいいな」

「了解」

薄暗い店の片隅で、蕩けるようなキスを交わす。うっすらとかかるジャズや、グラスの音や、人々の会話を遠くに聞きながら。


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