祭りの後 2
不思議でならない、とカスガは首を捻る。
どうして、この馬鹿二人は自分たちの運命をあんなに簡単に考えるのだろうか。
宿の朝ごはんを食べながら、目の前で話しているリウヒとシギを見る。
一千年前から何度も生まれ変わっている魂が、導き合ったというのに。しかも現代から古代へとタイムスリップし、本人たちが生きている時代に。
さらに言えば、ティエンラン史上、最も有名な王女と、恋の叶わなかった海賊の青年じゃないか。
確かに、リウヒはリウヒだし、シギはシギだ。王女たちと同じ人生を辿るとは限らない。
だけどこの二人は、宮廷跡で声を聞いたと言っていた。前世の記憶と何か共鳴したのだろうか。だったら、もっといろんな所に連れまわせば、いろんな記憶を引っ張り出せるのかもしれない。ここよりも、現代の方がいいのかな。なんたって、王女はまだ海賊の青年に会ってないし。
「なにニヤニヤしているの、カスガ」
「どうせ、ロクでもねえこと考えていたんだろう」
「んー? いやー。そろそろ現代に帰った方がいいのかなー、なんて」
ふうん、とリウヒとシギがきょとんとした。
「わたしは帰っても、ここにいてもどっちでもいいけど」
「おれも」
どうやらバカップルはお互いがいれば、それでいいらしい。
「じゃあ、後であの洞穴にいってみようよ。あ、その前にゲンさんに会っておきたいな」
「ゲンさんは……」
二人から、あの親切親父の状況を聞いていても、カスガは会いたかった。
「いたたまれないかもしれないけどさ。すごくお世話になったから、あいさつだけしておきたいんだ」
「分かった」
リウヒが頷いた。
「わたしは、バイト先の商家にもう一回行ってみる。もしかしたら帰ってきているかもしれないし」
シギもリウヒについて行くという。正午に都の門の前に集合することを約束し、カスガたちは宿を出た。
宿の裏にいたゲンさんは、カスガの顔を見るとものすごく複雑な顔をした。戸惑い、喜び、申し訳なさが見て取れた。
[お久しぶりです、元気そうで良かった]
[……本当に申し訳ない。このわしを許してくれ]
いいんです、そんなこと。ゲンさんのおかげでぼくらは、ここになじむことができたんですから。
カスガが笑うと、親父は涙をぼろぼろとこぼした。
[ま、縁があったらゲンさんの宿で働かせてもらえますか]
声にならないのだろう、まるで子供のようにコクコクと頷く。
[いろいろとありがとうございました]
丁寧に礼をすると、カスガはにっこり笑って踵を返した。
***
バイト先の商家は何度声をかけても、返事はなかった。
「どこにいっちゃったのかなあ……」
あの子供たちに堪らなく会いたい。リウヒはシギと手をつなぎながら、トボトボと歩いていた。
「きっとどこかで元気にしているさ」
「この時代にケータイがあったらなあ……」
メールや電話でとこにいるのって聞けるのに。
「おれのケータイも財布も売られてしまったなぁ」
「わたしのも」
ゲンさんに預けて、売られてしまった。
「現代で地層から出てきたりして」
「あり得るな」
クスクスと二人は笑った。一千年後の現代がすごく遠くに感じる。人間ってその土地に馴染んだら、以前いた所は現実感が無くなってしまうんだな。
「あっちはどれぐらい時間が経っているんだろう」
もうリウヒは二十三歳になってしまった。普通に暮らしていれば大学を卒業して、就職しているはずだ。でもなんだか二十歳のままで止まっている感じがする。
「帰ったら時間がたち過ぎて、何もない世界だったりして」
「核戦争で全てが破壊されて、汚染された世界だったりして」
そんな事を考えると恐ろしくて帰るのが怖くなる。
「どんな世界だろうと、おれはリウヒがいればいい」
繋がっている手がぎゅっと握られる。心がキュウと捩れて、ふいに涙が出てきた。
「シギ」
「ん?」
「大好き」
手を握り返すと、そのまま引っ張られて抱きしめられた。大通りの真ん中で、深いキスを何度も何度も交わす。周りの冷やかしの声は、二人の耳に全く入ってこなかった。
***
二人で手を繋いで、正午までの時間、城下を歩き回った。
もし現代に帰れたら、多分二度とここには来ないだろう。一千年前の古代には。
帰るのが惜しい気もする。秩序と自然が融合されたこの美しい世界。
同時にとてつもなく帰りたかった。排気とオゾンに汚染された空気の、ごちゃごちゃしたあの現代に。
母はどうしているのだろうか。もしかしたら、なくなっているのではないだろうか。自分が時空の果てで恋にうつつを抜かしている間に。それを知るのが怖かった。
「シギ。そろそろ門にいこう」
「そうだな」
なんとなく、山を見上げた。曇天の下でも宮廷は圧倒的な存在感を放っている。
あの小さな王女はあの中で王座に座ってこの国を治めているのだ。
――お前の話も聞かせてくれ。
――シギに思われているその人が、少しうらやましい。
ちょこんと椅子に座って恋に恋するような目でシギを見つめた、小さな王女。
「わたしたちが教わっていた歴史ってさ」
横で同じく宮廷を見ていたリウヒが言った。
「全てが真実じゃないんだね」
研究者は実際にその時代に行って見たり聞いたりした訳ではない。残された資料や遺跡を元に憶測し、推測する。願望もある。その資料自体がそうかもしれない。
「なまじ知っているからさ、有名人を見る感じで面白かった」
「王女と内緒話をするくらいだったもんね」
棘はなく、柔らかい言い方だった。
お前もハヅキとキスしただろう。内心苛立ちながら、シギは繋いでいる手に力を込めた。
勉強不足のリウヒが知らないだけで、あいつもある意味有名人なんだぞ。
「わたしも王女と話してみたかったなー」
シギの心に全く気が付かず、リウヒは呑気な声を出した。
柳に囲まれた大通りに出た。石畳に整備された美しい一本道。背には宮廷、目前の城下の門では、カスガが壁に凭れて待っていた。こちらに気が付いて手を振っている。
「なんだか、また旅をするみたいな気分だな」
「もし、あっちに帰れなかったら、イーストエンド大陸を巡ってみたいな。海の向こうも」
「いいな、それ。楽しそうだ」
「クズハとチャルカに行きたいんだー」
「どうせ白亜の王宮見物と、チャルカで食いまくる気だろう」
「あ、ばれた?」
笑いながら、繋いでいる手を振った。
「君たちはさ。遠くからみているとさらにバカップルだよね。ていうか幼稚園児のカップルみたいだったよ」
「えっ? そう?」
「褒めてないよ。褒めてないからね」
三人は改めて、真正面に鎮座している宮廷を眺めた。
なんだか、ここに来た時を思い出す。どっかの国のテーマパークと勘違いしていたあの時を。
「帰りたいような」
「帰りたくないような」
リウヒとカスガも、シギと同じことを感じているのだろう。
なんとなく横一列に並んだチームカスガは、同時に深い礼をした。
ティエンランの愛する天の宮と、小さな国王に向かって。
横にいた白髭の門番が目を白黒させていた。