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第八章 セイリュウヶ原の戦い 1

周りにいる人々の顔は、みな興奮でぎらついていた。

リウヒはなんとなく心もとなくなって、横にいるシギを見る。その視線に気が付いた恋人は、安心させるように笑うと優しく肩を叩いてくれた。反対側にいる幼馴染は、鼻を膨らまして若干目を血走らせている。

遠く前方には、王女とその取り巻きが威厳さえ漂わせる風に馬の手綱をとっていた。

一行はセイリュウヶ原に向かっている最中である。

戦というものは男の本能をくすぐるらしく、カスガとシギは参戦すると声を揃えた。リウヒも、仲間はずれは嫌だとばかりについてきたが、すでに後悔している。

今からわたしは殺し合いに行くんだ。

しかし現実感がない。よく晴れた空の下、まるでどこかの祭りにでもいくような、浮足立った雰囲気だ。

こんなんで人を殺せるのだろうか。武器は全てに行き渡らず、民の多くは鍬や鋤を抱えている。それすらもない民、そしてチームカスガが手にしているのは、木刀だった。

「木の棒と布の服じゃねえかよ。鍋の蓋はねえのか」

「レベル一の装備でラスボスに挑む気分……」

「大丈夫。ぼくらは勇者じゃない」

妙に呑気な会話をしている内に徒歩が早足になってきた。周囲も同じ速さで動いている。

「ねえ、なんかさ……。スピード上がってきてない?」

「上がってるな」

「上がってるね」

誰からともなく走り出した。釣られてみな走り出す。

「あの、これ、走っているよね?」

「走ってるな」

「走ってるね」

この走るという行為は。

ほとんど全速力で走りながらリウヒは思った。

なんだか気持ちが高ぶってくる。誰もいなくなった商家、人浚いをしていた門番、許しておくれと泣いて叫んだゲンさんの顔、亡くなったおかみさん。全ての原因は今から戦う宮廷にある。そうだ、悪いのはみな、あの宮廷なのだ。誰が企んだ道筋にせよ、その言うとおりになった悪い宮廷。わたしたちは、これから悪者を退治しにいくのだ。

快感が体を駆け巡った。

ああ、正義ってとても気持ちがいい。


****


みな気がせいているのだろうか。馬の足は、後ろの気迫に押されるように段々と早くなってくる。ついにリウヒは駈け出した。徒歩の者も全力で走りながら付いてくる。髪が後ろになびいた。

速度が上がってゆく、高揚感が体を包む。楽しくさえなってきた。今、ここで大笑いしたいくらいだ。

「なんか、楽しっすね」

横で声がした。本当に楽しそうな、これから祭りにでも参加しそうな声だった。

「ああ」

真っ直ぐに前を見つめながらリウヒも笑った。

「わたしもだ」

宮廷軍はまるで計ったように何列かに整列して王女たちを出迎えた。

馬を走らせつつ、その姿を確認するや否や、リウヒは声を上げた。同時にシラギとカグラが左右から馬を駆って猛烈な勢いで軍に突入する。

シラギの槍が日に煌めき、あっという間に三つの首が飛んだ。同時にカグラの剣が舞い、二人の男が地に倒れた。軍が動揺する間もなく、狂ったように海賊や民たちが押し寄せる。

爆発音が響き、人影が数個吹っ飛んだ。


****



意識が一瞬飛んだ。目の前の男の腹には、死体から拾った剣が刺さっている。刺しているのは自分だった。引き抜くと、男は崩れるように倒れた。そのまま動かない。大声がして後ろを振り向く。黒い鎧が襲いかかってくる。足が硬直した。

「シギ!」

鎧は叫び声をあげると体を反らせて崩れ落ちた。カスガが同じく拾ったのだろう、剣を振り下ろした格好で荒い息をしている。

「助かった」

「うん」

この、体の底からわき上がる凶暴な気持ちはなんなのだろうか。快感ですら、感じてしまう。狂っているんだろうか、おれは。剣を振り回して人を殺す。ここではそれが正しいことなのだ。殺さなければ自分が死ぬ。そうだ、やらなければ、やられてしまう。

横のカスガも目が逝っていた。とてつもなく残忍な顔をしていた。きっと、おれもそうなのだろう。シギは自分を励ますような掛声をかけると、再び黒い鎧に襲いかかった。


****


声を上げて、リウヒは逃げ惑った。なんなのだ、ここは。目の前で繰り広げられているのは、まさしく殺し合いだった。先程の興奮はどこへやら、ただただ、恐怖感しかない。

濃く漂う血の匂い、地面に横たわる数々の死体。ぞっとする。

空を見て、口を開けている死人。うつ伏せになって踏まれまくっている死人。

わたしはなんでここにいるのだ。なにをしているのだ。

ゲームの中では、復活の呪文でいともたやすく生き返るのに。怪我なんて回復魔法ですぐに癒えるのに。そんな世界じゃない、そんな親切な…。

ふと陰りがさして、振り返った。大男が自分を見下ろして、剣を振りかざしている。

――お父さん、お母さん!

思わず身をすくめて、体を縮こまらせた。わたし、死ぬ!

「リウヒ!」

大男がぐらりと傾いだ。その巨体を蹴りあげたシギがリウヒを睨みつける。

「こんな所でぼっとするな、馬鹿!」

「だって、だって……」

「だってもヘチマもねえ! おれから離れるな!」

シギの衣は血があちらこちらに付いていた。頬も切られたような線が一本入っていて、流血している。リウヒを庇うように手を回したシギは、黒鎧たちを切りつけていく。

足手まといになるのは嫌。リウヒは唾を飲み込んで、目を据えると襲ってきた男に奇声を上げて剣をなぎ払った。


****


目から涙が出てきたが、まったく気付かず、カスガは黒鎧の剣を受けた。嬲るように剣を払ってくる。

勿論、一般市民であるカスガたちがそれを職としているプロの兵に適う訳がない。

しかし気概は勝った。なにより戦場を駆け抜ける黒将軍にひるむように宮廷軍は戸惑っているようだ。

ぼく、ここで死ぬのかな……。でも伝説の戦いで命を落としたなんて、古代オタクとしては冥利に尽きるじゃないか……。

と、黒鎧が動きを止めて体を痙攣させた。その後ろで、シラギがひらりと馬を巡らせる。瞬間、黒鎧の首が離れて、血が噴水のようにほとばしった。

「うわああ!」

絶叫してカスガが飛びさすった。少しちびった。

血生臭さに咳きこむ。これが戦場なんだ。平和に育ってきたカスガには、その中にいても未だ現実感がない。テレビで報道される、遠い国の内乱。映画の中。もしくは歴史の中でしか存在しないものだった。じゃあ、今、ぼくはなにをやっているのだろう。どうして剣が血で滑って切りにくいなんて思っているのだろう。

意識が朦朧としてきた、その時。遠くで凛とした女の声がした。

「宮廷軍、副将軍モクレン及び部下五百名、これより王女側に付きまする!」

辺りから、狼狽とも感嘆ともとれないどよめきが上がる。

今度は反対側から老人の声がした。

「こしゃくな、小娘が! わしが言おうとした事を先に言いおって! 宮廷軍、副将軍タカトオ以下同文! 黒将軍さまに剣を向けるものはわしが倒す!」

釣られたように、我も我もとあちこちで上がり、宮廷軍は内輪もめを始めた。それも数分で収まった。次は周りからは王女を担ぐ声が聞こえ始める。

今の今まで、敵だった黒い鎧たちはいつの間にか王女に引き連れられて、民や海賊と共にぞろぞろと歩き始めた。

なに? なんなの、このあっけなさは……。終わったの……?

思わず呆然としているカスガの肩を、シギが叩く。

「リウヒ見なかったか?」

「えっ? はぐれたの?」

シギは舌打ちして辺りを見渡した。カスガも首を巡らせたが、見当たらない。

「あっ、こら、お前どこにいってたんだよ」

見るとリウヒが真っ青な顔をしてシギの腕を掴んでいる。

「し……シギとそっくりな人に、声かけられちゃった……」

勇ましいな、お嬢ちゃん。背中を叩かれて顔を上げたリウヒは、仰天した。シギと瓜二つのその男はきょとんとリウヒを見ていたが、歯の三本抜けた男と一緒に走って行った。

[今日は祝杯だぜ]

[おれは酒より女がいいなあ]

そう言いあって好色そうに笑ったという。

リウヒはギッとシギを睨んで、その首を締めにかかった。

「どんだけ昔から女好きだったの! ああん? このエロ男!」

「待て待て待て、一千年前の前世の責任まで、おれ、取れねえ……カスガー! 助けてー!」

「いやー、久しぶりに見る光景だねー」


都が見えてきた。誰からともなく声があがり、それは段々と膨れ上がってきた。勝鬨ときの声に合わせて、拳や武器を上げる。その合間に海賊の掛け声らしきものが混じる。宮廷軍も笑いながら声を合わせる。カスガたちも大声で叫んだ。

遠くには、復興した宮廷の瓦が光を浴びて燦然と輝いていた。


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