嵐の前 2
王家の血を引いているかも、王女の生まれ変わりかも! と興奮状態のカスガから言われても、リウヒは鼻を鳴らしただけだった。
「だからって別に、お金持ちになれる訳じゃないし。事実かどうか分からないしさあ」
「なんでそんなに冷静なの?ティエンランの王家の血だよ! あの王女だよ! ああ、生き残りがひそかに生きているって本当だったんだ、しかもぼくの幼馴染だったなんて……」
「カスガー。落ち着いてよ。うちは平凡なサラリーマン家庭だし、わたしはあの王女が嫌いなんだから」
「何? 嫉妬してくれてんの?」
シギがリウヒの頬を撫でた。リウヒは馬鹿、と柔らかく笑う。
「そこ、禁止。なんか恥ずかしくなるから、いちゃつくの禁止」
「どちらにせよ、王女の血を引いていようが、生まれ変わりだろうが、わたしはわたしだもの。関係ないもの」
あ、でもあの人生を辿るのはしんどそうで嫌だ、と顔を顰めた。
「シギとは絶対離れなーい」
「おれもー」
クスクス笑う馬鹿二人、いや、バカップルにカスガは、頭を抱えた。
「君たちさ……隙あらばベタベタするの止めてくれる? 見苦しいし、恥ずかしいよ……」
「ごめん、ごめん。でもカスガもトモキの生まれ変わりなんでしょう?」
「うーん。分かんないけど」
「いいなあ、お前らは」
心底うらやましそうにシギが言った。
「おれの前世の人間はどこにいるんだろう」
「案外近くにいるかもしれないね」
「ここ、海の近くだしね」
リウヒとカスガが笑う。
そして、シギたちの話を聞いて、カスガの表情が変わった。
「君たちがそんな所にいたなんて思ってもいなかったよ……」
王女が王に立つ。ただそれだけのことなのに、どこまで裏があるのだろうか。
カガミというオヤジ。ジュズという老女。二人の思惑は一緒なのだろうか。それとも別々なのだろうか。
しかも
「ハヅキが例の家庭教師だったなんて……。いやまさか……でもトモキの弟だったんだよな……」
考え込むカスガに、リウヒがきょとんとする。
「どうしたの? ハヅキがどうかしたの?」
「リウヒは知らないの?」
「なにが」
シギと目が合った。その顔が歪む。そうだよな、言えないよな。
リウヒは、幼馴染は知らず知らずの内に歴史の中に関わっていた。まさかとは思うが、そう考えた方が自然だ。
多分、知れば大きなショックを受けるだろう。
これはアウトなのか、セーフなのか。
だけどもカスガの知る限り、歴史の道筋はブレていない。となると、もしかして自分たちがここにきたのは、必然だったのか。
そう思い当った瞬間、体が足元から一気に冷えてきた。
「……なんでもないよ。それよりも、もう日が暮れるね。ご飯食べにいこうか」
「ねえ、カスガ! 気になる」
リウヒが裾を引っ張った。
「何でもかんでも、ぼくに聞かないでよ! 聞いたら分かると思わないでよ!」
声を荒げたカスガに、驚きリウヒが身を震わせた。
「あ……ごめん」
「いや、ぼくも……。もし、現代に帰ったら調べてみて」
きっと、リウヒはものすごく泣くと思うけど。とは言わなかった。
「おれが、聞きづらくなってしまったな」
場を救うようにシギが明るい声をだした。
「ジン国、第三王子のヤン・チャオのことなんだけど」
ジュズに元気かと聞かれた、なんか繋がりがあるのかな。
「その老女自体、ぼくは分からないけど……。王子は……ほら、愛姫スズの話を知っているだろう」
「あ、知っている」
リウヒが声を上げた。
「ヤン・チャオは溺愛していた恋人のスズを殺されたんだよね。それが原因で性格が変わったって」
「何で歴史嫌いのお前が、そんなこと知っているんだよ」
「恋愛ものは別なの」
にっこり笑うリウヒに、シギの手が伸びる。カスガの咳払いで、その手は引っ込んだ。
「ヤン・チャオが王になってティエンランに攻めてきた、でも戦争中に死んで、ジンは内戦がはじまったんだよな。それは知ってんだけど……」
「そうそう。狂王の別名の通り愛姫スズがいなくなってから、滅茶苦茶な政治をして嫌われていたんだ。で、その人は病弱で有名だった。実際は建前で、放浪癖のある人だったらしいけど」
「あのババア、おれを引っかけたのか」
シギが舌打ちをする。そして、ふと顔色を変えた。
「おれもヤバかったかもしれない……。それより、お前だ、カスガ。今後一切王女をつけ狙うな。妙な連中に目えつけられてるぞ」
老女と少女のやり取りを話したシギに、カスガとリウヒも蒼白になった。
「あの子、なんなの……?」
「そんな、ぼくのライフワークだったのに……」
あと二日でこの騒ぎは終わる。そして、伝説の王女が誕生するのだ。
***
「カガミサンの毒をもう一段階強くするように、できれば一か月以内に死ぬほどで、と伝えるよう言われマシタ」
「即死するのはヤバいしなー。カナンに相談してみるわ。けど、それなら最初っからそう言えってえの。なあ?」
台所に立つワカの前にいる男は、何かを探すように扉や棚を開け閉めしている。
「そんな所にお酒はありまセン」
目付きの悪い男は、舌打ちして棚を閉めた。
「お前、隠したな」
「アカンに酒を渡すナ。イランにそう言われたノデ」
あの渋チン。再びアカンは舌打ちする。
「他に何かありまスカ?」
「戦になる事は間違いねえよ。今度はどこでそれをするかシャカリキ検討中―。スザクは王女の大盤振る舞いと兄ちゃんの武器大量仕入れ、及び民衆のウサウサな熱気でもう行きたくねえ。ああ、そうだ」
男は嫌らしく笑うと、ワカに向き直った。
「お前が情けをかけて逃がした男な、スザクに現れたぞ」
しかも。目を見開く少女を楽しそうに見やる。
「王女そっくりの女を連れてな。さらに、あの不審な男とも合流した。話していた言葉はさっぱり分からんかったが、ジュズの単語は出てきたなあ……」
凍り付いて動けないワカの両肩に、アカンの手が掛った。耳元で顰めるように囁く。
「イランにゃまだ言ってねえ。事態が動き始めたら、それどころじゃなくなるが、やつが今知ったらどうなるかな……?」
「何が望みデスカ」
男の指が震える少女の唇をなぞる。
「つれねえこと言うなよ、分かってんだろ……」
一転、床に正座すると、アカンは頭上で両手を合わせた。
「お酒を下さい、お願いします!」
「駄目、駄目デスヨ! 絶対にアカンに酒を渡すなって、渡したら逆さ吊りの刑だっていわれてるんですカラ!」
「でもさー、おれがさー、ツルっと口を滑らしちゃったら、あいつら、殺されるよー、お前もヤバいよー」
「ううッ……!」
「ちょっとだけ、ちょーっとだけでいいんだよ。あれがないと、おれ、仕事できねんだよ、別世界に行けないんだよー」
今でも十分、別世界じゃないかとワカは思ったが、しぶしぶ酒を取ってきた。
「庭に埋めていたのかよ、お前……」
アカン愛用の徳利に、一杯分だけ入れる。瓶の底をアカンが持ち上げたため、大量に注いでしまい、ワカは悲鳴を上げた。
「よーし、よしよし。これでしばらくはがんばれるぞー」
キュッと徳利の蓋を閉めると、「んじゃ、いってくるわー」弾むような声を残してアカンは飛んで行った。こんなに無くなっちゃって、どうしよう。目の高さに瓶を掲げ上げると、三分の二に減っている。
ワカはしばらく考えるように頭をかいていたが、呼び鈴の音に家の奥へと消えた。酒瓶を隠すことは勿論忘れなかった。




