表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

    チーム解散 3

シラギがいきなり中腰になって、弾みで倒れた猪口から酒がこぼれた。一点を食い入るように凝視している。その視線を辿ってリウヒたちは驚いた。驚愕といってもいい。

酒場の隅にいた集団の中に、兄がいた。赤茶けた髪と翡翠の瞳をもつ、消えたはずの兄さまが。

驚きの為、身動きできないでいるみなを尻目に、シラギはつかつかとそちらに向かうと、男たちと悶着をはじめた。マイム、カグラ、カガミが慌てたように仲裁に入る。

キャラが何も分からずに、トモキとリウヒに訳を聞いたが、二人とも何と説明したらいいか分からなかった。その内、話がついたらしい。兄さまと共に、ついてゆくことになった。

「あたし、先に宿に帰ってるね」

なぜか小さく悲しげに言うと、そのままキャラは帰ってしまった。

みなと共に兄の後を付いてゆきながら、リウヒは首をかしげる。どうして兄さまは、海賊などされているのだろう。

こぢんまりとした一軒家で、兄はその疑問に答えてくれた。

「ここがわたしの居場所だからだよ」

居場所。では、わたしの居場所とはどこだろう。シラギの険を含んだ声とアナンの呑気な声を聞きながら、リウヒは考えた。

トモキの家か。この外の世界か。それともあの東宮か。巡る頭の中に、必ずいるのは、この愉快な仲間たちだった。

ああ、そうか。

みんながいるところが、わたしの居場所なんだ。外の世界だろうが、あの宮廷の中だろうが。

「では、力ずくで連れ戻すだけです。あまりの我儘に反吐がでそうだ」

聞いたことのない、シラギの低い声が聞こえた。声で殺せそうな迫力だった。

「黒将軍はなんだか表情が豊かになったね」

対象的な、兄の呑気な声がする。

「わたしを脅そうが、連行しようが無駄だよ。可愛い部下たちが黙っちゃいないからね」

室内を異様な殺気が漂っている。

兄は王位に就くのを拒否している。となれば、残るは自分しかいない。

でも、みんなは付いてきてくれるだろう。王女である自分について。わたしの居場所は、このみんながいるところだ。それが見知らぬ村であろうと、王座であろうと、どこでもいい。息を小さく吸って、リウヒは声を上げた。

「わたしが王に立ちます」

緊張は一気に解けた。視線が自分に集まる。思わず踏ん張り再び息を吸い込んだ。

「わたしが王族の義務を果たします。だから兄さまは今まで通りでいてください」


***


なんか、今までのバイトと違う、これ。シギはこっそりため息をついて顔を上げた。

扉を叩くと少女の声が応ずる。

[夕餉をお持ちいたしました]

[ありがとう。ワカ、そこに置いてくださいな]

老女が椅子に座って、ゆったりと微笑んだ。若いころはさぞかし美人だったと思わせる、物腰柔らかな老女だった。ワカと呼ばれた娘が、シギから盆を受け取る。

[どモ]

小さく頭を下げるとにっこり笑って扉を閉めた。目の前で。

北の小さな町にたどり着いたシギはこの不況の中、中々高額なバイトにあり付いた。

住み込みで、老女の世話をすればいいという。その家に行くと見た事もない上品な家で、そこの主人である老女もこれまた品があった。名前は知らない。

ただし、直接世話をしているのはワカという可愛らしい少女で、シギは小間使いのように飯を作ったり、掃除をしたりの仕事をしている。

まあ、仕事があっただけでもラッキーだった。税はついに、桁違いに上がった。外は苦しみの声でいっぱいだ。人々の目付きも恐い。

リウヒは大丈夫なんだろうか。恐ろしい目に合っていないだろうか。頭を巡るのは、その事ばかりだ。まさか人浚いにあって、遠くの国に売られているとか、色町に……。悪いことばかり想像してしまう。そして、そうでないと言い切れないのが、つらかった。

しかし、探すにしても、旅をするにしても金がいる。この仕事である程度の金を稼いで、それから探しに行くしかない。もどかしさを抱えつつ毎日は過ぎ去っていった。

[シギはいつも元気ないデスネ]

台所の机に突っ伏していたシギが、顔を上げると食器を下げに来たワカと目が合った。

[悩み多き年頃デスカ?]

[そうだな。悩み事は多いよ]

大変デスネ、とにっこりすると、出て行ってしまった。あの娘は悩みごとなんてなさそうだな、とふとうらやましくなった。


ある日、老女に呼ばれた。ワカがお使いにいったまま帰ってこないという。

[あの子のことだから、大丈夫とは思うのだけど、迎えにいってくれないかしら]

この情勢に、娘一人で外に出すなんて。呆れつつも辿るだろう道筋を教えてもらい、外に出る。夏の風が吹いた。ここに来てから、もう二年近くも経つのか。年月というものは、えらく早く過ぎ去るものだ。そして、リウヒに堪らなく会いたくなった。

恋しいとはこういう気持ちなんだな。胸がキュウキュウと痛んで切ない。

目的の少女は家から出て、十分くらいで見つかった。が、道端で凍り付いたようにかたまっている。真っ青な顔をして。

[どうしたんだ]

その声に、びくりと肩を震わせると縋るような目で見つめられた。半泣きだった。

[あれガ……]

少女が震える指で指す方向には、何もいなかった。シギの歩いてきた赤茶けた土道。否、いた。小さな、小さな雨蛙だった。つぶらな瞳でこちらを見上げている。

[お前……。もしかして蛙が怖いのか?]

[その、その単語をいわないでくだサイ! いーヤー!]

絶叫するワカを尻目に、雨蛙をつまんで草むらに放ると、小さく鳴いて飛んで行った。

[あの、その、あの、……ありがとうございまシタ]

律儀にぺこりと頭を下げる少女に、なんのこれしきと苦笑する。

〔さ、帰ろうぜ。ジュズさまが心配している〕

〔はイ〕

しばらくワカは、歩きながら考えるように下を向いていたが、決心したように顔を上げた。

[お礼に、願い事を一つだけ叶えてあげマス]

シギの目が点になる。なにこいつ、魔法使い? それともランプの精?

[願い事って……]

[あっ! でもあたし、好きな人がいるので、そういうのはだめデス]

慌てたように付け足す。子供に欲情するほど飢えてないっつの。

[おれも好きなやつがいるんだよ]

ワカが弾かれたようにシギを見る。

[だけど、はぐれちゃって、どこにいるのか分かんねえんだ]

そいつを見つけてくれないかな。無事かどうかわかるだけでもいい。それだけが今のシギの、切実な願いだった。リウヒの特徴をフンフンと聞いた少女は眉を顰めた。

[分かりました、十日くだサイ。その人に伝言などはありまスカ?]

からかっているのか、こいつ。しかし、ワカの目は真剣だった。

[会いたいって]

空は茜色に染まっている。カラスが鳴きながら山の方へ飛んで行った。

[滅茶苦茶に会いたいって伝えてくれるか]


***


シギに会いたい。リウヒは粗末なベッドの上で、枕を抱えた。昔、ハヅキが使っていたベッドだった。

わたしは卑怯者だな。枕を抱く手に力を込める。何も言わなくても、自分の気持ちは伝わっていると思っていた。シギは、ちゃんと言葉に出して、大好きだと言ってくれた。でもわたしが口に出したのは、醜い嫉妬の言葉だけだった。

次に会ったら、絶対に好きだと言おう。あの時の態度を謝ろう。例え、許してもらえなくても。もう好きじゃないと思われていなくても。

税が跳ねあがって、ユキノさんの暮らしも随分つましくなった。トモキが宮廷に入った時から支払われていた金は、すべてハヅキの学費に回していたそうだ。ところが、いきなりそれが止まった。ハヅキは大学にいることができず、退学することになったと手紙が来た。

「一度、母さんの様子を見ようと思ったのだけど、里心が付いてしまうから諦めます。いろいろと心配かけて、ごめんね。本当にごめん。少し旅にでます。帰ってきたら、必ず母さんに会いに行くから、それまでお元気で。兄さんとリウヒによろしく」

[あの子ったら……]

その手紙を読みながら、ユキノさんは泣いた。リウヒも泣いた。

あの時、まっすぐ大学を訪ねればよかった。もしくはハヅキがここにくれば、会うことができたのに。

[都で……子守りの仕事をしていた時に、ハヅキがそこの家庭教師をしていたんです。とても優しくていい子だった]

ユキノさんは、目を丸くしてしばらくリウヒを見ていたが、大きな息を吐いた。

[……あなたは……リウヒは、本当に不思議な子ね。とことん、この家と縁があるのね]

[本当に]

だけども、会ってわたしは、どうするつもりだったんだろう。今、心の中はシギでいっぱいだ。

小さく息を吐いて、枕を抱えたまま窓を見た。と、その目が驚愕に見開いた。人が窓辺に立っている。

――泥棒だ!

ところが体が動かない。魅入られたように、黒い人影を凝視するだけだ。

[静かニ。危害は加えまセン]

女の子の声だった。驚きが二倍になる。月明かりにぼんやり照らされたのは、やはり可愛い少女だった。黒っぽいぴったりした服を着ている。その子は人差し指を口の前で立て、低く小さな声をだした。

[リウヒサンデスネ?]

なんでわたしの名前を知っている! だが、顔はコクコクと頷いた。

[シギサンから伝言を言付かっていマス]

驚きは更に倍増した。なんでシギが、なんであんたが、なんでこの子が。

[会いたい、滅茶苦茶に会いたい、ト]

混乱する頭の中で、それはクルクルと回る。

ああ、シギ。涙が出てきた。止まらずに後から後から溢れてくる。

[シギサンに伝えたいこと、ありまスカ?]

[ある]

涙に濡れた声が出た。

[馬鹿って]

それから

[シギにすごく会いたいって伝えて]

少女は、了解したという風に頷くと、にっこり笑って窓の外に飛び降りた。ここ、二階なのに! 慌てて窓から外をのぞいたが、誰もいなかった。ただ月だけがひっそりと輝いていた。


***


扉の向こうからひっそりとした声がする。叩こうとした手を止めて、シギは聞き耳を立てた。

[アナンさまったら、そんなことをしてらっしゃったの。あの子らしいやら、呆れるやら]

老女のクスクス笑う声が聞こえる。

[王女サマは、そこで王になると宣言しまシタ。イランが海賊に紛れ、実際に聞いたので間違いありまセン。ただ、次期が来ていないとみなサマに止められていまシタ]

[筋書き通り進んでいるのね、元王子は誤算だったけれど]

[宰相サマにも報告はしておりマス]

なんなんだ、こいつらは。シギの背筋を冷や汗が伝う。

[ただ、そノ……。変な男が王女サマたちを付け回しているようデ……。接触はしていないのですが、なぜか王女サマたちが現れる所に先回りしているんデス]

[害は有りそうなの]

[なんとも言えまセン]

カスガだ。冷汗は止まらない。御寒もしてきた。

[邪魔だと判断したら、消してちょうだい]

[はイ。ジュズサマ]

つい、シギの喉が鳴った。扉の向こうの声がぴたりと止まる。慌てて、ドアを叩いた。

[朝餉をお持ちいたしました]

ワカはいつものように盆を受け取ると「どモ」にっこり笑った。奥に見える老女は、何かを思案するように明後日を見ている。

台所に戻ったシギは、全身にびっしょりと汗をかいている事に気が付いた。

なんなんだ、あの会話は。あの老女は、あの少女は。回転する頭の中で、先ほどの会話を反芻する。王女はただ、踊らされているだけなのか。利用されているだけなのか。それにしても、あの老女は何者だ。いやいや、それよりも、カスガがヤバい。消すとは殺すという意味ではないか……。そしてワカは、お使いを頼まれた子供のように、返事をした。

だいたい、あの子も何者だ。リウヒを探すと約束したものの、何事もなかったように毎日を送っている少女を疑問に思い、老女の部屋を出たワカを付けたことがある。お休みなサイ、と退出した少女は、歩きながらおもむろに服を脱ぎ始めた。思わず口に手を当てたシギに気付く事もなく、出現したのは体にぴったりとフィットした黒装束だった。

脱いだ服を廊下の一角にほると、長い焦げ茶色の髪をポニーテールに括った。そして、無造作に窓から飛び出した。

人間業ではなかった。まるでボールを投げるようなきれいな曲線を描いて、少女はあまりにも身軽に飛んで行った。

夢でも見ているのかな……。非現実さに窓から呆然と見送りながら思ったが、少女が脱ぎ捨てた衣はそこにあった。翌朝のワカは、普段通りの呑気な顔をしていた。

[シギ]

当の少女に突然、顔を覗きこまれ、動揺のためシギは椅子から転げ落ちた。

[ななな、なにかな? なんなのかなっ!?]

尻持ちをついている男をきょとんと見ていたワカは、しゃがんでその耳に口をつけた。

[リウヒサンが見つかりまシタ]

ワカの顔を見る。至近距離で目が合った。少女はにっこりと笑う。

[シシの村にいマス。中年の女性と二人で暮らしていまシタ。伝言の返事ももらってきまシタ]

[なんて……?]

心臓が跳ねた。ドキドキして止まらない。つい、ワカの肩を掴んでしまった。

[馬鹿、ト]

あまりの脱力感に、シギがべちょ、と崩れた。馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。あのあんぽんたんめ。

[もう一つ、もう一つありマス!]

慰めるようにワカが肩を叩く。

[シギにすごく会いたいっテ。泣いていまシタ]

ああ、リウヒ。目の前の床に水滴が落ちた。なんのことはない、自分の涙だった。

[あの……、こんな時になんなんですが、あなたは何者なんでスカ……? それにあの人は、名前も、顔もそっくりでシタ……]

王女に、とは言わなかった。少女の顔は、疑いとおそれの表情が入り混じっている。

[おれも、あいつも、ただの旅人だ]

それよりも。シギは、顔を拭い壁に背をもたせて、ワカを凝視した。

[お前も、あの奥方も、何者だ]

色眼鏡で見れば、小さい頃テレビで見た戦闘ものの、悪役ボスと子分のようだった。

[……あたしはただの雇われている者で、あの方はその雇い主デス]

[何を企んでいる]

[それは言えまセン。知らなくていいことだってアル。あまり知り過ぎると、あたしハ……]

その顔が、苦しそうに歪む。沈黙が流れた。

なんにせよ、とシギが小さな声を出した。ワカが顔を上げる。

[リウヒを見つけ出してくれてありがとう。ものすげえ感謝してる]

なんのこれシキ。ワカがにっこりと笑った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ