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    チーム解散 2

思わず大きなため息をつくと、ゲンさんは困ったように頭を掻いた。ここに来たのなら、必ずゲンさんの宿に泊まると思っていたのだ。すいません、ちょっとはぐれちゃって、と頭を下げると、それは心配だね、と髭親父も顔を歪めた。

[この都の治安もだんだん、悪くなってきているし……それに]

声をひそめた。人浚いも出没しているらしい。噂だけどね。

シギの顔から血の気が引いた。まさか。

[まあ、あのお嬢ちゃんなら大丈夫だよ]

根拠は無いだろうが、慰めようとしてくれている親切心が有り難かった。気は進まなかったが、大学にも行ってみることにした。もしかしてハヅキと一緒にいるかもしれない。ムカつくし腹ただしいが。

あの少年がどこに住んでいるのかは分からない。きっと大学の寮だろう。ならば、娘一人が潜り込むなど不可能だ。

しかし、シギの頭の中には、ステレオタイプな新婚夫婦像がポンと出てきた。フリフリエプロンをつけたリウヒが、帰宅したハヅキを出迎える。幸せそうな笑顔で。

おかえりなさい、あなた。ご飯になさる? お風呂になさる? それとも……。

いきなり壁に何度も頭を打ちつけ始めた奇っ怪な男に、道行く人は驚いて身を引いた。

いやいや、そんな事ねえ。多分。ジンジンと痛む額を無視して、シギは歩きはじめる。

まさか、二人で手に手を取って、逃避行……。夕暮れ時の港、船の汽笛、熱いキスをする二人。

突然、顔を覆って大声を上げた不審な男に、道行く人は目を剥いた。

大学の受付らしきところで、ハヅキの所在を聞いた。担当したモグラそっくりの男は、額から血を流しているシギに怯え、一度奥に引っ込んだ。

[その人は、少し前に大学を出られていますね]

書類を繰りながらモグラは言った。

[えっ?]

聞けば、おおよそ一か月ほど前に退学したという。金銭的な問題だそうだ。それからどこへ行ったのかは分からないとモグラは首を振った。念のため、二十くらいの藍色の髪の女がハヅキを訪ねてこなかったか聞いたが、再びモグラは首を振る。

[ぼかぁ、この仕事を十年以上しているが、妙齢の女性なんざ一人も来たことないね。みな着飾ったおばはん連中さ]

ふっ、と横を向くその姿には、暗い斜がかかっていた。

礼を言って外に出る。改めて大学内を見渡してみると、見事に男ばかりだった。みな、品の良い身なりをして、優雅に笑いさざめく様に歩いている。なんとなく居心地が悪くなって、大学を出た。

これからどこに探しに行こう。

道端で空を見上げ、途方に暮れるシギの頬を、緩やかな風が撫でた。


***


サワサワと吹く風が、髪を揺らした。ここからは、ティエンランの都と草原と片隅に海が見える。大学の教室の窓からも、同じ風景が見えたな。もっとごちゃごちゃしていたけど。リウヒは微笑むと、小さな家へと戻った。

[かあさん、胡瓜がたくさん出来ていたの。変に曲ったものばかりだけど]

台所にいるおばさんに声をかけると、柔らかい声が返ってきた。

[ありがとう、リウヒ。ここを手伝ってくれない?]

返事をしておばさんの横に立つ。

シシの村に来てどれくらい経ったのだろう。取りあえず北を目指していたリウヒは、宿を求めてこの村に立ち寄った。一千年後には、リウヒたちが通っていた大学のある場所だ。夕食を催促する腹を押さえながら、村の中を歩いていた時、いきなり一人のおばさんに縋るように飛び付かれた。

どうして家を無視していくの、どうして一人なの、あの二人はどうしたの。……。

驚愕の為、口を開いて何も言えないリウヒに、おばさんは現実に戻ったのだろう。

[ごめんなさいね、驚かせてしまって……。あの子よりも随分大人だし、違う人だわ……]

痛々しいその顔に心が痛んだ。自分の母となんとなく似ていたのもあったのかもしれない。

[わたし、ここで宿と仕事を探しているんです。もし、雑用などあったらお宅で働きますけど]

つい口を出てしまったその言葉に、おばさんの顔がパアッと明るくなった。その昔、リウヒが試験で満点を取った時のお母さんの顔と一緒だった。

勧められるまま家に向かい、それからはおばさんの家に住み込みで働いている。

ユキノさんというその人は昔にご主人と死に別れ、二人の息子さんがいるそうだ。

息子さんたちは遠い所で暮らしていて、今はこの家には自分一人しかいないから、寂しいとも言っていた。

[長男は、そこに来てくれと言ってくれていたのだけど、なんか、ねえ……。主人の残したこの家を去るのも辛いし……]

息子の嫁と反りでも合わないのだろうか。古代でも現代でも、嫁姑問題は大変そうだな。シギは、どうだろう。母子家庭で母親を大事に……いやいやいや、何を考えているわたしは!

なぜか、ユキノさんは「かあさん」と呼んでくれと言った。自分の名前がリウヒだったことにも大層驚いていた。

[不思議な偶然もあるものね]

リウヒの料理の腕は、ゲンさんのおかみさんの仕込みもあって、カスガ曰く「緊急避難レベルから警戒レベル」まで下がったが、それでもひどいらしい。ユキノさんが苦笑しながら教えてくれる。

本当に一人は寂しいらしく、とにかく饒舌だった。そういえば、一人暮らしのおばあちゃんがそうだったなと思いだした。ろくに孝行もしないうちに、亡くなってしまったおばあちゃん。長期休みに遊びにいくと、朝から晩までテレビは点けっぱなしで、リウヒがその部屋をでようとしても、おばあちゃんはずっとしゃべっていた。

それにここは、テレビもパソコンもない。本も貴重品で宿などに一、二冊あるだけ。時間はたっぷりあるというのに。

流れるようなユキノさんの話に耳を傾けていたリウヒだったが、ふと湯呑を回す手が止まった。

[……ハヅキも大学を出て、トモキの所にいきたのかしら……それにしても、トモキとあの子は無事なのかしら……]

なぜ、あの少年がでてくるのだ。しかも、トモキは確か王女の教育係……。あの子って……。

[あの、つかぬことを伺いますが]

喉が掠れて、慌ててお茶を飲んだ。

[ユキノさんの、息子さんの名前は?]

[かあさんって呼んで]

プッと頬を膨らますと、ユキノさんはお茶に口をつけた。

[トモキとハヅキよ]

湯呑を落としてしまった。二人は兄弟だったのか! 全然似ていないではないか!

グルグル回転する頭の中で、ハヅキの声が蘇る。

君は、ぼくの妹に似ているんだ。名前まで一緒なんだ。

ああ、もしかしてそれは王女ではないか。カスガは、王女は幼い時にトモキ宅に預けられていたと言っていた。そして目の前で、不思議そうに自分を見ているこの人は、ハヅキたちのお母さん。でも、とこまで聞いていいんだろう。下手に聞いたら逆に疑われる……。

[どうしたの、リウヒ。お茶で酔ってしまったの]

[お茶で酔ってしまいました……]

まだ混乱したまま、こぼした茶を台拭きで拭きながら、リウヒは呆然と言った。


***


朝餉の為に階下に集まったみなにカガミがのんびりと言った。

「酒場でさあ、期間限定で朝餉をだしているんだって。結構な人気らしいよ。いってみないかい」

「わあい、今日の朝餉は贅沢だー」

「つましい贅沢ね」

「お代り自由だろうか」

「リウヒ、食べすぎるとカガミさんのようになるぞ」

笑いながら一行は酒場へ向かい、たらふく食した。その帰り道、リウヒの足がふと止まった。

宿の前で、男が一人、驚いたようにこちらを見てかたまっている。すぐに分かった、トモキだった。それでもリウヒは動けなかった。あんなに会いたかったにいちゃんが目の前にいるのに、足がすくんでいる。向こうも微動だにしない。

声を掛けたくても、何かが詰まっているように、喉から声が出ない。

長い時間が経ったような気がした。そして、風が吹いて木々を揺らした音で呪縛が解けた。真っ直ぐにトモキに向かって駆けて行く。何も目に入らなかった。ただ、トモキの存在だけが全てだった。

地を蹴って思い切り抱きつくと、トモキもしっかりと抱き返してくれた。

「待っててろって言っただろう」

トモキの声だ。間違いなくトモキだ。嬉しさが全身を駆け巡る。

触られる恐怖は、失せて消滅してしまった。

「心配かけさせないでくれ、この馬鹿」

「馬鹿はお前だ」

腕の中でリウヒも言い返した。甘えるように顔を胸に擦りつけた。

「二度とわたしから離れるな」

もう、わたしを置いてどこかへ行くなんて許さない。返事はなかったが、背に回っていた手に力が入った。


***


思わずカスガは、ケータイをもつ手に汗をかいてしまった。ついでに涙まで出てきた。

王女とその兄的存在の感動の再会を、動画でとっていたのである。建物の蔭からこっそり。

完全にストーカーだった。リウヒとシギがいたら、呆れと非難の声を上げていただろう。

なにを言っているのかは分からなかったけど、見ているだけで、泣けてきた。そして、不思議な感じがした。

トモキは本当に、自分にそっくりだったのである。そして、王女はリウヒにそっくりだ。まるで、カスガとリウヒの再会シーンのようだ。ケータイの動画再生をしながら思う。

トモキがぼくの前世で、王女がリウヒの前世なら、一千年前もぼくらは同じ関係だったのかな。と小さく笑った。

……待てよ。先祖という線もある。だったらリウヒは王家の血を引いているのか! そして、ぼくはティエンランの宰相だった男の末裔か!

でも、身内からそんな話、聞いたことがない。いやいや、現代に帰ったら、リウヒと自分の家系図を調べてみよう。そして実家の蔵を根こそぎ掘り起こしてみよう。

ああ、この時代に骨を埋めてもいいって思っていたけど、ものすごく帰りたくなってしまった。

壁に凭れて、ダラダラと汗をかいていたカスガは、猫の声で我に返った。白い年老いた猫が、餌をねだるように、カスガの足に身を擦りつけている。

しゃがんで頭をなでてやると、お気に召さなかったらしく、一声鳴いて去ってしまった。


その夜。酒場で張っていたカスガの目に飛び込んできたのは、あの一行だった。少女二人が、物珍しそうにはしゃいでいて、それをマイムが苦笑しながら注意している。他のみんなは笑いながら、注文をしたり、少女たちに酒をねだられていさめたりしていた。

そして、賑やかに酒を飲み始めた。オヤジがでたらめな歌を歌い、優男が手品を披露した。色っぽい女と、陰気な男は黙って笑いながら酒を飲んでおり、青年と少女たちはただ笑い転げていた。

いいな。その空気に当てられて、リウヒとシギが懐かしくなった。

酒場の中心で、騒がしく賑やかに楽しそうに飲んでいる七人は、そこだけが別の空間のように思えた。

でも、ぼくは知っている。あの七人の運命を。

ケラケラ笑っている、藍色の髪の少女がこれから辿る運命を。

それがつらく過酷であるということも。

あそこで、ひっそりと笑っている男と、赤ら顔で歌っているオヤジが死にゆく事も。

できれば、いますぐあの席にいって、それをぶちまけてしまいたい。なにもかも全部。

そして運命を狂わせてしまいたい。

だけどもそうする事は出来ない。ぼくはただの傍観者だから。ストーカーじゃない、傍観者だ。歴史に干渉する事は許されない。

本で読んだ物語と今まで学んだ歴史が、リアルに感じられる。なんたって目の前で本人たちが飲んでいるのだから。カスガは、痛々しいため息をついて、酒に口をつけた。



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