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第六章 チーム解散 1

二階から男女の言い争う声が聞こえる。シギとリウヒのものだ。

カスガは朝ごはんを食べながら、深いため息をついた。周りの宿泊客も、目を丸くして上を見上げる。

王女を見物に行ってから、二人の空気が一転し、険悪になった。言葉や目線一つにも甘さはなく、とげとげしさと微量の切なさが込められている。それはどんどん膨らんでゆき、ついに暴発したのだろう。

介入するのは野暮だ。本人たちに任せようと、見て見ぬ振りをするものの、険悪な空気はカスガを憂鬱にさせる。「王女」の言葉も禁句になった。その一言で空気は険を孕むからである。おかげで、「リウヒと王女がそっくりだ」という話題もちだせなくなってしまった。

まあ爆発してしまった方が、いっそすっきりするのかもーと食器をまとめていると、リウヒが降りてきた。なぜか荷物を持っていて、目がすわっている。

「隊長」

目の前できれいな敬礼をした。

「リウヒは只今から、チームカスガを脱退します。これからは一人で行動するのでよろしく。今までありがとう。また、スザクでお会いしましょう」

一気に言うと、いきなりカスガの胸倉を掴んで引き寄せた。あっけにとられる間もなく、キスをされた。周りからどよめきが上がる。作ったような笑顔を残すと、リウヒはさっさと宿から出て行ってしまった。

「えっ……?」

なに、今の。慌てて外に出ても幼馴染の姿は無かった。二階の部屋に行くと、シギがいら立ったようにベッドを蹴りつけている。

「ねえ、なにがあったの?リウヒが出て行ってしまったんだけど……」

「知らねえよ。勝手にやらしとけば?あんな馬鹿女」

「いやいやいや、今からこの宿を発つんだろう。早く探さないと」

「ほっとけ。しばらく一人で、旅をするんだってよ」

そんな。カスガは叫びだしそうになった。あり得ない。リウヒはいつだってぼくを頼りにし、横にいた。

「……リウヒに何を言った?」

シギの両肩を掴んで顔を覗き込むと、不貞腐れたように横を向いた。

「あいつが悪いんだ」

横を向いたまま、ぽそりと言う。

「王女と……仲良くしてって怒りだすから…。自分だってほかの男と仲良くしていたじゃねえかっていったら、シギには分からないとかいいだして。なんだよ、王女とおれは何もしてねえだろう。なんでおれがそんな責められなきゃいけないんだよ……」

「馬鹿じゃない。君たち、馬鹿じゃない」

呆れた声が出た。

「付き合ってもいないのに、喧嘩別れしてどうするんだよ。しかもお互い嫉妬してさ、王女絡みでさ」

イライラとしたように机をたたきながら言うと、シギも叩きながら返してきた。

「仕掛けてきたのはあっちだぞ。おれは素直にあいつに好きだと言った。リウヒは何も言わずに、一著前に嫉妬だけしてネチネチ言う。卑怯だと思わないか」

カスガはため息をついて、机に突っ伏す。この馬鹿者たちが。

「いいよ、もう。リウヒは……その内帰ってくるだろう。今までの経験上」

怒って拗ねて、出てゆく。そしてカスガがほっておくと、「なんで追いかけてこないの」と顔を赤くして戻ってくる。いつものパターンだ。あの子はいつも自分に甘えていた。きっとこれからもそうだろう。

「機嫌が直ったら帰ってくるよ。狭い国なんだし、海の外に出るわけでもないし、すぐ見つけてくれるだろう」

シギはふくれっ面でしばらく机を叩いていたが、行こうか、と腰を上げた。


***


シギの馬鹿。大馬鹿。エロ河童。スケベ大臣。ヒヨコ頭。三白眼。えーと、それから……。

リウヒは思いつく限りの馬力雑言を思い浮かべながら、ブリブリと湯気をたてて歩いている。今朝がた経った村は小さく丘の向こうに見えていた。遠くの道をのんびりロバを引いた男が歩いている。

少しだけ帰りたい気持ちが沸いた。シギはともかくカスガから離れるなんて、初めてのことだ。とてつもなく心許ない。いや。いいや。振りきるように頭を振って、再び歩き出す。

あの馬鹿とは顔も合わせたくない。リウヒは鼻を鳴らした。

カスガと一緒に、シギのバイト先に押し掛けてから、つい不貞腐れた態度をとってしまうようになった。

「だってシギは王女と仲良しだもの」

「わたしたちと別れて、あちらに合流したら?」

なにを言ってるんだわたしは! 内心うろたえるものの、口から出てくる言葉は、醜く歪んでいた。それにシギも敏感に反応する。

「お前だってハヅキと仲良しじゃねえか」

「おれたちと別れて、都に行ったら? 会いたいんだろ、あいつに」

グサグサとその言葉が槍のように突きささる。泣きたいほど痛かった。

何を期待していたんだろう、わたしは。そんなことないよ、お前が好きなんだよと言ってほしかった。それくらいの乙女心、分かれよ。女たらしのくせに。

ハヅキとシギへの気持ちは、別物だと気が付いていた。

ハヅキには生まれて初めて、好きだと言われた。父とカスガ以外の男の人から、初めてプレゼントを貰った。堪らなく嬉しくて、しばらくはあの少年の事が頭から離れなかった。だけど、思い出すのはいつもキキたち、ちびっ子と一緒だった。商家の美しい庭の片隅で、あの子供たちと笑っている姿。帯にはさんでいるハヅキの簪を取り出す。

でもシギは違った。

はっきりと意識したのは、看病した時だった。シギの頼る対象が、ただ自分一人に向かっていることに幸せを感じた。粥やご飯を食べさせているときの、無防備な顔にときめいた。

汗に濡れた体をふいているとき、恥ずかしながらもこの時間がずっとづづけばいいのにと思った。この裸の背中に、そっと頬をくっつけたいとも。想像して鼻血がでそうになったこともある。

わたしは、シギが好き。多分ずっと前から。

……いやいや、いいや。あの馬鹿の事なぞ誰が。立ち止まって左右に頭を振る。

その時、腹が鳴った。太陽は天高く輝いている。

お昼ご飯をたらふく食べよう。それから今後の事を考えよう。

腹を押さえリウヒは、近くに見える村を目指した。


***


キラキラと光り輝く海面が目に眩しい。キャラが歓声を上げて走ってゆく。

本当に世界は広い。宮廷の中が全てだと思っていた。あの小さな東宮の中が。

「この先にまた国があるんだな」

そして果てしない世界が広がっているのだろう。それはどこまで広がっているのだろうか。

「いつかお連れしますよ」

カグラが横に立った。その顔も遠く彼方を見ている。

「お前、いつもそんな事ばかりいっているのか」

シラギも横に立って呆れたような声を出した。

この二人は、いつの間にこんなに仲良しになってしまったんだろう。リウヒは小さく笑った。合流した時はお互い無関心だった黒と白は、今や何かにつけて軽口を叩き合っている。昔、御前試合で圧倒的な剣術を見せてくれた二人。あの時の、獲物を狩るようなシラギの顔を、リウヒは今でもまざまざと思い出すことができる。

「では、みんなで行かないか」

にっこり笑ってカグラを見ると

「黒将軍とカガミさんは置いて行きましょうね」

と美しく微笑んだ。シラギが顔を顰めて文句を言う。つい、笑いだしてしまった。

キャラとマイムが黙って、丘の先端から遠くを眺めている。カガミは少し後ろで、みんなの姿をのんびりと見ていた。

もっと世界を見て回りたい。勿論トモキも一緒に。

この愉快な仲間たちと共に。所詮夢なのは分かっているけれども。

カガミの声がして、みな、それぞれ踵を返して歩きはじめた。リウヒも数歩歩いて、ふと振り返った。海は相変わらず潮騒を歌いながら輝いている。つられてシラギも海を見た。

「いつか……」

黒髪の男は小さく呟いたが、照れたように口を閉じると、いこうか、とリウヒを促した。


***


苛立つように、シギは小さな舌打ちをした。

「帰ってこねえじゃねえかよ」

カスガは痛々しいため息をついて、ベッドに突っ伏した。最近食欲も元気もない。

リウヒが二人から離れて、大分経った。最初は腹立ちの余り、二度と帰ってくるなと思っていたシギも、楽観視していたカスガも、焦燥感を抱く様になった。

「こんなこと、初めてなんだ……」

枕に顔をうずめながら、沈んだ声を出す。

「今まで必ずぼくの隣にいたのに……そこから離れようとしなかったのに……」

わたしがお嫁に行く時は、カスガもウエディングドレスを着て一緒にその人に嫁ぐんだよとまで言っていたのに。

目の前で、青白吐息でうめいている男を見ながらふとシギは思った。

この二人は、生まれてからずっと一緒に育ったという。そして、お互いに凭れかかっていたのかもしれない。兄のような、妹のようなといえば、聞こえはいいが、それぞれ依存していたのだろう。カスガはリウヒに甘えられる事に、リウヒはカスガに甘えることに。

じゃあ、おれはどうなるんだよ。

シギは片膝を抱えて、爪を噛んだ。

あの馬鹿女。当てつけのように出て行きやがって。腹立ちが収まると、今度は心配でたまらない。最近、税は緩やかに上昇してきて、比例するように国の治安も悪くなってきている。探しに行こうか。あのウルトラ天然馬鹿女を。

心当たりはある。都のあの少年の所だ。ハヅキの顔が出てきて苛立ちは更に煮えたぎった。

「でも、スザクで会おうって言っていたから、またぼくらと合流するつもりなんだよ。もしかしたらセイリュウヶ原の戦に参戦する気かな……」

「それでもおれは探しに行くよ。こんなんじゃ、落ち着いて旅もしてられない」

カスガは胡坐をかいて何か考えていたが、顔を上げてシギを見た。

「ぼくは、別行動をとる。リウヒの事は心配だけど、それ以上に王女たちについて行きたい」

「お前な……」

すたすたと目前の古代マニアに近寄ると、そのベッドにどっかりと座る。

「いいか、よく聞け。その行動が、どれだけ危険が分かってんだろうな。下手に見つかってごめんなさいじゃ済まないんだぞ。つじつま合わせの尻拭いなんて、すごく大変なんだぞ。それで映画が一本できるくらいなんだぞ。付け回すのはお前の勝手だが、絶対にばれないようにしろよ」

「分かっているよ」

じゃあ、チームは一時解散だね。

王女が王に立つという噂を合図として、スザクの港に向かう事を約束し、二人は床についた。ひっくり返って両腕を頭の下に入れる。窓の外を見上げると薄っぺらの月が引っかかっていた。

あの馬鹿女。

今度会ったら二度と離さねえ。


***


今のこの状況をどうしよう。リウヒは困り果てて、目の前で泣いているキャラを見た。泣いているくせに、猛烈に怒ってくる。

みんなに甘えているの、それが当然だと思っているんだろうの、散々責められている内に、リウヒも腹が立ってきた。みんながわたしに親切なのは、わたしが王女だからだ。王家の血が入っているから。わたし自身を見ている訳じゃない。そうじゃなかったのはトモキぐらいだ。そう言ったら、キャラは更に怒って、今度は殴ろうとしてきた。

「あんたなんか嫌い。大っ嫌い!」

訳が分からない。それでも体に触られるのは嫌だったので、振り下ろされる手を避けつつ逃げる。しばらく部屋で暴れていたが、階下からドンドンと注意された。

「下々の者には触らせないってか。さすが王女さまよね」

「違う」

「なにがどう違うのよ。何か原因があるなら言いなさいよ。どうせないんだろうけど。――そうよね、こんな下の者には言えないわよね。ずっと一緒にいて友達と思っていたのに」

友達と思っていたのに。

その言葉は、リウヒの心の深いところを突いた。初めて出来た友達を失いたくはない。目をつぶって、息を吸い込むと思い出すのも辛い過去を話し始めた。

「……昔、気が付いたら全然知らないところに連れて行かれた」

口が言葉を紡ぐたびに、頭が痛くなる。奥底に横たわっている気持ち悪い記憶が、鎌首をもたげるように浮上してきた。

闇間。老人の顔。耳にこびりつく笑い声。

あの手、あの感覚、あのおぞましさ。

泣いても叫んでも助けは来ない。始めて知った絶望。

紡がれる言葉は段々早くなってくる。もう、自分が何を言っているのだか分からなくなってきた。頭が朦朧とし、体が冷えて仕方がない。

「ごめん」

キャラの声が聞こえたが、頭を上げることはできず、震えながら膝に頭を埋めていた。まるで自分を守るように。

「もう言わなくていいから。ごめんね」

戸惑ったような、ぽつねんとした頼りない声。静寂が漂った。しばらくしてから、押し殺した嗚咽が聞こえた。顔を上げるとキャラが泣きじゃくっている。

「なんでキャラが泣くんだ」

「だって、そんなひどいことされていたなんて……あたし……知らなくて……」

その先は震えていて言葉にならない。リウヒは再び困ってしまったものの、なんだか心が温かくなった。この子は自分の為に泣いてくれている。

「……寝ようか」

ようやっと泣きやんだキャラが、恥ずかしそうに笑った。

「一緒に寝よう? なんとなくそんな気分」

「うん」

リウヒが寝台の隅により、場所を開けるとキャラが潜り込んできた。二人で顔を見合せてえへへと照れたように笑う。

友達とはいいものだな。触れることができないのが辛いけど。

先程の恐ろしい記憶はゆっくりと沈んでいき、代わりに温かく幸せな気持ちが湧き上る。

藍色の髪と赤毛の髪は向かい合ってクスクス笑っていたが、その内小さな寝息を立て始めた。




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