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    外の世界 4

シギの声に、リウヒとカスガは、弾かれたように顔を上げた。

「おれ、王女とバイトしていた……」

宿の一室で呆然としたように言う。予想どおりカスガは闘牛の如くシギに詰めより、リウヒは慌てて幼馴染に飛びついた。

「どうして、どうして、君たちだけ……! ずるい! ずるいよう!」

鼻水まで垂らして泣いている。

「おれだって、たまたま一緒になっただけで……やめろ、カスガーおれを殺す気か! おい、リウヒ! 助けろ!」

「落ち着いて、ね? 落ち着いて!」

シギの襟首を掴んで前後左右に振り回したカスガは、ベッドに飛び込んでオイオイと嘆いた。

「大丈夫?」

「マジで殺されるところだった……」

むせるシギの背中をさすってやると、こちらをじっと見る。

「やっぱりそっくりだ」

「なにが」

「お前と王女」

まさか、だって、王女は超美人なんでしょ。それが以外とそうでもなくて、普通の娘だった。そこらにいるような、本当に普通の子だったんだ。最初はおれも、疑っていたけどその子の話を聞いて……。いや、絶対間違いないって。

「でも、なんかほっとけないっていうか、かまってやりたくなるような子だった」

思わずいらっとしてしまった。

「ちっちゃくってさ、男の保護欲をくすぐるみたいな……。あっ! あくまで客観的に見てだぞ!」

リウヒの冷たい目付きにシギが慌てた。

「へーえ」

二人のやり取りを、カスガは布団をかぶってじっと聞いていた。

「じゃあ、確かめないとね」

嬉しそうに言う。リウヒは呆れた。過去に関わるな、ややこしくなるからと言ったのは、この幼馴染ではないか。

「遠くからそっと見るだけならいいだろう」

ため息をついたが、自分も興味はある。己にそっくりな伝説の王女を見てみたい気持ちがむくむくと湧いてきた。

「わたしも行く」


翌日。リウヒとカスガは、無理を言って仕事を休み、シギのバイト先に押し掛けた。雨が幸いして、笠を外さずに店内に入る。商品を見る振りをしつつ、王女を観察した。シギが「お前ら、やり過ぎ!」青い顔して、パクパクしていたが、勿論無視した。

シギの反対側に、ちょこなんと座っている少女は、本当に自分そっくりだった。美人でもなかったし、普通の平凡な顔だった。よくいえば、姿勢が正しく品があると言えばあるくらいだった。

今までの、わたしのコンプレックスはなんなんだろう。思わず息を漏らしてしまう。伝説の、絶世の美女と同じ名前で、散々苛められてきた。その王女に言いようのない嫌悪感を抱いてきた。

この子だって普通の子じゃん。笑いたくなる。

カスガは食い入るように見ている。肩を小突いて注意してもなんの反応もなかった。

と、少女が動いて、シギに何か耳打ちをした。

その仕草に、猛烈な嫉妬心が沸いた。やめて。わたしの目の前でそんな、仲良くしないで。

ところが、シギも少女に囁き返して、二人でクツクツと笑う。楽しそうに。

嫉妬心が大きなウロで引っ掻きまわされたようだった。馬鹿。あの馬鹿。

わたしのことを好きだといったくせに。なんでそんな子とそんな楽しそうに。

大したことじゃないのは分かっている。でも、あの馬鹿に平手打ちを喰らわせたいくらい、腸が煮えくりかえった。

「先に帰るね」

小さく言って店を出た。カスガの声が聞こえたが、無視した。雨は激しく降り注いでいる。笠に当たる音がうっとおしくて、勢いよく脱いだ。水滴が髪から顔へ伝い滴り落ちてゆく。裾がぬれて重くなり、足が絡まりそうになった。それでもリウヒは宿を目指して黙々と歩く。

目から涙が溢れて止まらないことにも気付かずに。


***


「気づけば結構この町にもいたんだねえ。そろそろ次へ行こうか」

カガミがのんびりという。あの橙頭ともお別れかと思うと、無償に悲しくなったが、子供のリウヒに決定権はなかった。

「そうか」

明日からここにはこられないというと、シギはひっそりと笑った。ここの店番は、本当に楽な仕事だった。来た客はたった一組で、不思議な二人連れだった。

「初めての客だな」

こっそりシギに言うと、

「何も買わねえよ」

二人でクスクスと笑った。その言葉通り、売上は皆無だった。

客のうち、一人はさっさと帰ってしまったが、もう一人はなぜかこちらをじっと見つめていた。シギが舌打ちして「お客さーん。駄目だよ、商品を懐にいれようとしちゃあ」といって店の外につまみだし揉めていた。なんだ、ものを盗ろうとしていたのだ。

「もっとシギと、色々話したかったな」

「リウヒは最初、全然はなさなかったじゃねえか」

「それはお前もそうだろう」

それもそうだ、と二人で声をたてて笑う。いつものように、文句を言いながら昼餉を食べて、ダラダラと話しながら店番をして、宿に帰る時刻になった。

「宿まで送って行くよ」

リウヒも何となく離れがたかったので、ありがたく申し出を受けた。男は自分の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。その優しさが嬉しかった。

わたしが、これから恋をするならば。

ふと思う。

優しい人がいい。この橙頭の男のように。

そしてわたしを王女と見ない人がいい。横で歩くこの男のように。

宿についた。

「送ってくれてありがとう。またいつか会えるといいな」

「リウヒも、これから大変だろうけど、がんばれよ。めげるんじゃねえぞ」

じゃあな、と手を上げて男は踵を返した。一度も振り返らずに遠ざかって行くその背中を、リウヒは痛いような、切ないような気持ちでいつまでも見送っていた。


ある日、ひょっこりシラギがやってきた。自分が王女だとキャラにばれて、てんやわんやになった。そしてキャラを丸めこむカグラの口のうまさに、ああ、これが女たらしだというものかと納得した。

シラギからリンたちの消息を聞いて、安堵の息を吐く。

「無事で良かった……。で、お前は何をしに来たんだ」

「ご同行するためにございます」

相変らず表情を変えずにいう男にそうか、と返した。

ほっとした。すぐに宮に帰されると思っていた。

現金なものだな、わたしは。リウヒは小さく笑う。

幼いころは、トモキの家にどうしても帰りたかった。トモキの家に帰ると、今度は東宮に帰りたくなった。そして、外の世界を旅している今は、宮には帰りたくないと思う。このまま、みんなと一緒にいたい。広く美しいこの世界の中に。

初めて見る風景、果てしなく広がる空。仕事をして、仲間と話して、笑いあうこの場所に。

でも、いつかはあそこに帰らなければならない。宿の窓から見える遠くの宮廷は、未だ修復工事が行われている。

夕餉を食べ終わると、いつもの如く、リウヒとキャラは上に追いやられようとした。

「嫌だ」

「いつものけ者にして」

二人して、卓にへばりつくと、カガミが苦笑した。

「そうかい、じゃあ仕方がないねぇ。今日は特別だよ」

おお、いつから物分かりのいいオヤジになったのだ。喜んだ二人だったが、あまりにも難解な話に、すぐに飽いてしまった。シラギとカグラは相槌や質問をしながら、話を聞いているようだが、マイムはつまらなさそうに、ただ酒を飲んでいる。

ちらりとキャラを見ると、赤毛の少女も頷いた。そして眠くなったと言って、上に上がったのだった。

「どうしてトモキさんは見つからなくて、おっさんが来るのよ」

キャラは膨れ顔でブツブツ愚痴っている。それを聞きながら、リウヒは違う事を考えていた。シギは元気だろうか。想い人とうまくいっているのだろうか。

別れてからまだ数日しか経ってないのに、とても懐かしく感じる。あの人に想われている女はきっと幸せなんだろうな、とうらやましく思った。



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