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    外の世界 2

都の外に出てから一か月が経った。ゲンブに入った途端、今度はシギが風邪をひいて寝込み、リウヒはその看病をしていた。今はカスガだけが外にいっている。

現代でバイトに行っていた店や、賑やかな都会の繁華街の面影は全くなかった。ちょっと色々探索してみたい気もしたが、目の前ではシギがしんどそうにベッドで寝ている。

「馬鹿は風邪ひかないって嘘だったんだね」

「誰がば……!」

苦しそうに咳きこむ男の、背中を叩いてやる。子供をあやすように。

病気で寝込んだ時の心細さは、実体験で分かっている。特に、自分一人で誰もいない部屋で寝ているとこのまま死んでしまうんじゃないかと不安になるものだ。

勿論あの時のシギには、いまでもリウヒは怒っている。誰を好きだろうが、キスをしようが、シギには関係ないではないか。男に掴まれた肩は、翌日になっても痛かったし、あれから幾日たってもこの馬鹿は、謝らなかった。

でも、これとそれとは別だ。自分が寝込んだ時は看病してくれたし、病気の友達をほっておくことはできない。なんたってチームカスガだもんね。リウヒは小さく笑った。

「水、飲む?」

「飲む」

水差しからコップに注いで、上半身を起してやる。ものすごい汗をかいていて、寝巻きが濡れていた。後で着替えさせよう。乾いた唇に、コップを付けると水をゆっくり流しいれる。シギの喉がなる。この男のきれいな喉仏がリウヒは好きだった。つい、いつも見とれてしまう。

「たくさん汗かいて、早く治してね」

「ああ」

寝かせると、水に浸した布で汗を拭ってやった。

しばらくベッドに腰かけていたが、昼になってリウヒの腹が鳴った。

「シギ、ちょっとご飯たべてくるから、待ってて」

立ち上がろうとすると、手を取られた。引き寄せられてバランスを崩し、男の胸元に倒れこんでしまった。

「ちょ、ちょっと……」

「行くな」

そのまま抱きつくように体に手が回る。

「行かないでくれ」

思わず顔を覗き込むと、縋るような目で見つめられた。胸がドキドキする。男の人って基本的に、甘えたで淋しがり屋なんだろうか。こんなシギを見たのは初めてだ。母性本能がキュムッとくすぐられた。

「すぐ戻るから。シギのご飯も持ってくるから。ね?」

抱きつかれた状態で、優しく髪を撫でると、しぶしぶという感じで腕が緩まった。

階下に行って、猛スピードで昼飯をたいらげ、お粥と薬を持って部屋に戻る。

ベッドのヘリにかけると、再びシギの上半身を起こさせ、粥を一匙掬って口元に運んだ。

「あつ……」

「ああ、ごめん。熱かったね」

息を何度も吹き掛けて、冷ましてから食わせる。鳥のヒナに餌をやっているみたいだな、これ。いつもはこうるさい男が大人しく、なすがままになっているのも、野良猫に懐かれたような気分だ。なんだか可愛い。

粥が空になると、液体の薬を飲ませた。喉仏が動く。うっかり凝視してしまい、シギがむせた。

「ごめん、ごめん! 大丈夫?」

慌てて背中に手を回して、片手に椀、もう片手で撫でさする。抱き締める形になった。ところがシギは、そのまま甘えたようにリウヒにもたれ掛かる。腰に手が回り大いに焦った。

ど……どうしよう……。この状態。

誰かに助けを求めるように辺りを見渡したが、当たり前なことに誰もいない。

窓の外で、子供たちが声を上げて走って行く。ふと意識が飛んだ。キキたち、元気かな。またあの庭で団子になって本を読んでいるのかな。ハヅキも…。

「なにを考えてんだ」

「えっ……?」

下からくぐもった声がした。掠れていて若干低い。腰に回っている手に力が入った。思わず体が弓ぞりになる。

「なにを考えている」

「し、シギは意外と甘えただなって思って……!」

驚いたように、シギが身を離した。病人とは思えない素早さだった。

「えっ? あの、わたし、なんか変な事いった?」

なぜか冷汗が、滝のように背中を流れる。目の前の男は、マジマジと自分を見つめている。

「そうだよな、おれは病人なんだし」

クスクスと笑いながら、再びリウヒにもたれ掛かる。両手も背中に回った。

「いやいやいやいや、ちょっとー?」

「甘えさせてくれるんだろう」

「こらこらこらこら、薬がまだ残っているんだって……!」

「不味いからいらねえ」

「飲みなさい! そんなんじゃいつまでたっても治らないよ!」

「別に治らなくていい」

「こんの……!」

馬鹿者!リウヒの拳がシギの頭に落ちた。ゴンと音がした。

「痛てえな! 病人に何をする!」

「さっさと飲んで、さっさと寝る! 病人は大人しくしなさい!」

頭を掴んで、無理やり上を向かせ、薬を注ぎ入れた。ウゲッとシギがむせたが今度は全く構わなかった。腰に回っている手をほどくと、ベッドに押し込むように横たえる。

下に食器を下げに行き、部屋に戻るとシギが待ち構えていたようにリウヒを呼んだ。

「おれを一人にするな」

そんだけ元気があったら、もうほっといて大丈夫じゃないのと言えば、お前は病人を看病する優しさがないのかと拗ねる。優しさというより、我儘なだけじゃないかと思ったが、仕方がない。つきあってやることにした。

「あのさ」

「ん?」

「本当にこの体勢が落ち着くの?」

「うん」

リウヒは枕の上に座り込み、膝の上に男の頭が乗っている。なんとなくオレンジ色の頭を梳くと、シギが気持ちよさそうに身じろぎした。本当に猫みたい。その内、小さな寝息が聞こえて下を見ると、安心したような顔で寝ていた。


***


居間でカガミとかあさんの声が聞こえる。リウヒはそっと壁に身を寄せると、聞き耳を立てた。

「じゃあ、トモキくんはゲンブの町にいるってことだね」

「……さんも、確証はないっていっているのだけど……。見かけたというだけだし、トモキかどうかも……」

「ぼくがいってみるよ。王女さんはここにいた方がいいな」

「でも、あの子だとしたら、なぜそんな所にいるのかしら……」

心臓が止まるかと思った。今すぐその町に走って行って、トモキを捕まえて文句をいいたい。一でも十でも百でも、次から次へと怒りの言葉は出てくる。

ところがカガミは一人で行こうとしている。冗談じゃない。

トモキへの腹ただしさは、もう限界だった。ここで残されて待っているよりも、外に出て探しに行った方がましだ。

カガミは薪割りをしに裏へ回ったらしい。外に出て声をかけた。

「王女さん。どうしたの」

「なあ、カガミ。どうしてカガミはわたしと一緒にここにいるんだ? 心配している家族はいないのか」

丸いオヤジは一瞬詰まった。

「トモキくんに、王女さんをよろしくお願いしますって言われたからね。それにぼくに家族は……息子が一人いるけど、もうりっぱな大人だし、心配いらないよ」

「そうか」

ところで、と声色を変えてにっこり笑うと、カガミもにっこりした。

「そろそろ、ここを出ようか」

にっこりしたままのカガミの顔が青くなって、仰天した顔になった。器用なオヤジだ。

「でも、トモキくんはここで待ってろっていったよね」

「戻ってこないじゃないか」

リウヒが鼻を鳴らす。

「ゲンブの町でトモキに似た男が見つかったのだろう?」

「な、なぜそれを」

「そして、カガミもそこに行くつもりなのだろう。冗談じゃない、わたしも一緒に行く」

「それこそ冗談じゃないよ、君はここに残りなさい」

「嫌だ。トモキに会って散々文句を言ってやる」

「ゲンブの人が彼だって確証は、全然ないんだよ」

それでも、ここでやきもきして待つよりマシだ。それにガンと言い続ければカガミが折れることをリウヒは知っている。結局、一緒にゲンブへ行くことになって内心ほっとした瞬間、木陰から赤毛の少女が飛び出してきた。

「あたしもついて行く!」

なんでっ? 驚愕の余り、リウヒは凍りつき、カガミはひっくり返ってしまった。


***


次の村に行く道を歩きながら、ふと後ろを振り返った。町が遠くに見える。

一千年後の、あの街でおれはバイトをしていたんだ。なんだか奇妙な感じだな。

当たり前だが繁華街の面影は全くなく、ほのぼのとした雰囲気が漂っていた。

「ゲンブじゃ全然働かなかったもの。次の所はがんばるよー」

「都会のゲンブも、この時代は呑気な所だったんだねー」

「北のゲンブ、南のスザク。スザクはこの時代も賑やかだったんだろうな。ちっちゃい時さあ、あそこのモールでカスガと迷子になったよねー」

「そうそう、二人でギャンギャン泣いてさ。でも、あれはリウヒが……」

前を行く二人のんびりした会話と、笑い声が聞こえた。藍色の髪が揺れている。

久方ぶりに風邪をひいて寝込んだ時、リウヒは献身的に面倒をみてくれた。だからぞんぶんに甘えた。異常なほど甘えた。向こうが仕事をせずにつきっきりでいた事をいいことに、ほとんど離さなかった。本人は、なんだかんだ言いつつも、我儘を聞いてくれた。カスガも「ぼく、ここにいていいのかな」と呆れながらも笑っていた。

トロトロとした眠りから目を覚ますと、リウヒは対外、椅子に座って本を読んでいた。

昼間の静かな部屋の中、本に目を落としている姿はそこだけ違う空気が流れているようで、とても美しく見えた。時々、ページをめくる音がする。

窓の外からは、人々の生活の音が遠く微かに聞こえていた。

子供たちのはしゃぎ走り去る音、おばさん連中の井戸端会議、物売りの声。

このうららかな優しい時間帯が、シギは好きだった。愛していたといっていい。

まるでスノードームに閉じ込められたような美しい時間。

リウヒの名を呼ぶと、本から顔を上げてこちらを見る。ゆっくり微笑んで、近寄ってくる女の頬に手をかけると「どうしたの」と柔らかい声を出した。

夜はシギが寝るまで、横に付いていてくれた。

しかし、リウヒの意識が時たま遠くへ行くことに気付く。シギの傍にいようが、本を読んでいるときだろうが。あの少年を思い出しているのだと、すぐに分かった。

自分を見てほしくて余計に甘えると、クスクス笑って受け入れてくれた。

そうだ、あの少年はもうはるか遠くの都にいる。リウヒの横にいるのはこのおれだ。

風邪は一週間ほどで引いたが、喉が痛いの、体がだるいの、不調を大げさに訴えて、しばらくはベッドから出なかった。

「もう、熱は下がったんだし、自分で食べられるでしょう」

小さく笑いながら、昼食を箸で口元まで運んでくれる。

「まだしんどい。食べ終わったら、体拭いてくれないか」

「いいよ。でも全部たべなね」

身体を拭いてもらう事も嬉しかった。上衣を脱いで、濡れた布が肌の上を拭ってゆかれるのは気持ちが良かったし、初なリウヒが恥ずかしそうに顔を赤らめるのを見るのも気に入っていた。

「シギ」

晴天の下、おれの名を呼んでいとしい女がこちらに向かってくる。風が緩やかに藍色の髪や自分のオレンジの髪を揺らす。前方では友人が微笑みながらこちらを見ている。

シギは幸せを感じて、笑みを漏らした。

ゲンブの町は大分小さくなっている。


***


ゲンブにトモキはいなかった。

金がどうのこうのと相談しているカガミとキャラに、ずっと持っていた宝珠を見せたら、二人は息を呑んで目を見開いた。

「よくこれだけのものを持ち出せたね」

「うん。武器の代わりになるかなと思って」

あの老人がまた寝室にきたら、これで殴ろうとずっと枕の下に隠していたものだった。

カガミとキャラは、何故か同時に絶句し、それからため息をついた。

そして同行者が二人増えた。宮廷の踊り子だったマイムと、左将軍だったカグラ。二人は知り合いらしく、お互いを牽制している雰囲気だった。宿の一室でリウヒに礼をし、顔を上げたカグラは自分を見て微笑み、片目をつむった。

ゴミでも入ったのだろうか。

その後、カガミと話合った結果、一緒に旅をすることとなったという。まあ、人数が多い方がいいのかもしれない。わずらわしいと思ったのも事実だが。

「あーあ。トモキさん、どこにいっちゃったのかなあ」

隣でリウヒと同じく畑を耕していたキャラがため息をつく。

カガミに「働かざる者食うべからず」と言われて色々な仕事をこなすようになった。ただ、大人組と子供組では見えない壁があり、リウヒはほとんどキャラと仕事をする。苦手な赤毛の少女と共に。向こうも自分を嫌っている。理由は分からない。

「どこに行ったか分からないから、探しているのだろう」

「そんなこと分かってるわよっ!」

一々がこの調子だ。リウヒは小さなため息をつく。早く帰りたい。トモキと追いかけっこをした、懐かしい東宮に。みんな、無事なのだろうか。

宿に戻り湯を浴びて、部屋に入るとマイムが窓の外を見ていた。ヘリに腰掛け、腕を組んで凭れている様子はまるで絵のように様になっている。

「なあ、マイム」

「なあに」

目線を逸らさずに返事をかえされた。

「宮廷一の踊り子を知っているか」

初めてこちらを向いた。なあぜ? と微笑んで首をかしげる美女に、リウヒもつられて首をかしげる。トモキの恋人がその人らしい、よく密会しているそうだ。恋煩いというものにもかかっていた……。リウヒの説明を聞いているマイムの顔がだんだん歪んできた。

「だから、その女がトモキを誑かして……どうした、具合でも悪いのか!」

マイムは苦しそうに、窓の桟に手をかけてうずくまって震えている。

「すぐに医師を……!」

「違うの、違うの。大丈夫」

ああ、おっかしいと目に涙をためて笑う女に、リウヒはぽかんとした。

「小さな王女さま」

目じりの涙をぬぐいながらおかしそうにマイムは話す。

「確かにその女はトモキと二人で会っていたわ。でも内容は、ほとんどあなたのことだったのよ。トモキは、それはもう嬉しそうに、楽しそうに話してくれた。本当に王女を大切に思っているのだなってうらやましくなったわ」

「えっ……」

「やきもちをやいていたのね、可愛いらしい」

クツクツとまだ笑う元宮廷一の踊り子は、愛おしげにリウヒを見た。顔が赤くなった。

「いや、その……すまなかった」

「あやまることはないのよ。さ、髪の毛を乾かしてもう寝なさいな。あたしはタヌキとキツネの相手をしてくるわ」

笑顔を一つ残して、マイムは部屋を出て行った。ぽつんと取り残されたリウヒは、窓べに立つ。遠くに見える都の灯りを見ながら、早くトモキに会いたいと切実に願った。大好きで大切なにいちゃんに。



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