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    古代 3

「お帰り」

疲れ果てて宿に帰った二人は、カスガのその姿を見て絶句した。さっそく古代の衣を着て、時代に馴染んでいる幼馴染にリウヒがとがった声を出す。

「なに? その恰好。馴染み過ぎて気持ち悪い」

「ありがとう。褒め言葉として受け取っとくよ」

ゲンさんが、お下がりをくれたんだ。君たちの分も貰っといたから、着替えたら? と上を指す。この男は、自分たちが帰れないことが分かっていたのだ。しかも誰、ゲンさんって。腹が立ったが、今日はもうあの洞窟にいく元気はない。今夜何とかカスガを説得して明日、また行こう。何より、この泥だらけの服を脱ぎたかった。

「いたせりつくせりで悪いね」

皮肉を言ったつもりだったが、カスガはニコニコしている。

部屋の中には、二着の服が並んでいた。それを広げて、じっくり観察する。昨日、今日と見た限りでは、男女でどうやら服が違う。ヒダの入った長いスリップのようなものに、長着を巻きつけ襟を左が上になるように左右を合わせる。そして帯を締めるのが女性。

男性はスカートではなく、ゆったりしたズボンのようなものだ。後は一緒である。

どちらにしても綿でできていた。帯は紺と濃い黄色だった。

「おれはこれだな」

シギがさっさと服を取ると、シャツを脱いだ。いきなり裸の上半身が出現して、リウヒは口から心臓が飛び出そうになった。細いが筋肉がしっかり付いていて、均等が取れている体だった。

「なに見てんだよ」

「いっ、いきなり脱がないでよ!」

慌てて、自分の分を取って隅に移動する。服を脱ごうと手にかけて振り返ると、シギはリウヒに気にする事もなくベルトを外そうとしていた。急いで顔を背ける。

どうしようか、トイレで着替えようか。いや、臭い。

風呂か。いや、清掃中だった。

ここで着替えるしかない。

「こっち向かないでね」

言いながら、勢いよくシャツを脱ぎスリップを被った。モソモソとブラを外す。ささやかな胸だが、なんだか心もとなくて不安になる。長着を巻きつけカーゴパンツを脱ごうとして、ふと自分はパンツをはいていなかったことを思い出した。

わたし、もしここで暮らすことになったら、ずっとノーパン、ノーブラなんだな。侘しい気持ちになりながら、帯を締める。丈はかなりの長さで、踝の辺りまであった。シャツとカーゴを畳んで、振り向くと、シギがストレッチをしている。どうやら、こちらは見ないでいてくれたようだ。

「靴はないのかな」

「多分、身分の高い人しかはかないんじゃねえの。取りあえず、下に行こうか」

「うん」

歩き出そうとして、裾が縺れて蹴躓き、したたかに膝を打ちつけた。

「痛……」

「なにしてんだよ」

「すごく歩きにくい、これ」

リウヒは滅多にスカートをはかない。ましてや超ロングスカートなんてはいたことがない。

踝まであるこの丈は、歩きにくくて仕方がない。

「蹴るようにして歩けば? ウエディングドレスを着た時、蹴るようにして歩いたって女友達が言ってた」

実践してみると、確かにその方が歩きやすかった。しかし、女友達ってなんなんだ。あんたには既婚者の女友達がいるのか。胸がチリッとしたものの、何も言わなかった。

下に降りると、カスガが髭親父と談笑しながら台所で豆のさや抜きをしていた。

「ああ、二人ともすごく似合っているね」

嬉しそうな顔に再び腹が立ったが、もう言い返す気力もない。シギも同様らしく、

「なんか手伝う」

と台所に入って行った。リウヒも後に続いた。


***


夜、二人は必死になって、カスガへの説得を続けたが、頑固なこの男は首を縦に振らなかった。

「ぼくは、ここに残りたいっていってるんだ。あの王女の上意の礼を、見てみたい」

「それは二年後なんだろう。それまでここにいるってゆうのかよ」

「現代っ子には辛すぎるよ。わたしたちのすむところは、あっちなんだよ」

話しは堂々巡りで中々、終着点が見えない。ついにリウヒが泣きだした。

「お願い、カスガ。明日、一回だけでいいから、一緒にあそこにいこう」

しゃっくりをあげながら、ベッドによじ登ってカスガに抱きつく。その体にカスガの手が回った。なんだか甘い恋人同士のように見えて、シギは思わず嫉妬してしまった。抱きつくことはないだろう、抱きつくことは。カスガも腕まわしてんじゃねえよ。

「でも、やっぱりぼくはここに残りたいんだ。外の世界に出た王女をこの目で、実際見られるチャンスだし」

「明日で無理なら、もう諦めるから。シギもそれでいいよね」

「しょうがねえな」

それよりも、早く離れろってんだ。胸がむかついて気持ち悪い。

「分かったよ」

カスガがため息をついた。

「明日、一緒にあの洞穴へいこう。でも、もし帰れなかったら、二年間ここにいる。それでいいね」

「うん。ありがとう、カスガ」

嬉しそうな声をだして、リウヒが離れた。顔を洗ってくる、とそそくさと扉の向こうへ消える。ちらりと見たその顔には、涙の跡はなかった。あいつ、ウソ泣きを使っていたのか。シギは笑いだしそうになって、慌てて口の中を噛んだ。

女って怖えー。

一方の幼馴染にだまされたカスガは深刻な顔をしている。

「リウヒがあんなに気弱にいうなんて、初めてだ」

痙攣する頬を隠すため、煙草を掴んで窓際にゆく。最後の一本。

煙を深く吸いながら、ふと昼間の事を思い出した。洞窟で、腕を舐めた時に上げたリウヒの小さな声。妙に可愛らしくて、つい欲情してしまった。そんな場合じゃないだろうと正気に戻り、軽口で誤魔化したものの、なんとなく離し難く、手を繋いで宿に戻った。いつもはうるさい女も静かに黙っていた。

この部屋で着替えた時。その後ろ姿をじっくりと眺めた。勢いよくシャツを脱いだ裸の背中はなまめかしく、細いながらも腰はなだらかな曲線を描いていた。胸は見事に貧乳だったが、中々に小ぶりで可愛らしいと鼻の下がのびた。

リウヒが振り返る直前、ストレッチをする振りをすると、見られていた事に気が付きもせずに、「靴はないのかな」と無邪気な質問をしたのに微笑ましさを感じた。

おれは、あの子を気に入っているんだろうか。いやいや、今の状況がおかしいから目につくだけだ。第一、シギの好みはポチャ系だ。細い女なんて固いだけで全然柔らかくないじゃないか。そうだよ、異様な状況だからただ、あいつが目立つだけだ。

一人納得して、吸殻を携帯灰皿にしまった。


翌日、再び洞窟内で知恵の出る限り頑張ったが、やはり無駄だった。

「ああ、もう嫌!」

泥だらけになったリウヒが頭をかきむしり、座り込んだ。

「もういい。わたしもここで暮らす」

「馬鹿、何言ってるんだよ、お前、自分の親や心配している人がいるんだろう」

「だって、帰れないじゃん」

「それは……」

それでもシギは気になる。母は心配しているだろう。バイトは、大学の単位は。

「なんとか現代と連絡が取れたらいいんだけどね。ケータイは圏外だし……」

本当にこの古代で生きていかなければいけないのだろうか。

想像がつかない。でも、帰れない。諦めるしかなかった。

「宿に帰ろうぜ」

その声は、自分でも驚くほどあっさりしていた。ほとんどやけっぱちといっていい。

「となると、君たちは古代語を習得しなきゃいけないね」

カスガが嬉しそうに言う。うげっ、とシギとリウヒは首を絞められたような悲鳴を上げた。

「いつまでも、ゲンさんにお世話になっている訳にいかないし、他でもバイトを探そうよ。実践学習、能力もアップ、金も入る。一石三鳥じゃないか」

踊るようなカスガの後をついて歩きながら、シギとリウヒはがっくりとうなだれた。

「ドナドナでも歌いたい気分だ……」

「思いのほか、思いのほかでした……」


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