⒈異世界移住相談センター
異世界移住相談センター第七相談室。
壁一面の本棚には、分厚い法令集と、世界地図のようでいてどこにも存在しない地形図が並んでいる。窓の外には霞んだ都庁ビル群。
私、成田 愛は、書類を一枚めくりながら言った。
「こちらでは死んだことにさせていただき、あなたの戸籍は閉じることになります」
対面に座る青年が、数秒遅れて瞬きをした。
「死ぬんですか?」
「はい」
私は淡々と頷く。
「とはいえ、わざわざトラックに轢かれたり過労死したりして頂く必要はございませんので安心してください。あくまでも書類上のお話ですので」
「は、はぁ……」
青年は膝の上で指を組み、視線を泳がせた。
面談室の空調がやけに大きく聞こえる。
「なお、こちらの手続きに同意された場合、あなたは統計上“所在確認不能失踪者”から“死亡扱い処理済対象者”へ移行されます」
「……」
「補足しますと、社会保障、金融資産、税務関係はすべて凍結、もしくは法定相続人へ移行されます。戻ってきた場合、戸籍復元は原則として認められておりません」
「戻ってきた場合って……戻れるんですか?」
「極めて低確率ですが、前例は数件ございます」
青年の顔色が変わった。
私はそこで、ようやく書類から目を上げる。
営業スマイル。完璧な角度。非の打ちどころのない柔らかさ。
「もちろん、本日は説明のみで構いません。異世界移住は人生の重大な選択ですので」
沈黙が落ちる。
青年はしばらく俯き、やがて小さく息を吐いた。
「……わかりました。もう一度ちゃんと考えて来たいと思います」
青年が退出すると同時に、面談室のドアが閉まる。
なにが、『あなたの夢かなえます』だ。政府は耳ざわりの良い事しか言わない。
はぁっ……
有識者は理想が高くてめんどくさい部分はあるけど、物わかりがいいのは助かるのよね……
ちなみに有識者というのは、いわゆるアニメやラノベに精通された方々(オタク)のことだ。当相談センターでは、一般人と有識者は分けている。公表はしていないが。
冷たくなったブラックコーヒーを啜りながら書類をまとめていると内線が鳴る。
『所長、例の件ですが』
「異世界側の人材派遣契約?」
『はい。向こうの王国が、“労働環境交渉”を要求してきています』
私は天井を仰いだ。
「……なんで、異世界に労基があるのよ」
『ど、どうしましょうか?』
「わかったわ、すぐ行く」
こっちが過労死するわ。日本の労基どこ行った? これでは私たち全員ブラック企業で過労死転生テンプレに該当してしまう。仕方ない。背に腹はかえられぬ!!
1週間後……
「所長ー! また要くんが相談室に結界張っちゃいました!」
なんでどいつもこいつも私の仕事増やすのよっ!
すーはーっ……
深呼吸してー、ニッコリ笑顔貼り付けてー、
「わかった、すぐ行くわね」
「要くん、1人の相談者に時間かけすぎですよー。後ろが詰まって僕たちの仕事増えてるんすけど」
「わかったわかった。第四会議室使っていいから、今日の相談早く終わらせて」
私は急いで第二相談室に行き、ドアをノックした。
きんっ! と金属音がして私の体が少し後ろに弾かれる。
まったく……
ちょっとは頭使えないのかね、最近の若者は。あっ! これ、モラハラか……口に出してないからセーフということで。
ブツクサ文句を言いながら、結界を穏便に消し、改めてドアをノックしてから入室する。
テーブルを挟んで向かい合わせに、相談員の若いイケメン天城 要と、なぜか青い顔をした若い女性が座っている。
若い男女だけの部屋に結界張るとか……
「おつかれさまです」
人生経験で培った感情の伴わない笑顔で愛想良く挨拶とともに軽い自己紹介を済ませる。
天城くんの手元にある資料をチラっと覗いて
「風間さん? 大丈夫ですか。顔色が良くないようですが。お話をしてみていかがでしたか?」
「えっと、天城さんのお話はとても参考になりましたが、私、異世界が怖くなってしまって」
「それは当然の反応です。もう一度よく考えてご家族ともよく相談なさってください」
「そうさせてもらいます、天城さん、親切にしてくださってありがとうございました」
若い人はコチラ(地球)でもこれからどうにでも未来を作れるからな。諦めてくれて良かった、とは思う。
だがしかし。
私は先程壊した天城くんの結界を再度構築してから
「バッカも――ん!!」
昭和の頑固オヤジも真っ青なゲンコツを天城要に落とした。
「えぇ……めっちゃ痛いんですけど。暴力は絶対ダメだって言ったの成田さんじゃないですか……」
スリスリと自分の頭を撫でながら儚げに俯くが無視だ!
「天城くんは対象外に決まってるでしょう。勇者の身体能力持ってる子が軽く殴られたぐらいでガタガタ言うな」
「……軽くなかったんですけど」
この子は先日ウチに入ってきた元移住者だ。
勇者適正があり、異世界で魔王討伐に向かう筈だったが、最初の戦いでPTSDを患い、魔王の下に辿り着くことさえ出来なかった。
異世界で保護されていたが、まだ16歳で地球でも社会経験がなく、勇者枠で移住した彼は全くの役立たずだったのだ。異世界移住の典型的な失敗例だ。
アチラでも困っていたところ、人材派遣の話が出て、コチラは体良く押し付けられたというわけだ。




