表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

7話 居場所を歩く



その日、リオルは少し早く目を覚ました。


窓から差し込む光が、昨日より柔らかい。

胸の奥に、奇妙な静けさがあった。


――ここにいていい。


そう思える場所で目を覚ましたのは、初めてだった。


着替えを終えたところで、控えめなノックの音がする。


「入るぞ」


ヴォルクルだった。


今日も燕尾服姿。

背筋は真っ直ぐで、無駄な動きがない。


「……おはよう、ございます……」


「おはよう」


短いが、確かな返事。


「今日は、屋敷を案内する」


その言葉に、リオルは目を瞬かせた。


「……ぼくに……?」


「他に誰がいる」


当たり前のように言われて、胸が少しだけくすぐったくなる。



廊下は広く、天井が高い。

だが、無駄な装飾はない。


「この屋敷は、防御と機能性を優先している」


歩きながら、ヴォルクルが説明する。


「見た目より、実用だ」


角を曲がると、使用人たちとすれ違った。


獣人。

獣人。

ドラゴニュート。


人間は、ほとんどいない。


すれ違うたび、彼らは立ち止まり、頭を下げる。


「おはようございます、リオル様」


“様”。


その呼び方に、まだ慣れない。


「……おはよう……」


小さく返すと、皆、穏やかに微笑んだ。


怯えも、侮蔑もない。


「……ここは……」


思わず、言葉が零れる。


「……みんな……やさしい……」


ヴォルクルは、わずかに視線を伏せた。


「帝国の人間は、獣人を嫌う」


淡々とした声。


「だが、アルトレス領は違う」


扉を開く。


そこは、広い食堂だった。


「ここが、共用食堂だ」


長いテーブル。

並べられた椅子。


「身分で席は分けない」


「……え……」


「必要ない」


即答だった。


「働く者が、同じように食べる。

 それが、この家の方針だ」


リオルは、言葉を失った。


皇族だった頃ですら、

食事は“上下”で分けられていた。


「次だ」


向かったのは、訓練場。


広い空間。

武器棚には、剣や槍が整然と並ぶ。


「軍部だ」


「……え……ぼく……?」


「今は見学だけだ」


そう言って、ヴォルクルはわずかに口元を緩める。


「だが、身体が戻れば、体術から始める」


リオルは、思わず自分の腕を見た。


細く、力もない。


「……でき……ますか……」


「できるようにする」


断言だった。


次に案内されたのは、医療棟。


「ここが医療班」


白衣の者たちが忙しなく動いている。


「エドが統括している」


昨日の医師の姿が、脳裏に浮かぶ。


「そして――」


最後に案内されたのは、地下へ続く扉だった。


「……ここは……?」


「情報部だ」


重い扉。

奥は見えない。


「必要になるまで、入らなくていい」


その言葉の裏に、

アルトレス家が“ただの伯爵家ではない”ことが滲んでいた。



案内の最後は、庭だった。


獣人たちが手入れをしている。

草の匂いが、風に乗る。


「ここが、お前の居場所だ」


ヴォルクルは立ち止まり、そう言った。


「屋敷も、領地も、全部含めて」


リオルは、ゆっくりと周囲を見渡す。


誰も、追い出そうとしない。

誰も、値踏みしない。


「……あの……」


勇気を振り絞る。


「……ぼく……ここに……いて……いいんですか……」


ヴォルクルは、少しだけ驚いたように目を見開き――

すぐに、リオルの頭に手を置いた。


昨夜と同じ。

安心させる、温度。


「もう、答えは出ている」


低く、確かな声。


「お前は、アルトレス家の一員だ」


その言葉が、胸に深く沈んだ。


リオルは、ゆっくりと息を吸い――

小さく、頷いた。


「……はい……」


初めて、自分の足で歩いた“居場所”。


その一歩目が、

静かに、確かに刻まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ