表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

6話 名を与えるということ



その日、リオルは呼ばれた。


朝の食事を終え、少しだけ休んでいたところだった。

胃の奥に、まだ温もりが残っている。


「伯爵がお呼びです」


そう告げたのは、執事長のリチャードだった。


低い声。

だが、そこに命令の色はない。


「……なにか……」


悪いことをしただろうか。

食べるのが遅かった。

話し方が、気に障ったかもしれない。


身体が、勝手に強張る。


「大丈夫だ」


隣にいたヴォルクルが、短く言った。


「俺も同行する」


その一言で、呼吸が整った。



応接室は、簡素だった。


豪奢な装飾はない。

だが、重みのある家具が、静かな威圧を放っている。


中央に座っていたのは――

ゼクロア・アルトレス。


年齢を感じさせる銀髪。

背筋は伸び、獣のような鋭さを宿した眼。


「来たか」


その声は、低く、落ち着いていた。


「座りなさい」


勧められ、リオルは椅子に腰掛ける。

ヴォルクルは一歩下がり、壁際に立った。


「体調はどうだ」


「……はい……その……」


言葉を探す。


「……食事を……いただきました……」


ゼクロアは、わずかに口角を上げた。


「それは良い」


短い沈黙。


そして、ゼクロアは本題に入った。


「リオル」


名を呼ばれ、心臓が跳ねる。


「私は、お前を“保護した”つもりはない」


その言葉に、リオルは息を呑んだ。


「拾ったのでも、慈善でもない」


淡々と、しかし明確に告げる。


「私は、お前を“選んだ”」


選んだ。


その言葉が理解できず、頭の中で転がる。


「……なぜ……」


か細い声が、零れた。


ゼクロアは視線を逸らさず、答える。


「帝国は、価値を数値で決める」


冷たい声音。


「魔力、血統、序列。

 測れぬものは切り捨てる」


リオルの指先が、震えた。


「私は、それが嫌いだ」


はっきりとした拒絶。


「獣人を蔑ろにし、弱者を道具として扱う国に、未来はない」


アルトレス領が獣人の多い土地である理由。

反帝国派である理由。


すべてが、その言葉に集約されていた。


「お前は、帝国にとって“不要”だった」


ゼクロアは、そこで一度言葉を切る。


「だが、私にとっては違う」


静かな断言。


「私は、お前を――

 アルトレス家の“家族”として迎えたい」


空気が、止まった。


家族。


その単語が、重すぎて、理解が追いつかない。


「……ぼくは……」


声が、震える。


「……なにも……できません……」


皇族だった。

だが、役に立たなかった。


掃除係にされ、売られた。


「今は、な」


ゼクロアは即答した。


「だが、それでいい」


椅子の肘掛けに手を置き、ゆっくりと続ける。


「アルトレス家は、“今できるか”で人を決めない」


「“生きる意志があるか”だけを見る」


リオルの喉が、詰まる。


生きる意志。


それを、昨日、初めて肯定したばかりだ。


「だから問う」


ゼクロアは、まっすぐに言った。


「ここで、生き直す覚悟はあるか」


逃げ道はない。

だが、追い詰める声でもない。


――選ばせている。


リオルは唇を噛みしめ、

小さく、頷いた。


「……あります……」


声は弱い。

だが、確かだった。


ゼクロアは、満足そうに息を吐く。


「ならば」


机の上に、一枚の書類を置いた。


「本日をもって、お前を――

 リオル・アルトレスとする」


名を、与えられた。


血ではなく。

支配でもなく。


選択として。


「異論はないか」


リオルは、首を横に振る。


涙は出なかった。

だが、胸の奥が、熱い。


「……ありがとうございます……」


それが、精一杯だった。


ゼクロアは立ち上がり、最後に言う。


「ここでは、誰もお前を売らない」


「価値を、値段で測らせない」


その言葉を、

ヴォルクルは黙って聞いていた。


そして、心の中で誓う。


――この子は、俺が守る。


今度こそ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ