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5話 生きるための食事



医務室を出たあと、リオルは自室へ戻された。


歩いているだけなのに、足が重い。

床が、ひどく遠く感じた。


「無理をするな」


横を歩くヴォルクルが、歩調を落とす。


「……だいじょうぶ、です……」


反射的にそう答えてしまい、すぐに後悔した。

大丈夫じゃない。

けれど、それを口にする癖がない。


部屋に戻ると、すでに準備が整っていた。


窓際の小さなテーブル。

白い布。

その上に、慎重に置かれた器。


湯気が、静かに立ち上っている。


「……これが……」


「食事だ」


ヴォルクルは短く答えた。


リオルは、器を見つめる。


量は少ない。

だが、見ただけで分かる。


“残り物”ではない。

“施し”でもない。


――自分のために、用意されたものだ。


「エドの指示だ」


ヴォルクルはそう言ってから、少しだけ言葉を選ぶ。


「お前の身体に必要なものだけを、入れてある」


必要。


その言葉に、胸がざわついた。


今までの人生で、

自分が「必要」と言われた記憶はなかった。


椅子に座る。

スプーンを持つ。


手が、震える。


「……食べられそうか」


「……はい……たぶん……」


一口。


スープが舌に触れた瞬間、思わず息を呑んだ。


熱すぎない。

塩気も、刺激もない。


それなのに、身体の奥へ、じんわりと染みていく。


「……あ……」


声が、勝手に零れた。


喉を通るたび、胃がきしむように動く。

久しく忘れていた感覚。


――受け入れている。


「無理に急ぐな」


ヴォルクルは、すぐ傍に立っている。


近すぎない。

だが、離れない。


二口、三口。


途中で、スプーンを持つ手が止まった。


「……気持ち悪い、か」


「……いえ……ちが……」


言葉を探す。


「……こわ……」


食べることが、怖い。


吐いたら、殴られるかもしれない。

残したら、罵られるかもしれない。


そう刷り込まれた記憶が、身体を縛る。


ヴォルクルは、少し屈んで視線を合わせた。


「ここでは、誰も怒らない」


低く、確かな声。


「残してもいい。

 吐いてもいい。

 生きるための食事だ」


その言葉に、胸が詰まる。


“生きるため”。


皇族だった頃ですら、

そんな言葉を向けられたことはなかった。


もう一口。


今度は、ゆっくり噛むように飲み込む。


「……おいしい……」


小さな声だった。

だが、それは確かに、喜びの言葉だった。


ヴォルクルは何も言わず、ただ頷いた。



しばらくして、侍女たちが様子を見に来た。


「リオル様、少しでも召し上がれましたか?」


カナリアが、控えめに尋ねる。


「……はい……」


「よかった……!」


思わず零れた、安堵の声。


その後ろで、ドラゴニュートの侍女マリが静かに頷く。


「次は、もう少し栄養を足しましょう。

 急ぎません」


リニカも、尻尾を揺らしていた。


誰も、急かさない。

誰も、責めない。


それが、こんなにも落ち着かないとは思わなかった。


侍女たちが去り、部屋は再び静かになる。


リオルは、空になった器を見つめた。


「……全部……食べちゃいました……」


自分でも、信じられない。


「十分だ」


ヴォルクルはそう言ってから、少し間を置く。


「……よく、頑張ったな」


その一言で、胸の奥が熱くなった。


頑張った。

生きることを。


「……あの……」


声が、震える。


「……また……たべて、いい……?」


問いというより、願いだった。


ヴォルクルは、迷いなく答える。


「当然だ」


「ここにいる限り、飢えさせない」


断言。


その瞬間、リオルの中で、何かが静かにほどけた。


涙は出なかった。

だが、胸の奥で、確かに何かが灯った。


生きたい。


そう思ってしまった自分を、

初めて、否定しなかった。


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