47話 応接室の距離
応接室は、過度な装飾のない落ち着いた空間だった。
重厚ではあるが、威圧はない。
壁に掛けられた絵画も、価値を誇示するものではなく、
アルトレス領の風景を切り取ったものばかりだ。
中央のテーブルを挟み、
ゼクロア・アルトレスとラサド・ウィステリアが向かい合う。
ミリアはゼクロアの隣に座り、
ラサドの背後には、最小限の随行魔術師が控えていた。
茶が注がれ、
一瞬、音のない時間が流れる。
最初に口を開いたのは、ラサドだった。
「結界、街道、港。
一通り見させてもらった」
淡々とした声。
「よく整備されている。
南方の領地としては、異例だ」
「ありがたい評価です」
ゼクロアは、穏やかに答える。
「この地は、
常に魔物と隣り合わせですから」
「ミーウェルの森、だったか」
ラサドは軽く頷く。
「魔物の脅威があるからこそ、
防衛が発達した……
そう理解していいと?」
「ええ」
即答だった。
「守るための備えです。
帝国に背くためではない」
その言葉に、
ラサドの視線が、わずかに鋭くなる。
「“背く”という言葉が出るあたり、
誤解を恐れているようにも聞こえる」
ミリアが、やわらかく微笑んだ。
「中央魔術局局長が直々にいらっしゃれば、
多少は身構えますわ」
「それもそうだ」
ラサドは否定しなかった。
眼鏡の奥で、
視線がゆっくりと室内を巡る。
魔術的な仕掛け。
盗聴。
精神干渉。
――何もない。
少なくとも、
彼が感知できる範囲には。
「率直に聞こう」
ラサドは、カップを置いた。
「最近、この領で
大規模な魔力の異常は確認しているか?」
空気が、ほんのわずかに張り詰める。
だが、ゼクロアは表情を変えなかった。
「いいえ」
即答。
「魔力の流れは、
常に安定しています」
「事故も?」
「報告されていません」
「暴発は?」
「ありません」
短く、迷いのない返答。
ラサドは、その様子を注意深く観察する。
――嘘の兆候は、ない。
少なくとも、
表面上は。
「では」
ラサドは続ける。
「中央魔術局で観測された、
あの魔力反応は?」
「さあ」
ゼクロアは、わずかに肩をすくめた。
「自然現象か、
あるいは別の領からの影響では?」
ミリアが、自然に言葉を継ぐ。
「南方は、
魔力の流れが複雑ですから」
「……確かに」
ラサドは、肯定も否定もしなかった。
応接室の外で、
風が木々を揺らす音がする。
「この領には」
話題を変えるように、ラサドが言った。
「獣人とドラゴニュートが多い」
「共に生きています」
ゼクロアは、静かに答える。
「それが、アルトレスの形です」
「帝国では、
あまり見られない形だ」
「帝国が、
常に正解とは限りませんから」
一瞬。
ラサドの口元が、
かすかに動いた。
笑みとも、
評価ともつかない。
「……なるほど」
ラサドは立ち上がり、窓の方へ歩く。
外には、整えられた中庭。
人の気配は少ない。
破壊の痕跡も、
異変も、見当たらない。
「伯爵」
背を向けたまま、ラサドが言う。
「私は、
何かを暴きに来たわけではない」
振り返る。
「だが、
“何もない”という結論にも、
それなりの価値はある」
ゼクロアは、静かに答えた。
「それは光栄です」
二人の視線が、正面からぶつかる。
互いに、
本音は見せない。
だが――
互いに、
相手が“只者ではない”ことだけは、
十分に理解していた。
「本日の視察は、ここまでにしよう」
ラサドは言った。
「引き続き、
定期的な観測は行う」
「ご自由に」
ゼクロアは頷く。
「我々は、
隠すことはありませんから」
その言葉を、
ラサドは一度だけ反芻するように目を伏せ、
踵を返した。
応接室を出る直前、
小さく呟く。
「……確かに」
「今日は、
何も見えなかった」
扉が閉まる。
静寂が戻った室内で、
ミリアが小さく息を吐いた。
「……手強いわね」
「頭がいい」
ゼクロアは短く答える。
「そして、
まだ疑っている」
「ええ」
ミリアは頷いた。
「でも、確証は掴ませなかった」
ゼクロアは、窓の外を見る。
中庭は、いつも通りだ。
だが――
この静けさが、
いつまで続くかは分からない。
帝国の中枢は、
すでにここを見ている。
それでも。
「守る」
ゼクロアは、低く言った。
「最後までな」
ミリアは、その言葉を静かに受け止めた。




