45話 来訪の知らせ
45話 来訪の知らせ
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アルトレス邸の朝は、静かだった。
中庭には修復途中の石材が積まれ、
職人たちが無言で魔術陣を刻んでいる。
砕けた石畳はすでに撤去され、
新たな結界基礎の準備が進められていた。
空気中には、
わずかな魔力の振動が漂っている。
それは不安定さではなく、
“備え”の気配だった。
その静けさを切り裂くように、
一人の伝令が中庭を横切る。
「――伯爵様!」
ゼクロア・アルトレスは、
修復計画を確認していた手を止めた。
「どうした」
伝令は膝をつき、
一枚の封書を差し出す。
「帝都より、正式な通達です」
その瞬間、
周囲の空気が、わずかに張り詰めた。
ゼクロアの隣に、
ミリアが静かに立つ。
「……帝国?」
「はい。
中央魔術局名義です」
ゼクロアは封書を受け取り、
その場で封を切った。
文面は、簡潔だった。
南方地域における魔力環境および結界状況の定期調査。
中央魔術局局長、ラサド・ウィステリアが直々に視察に赴く。
来訪予定日は――三日後。
そこまで読んで、
ゼクロアは小さく息を吐いた。
「……来たか」
ミリアが、横から文面を覗き込む。
「局長自ら?」
「そうだ」
ゼクロアは紙を折り畳み、
机の上に置いた。
「観測だけでは済まなくなった、ということだろう」
ミリアの表情が、わずかに険しくなる。
「軍じゃないのが救いね」
「だが、相手は頭脳派だ」
ゼクロアは即座に返した。
「感情で動かない分、厄介だ」
短い沈黙。
ミリアが、先に口を開く。
「……リオルには?」
「知らせない」
即答だった。
「少なくとも、今は」
ミリアは静かに頷く。
「あの子は、まだ立て直しの途中よ」
「余計な不安を与える必要はない」
ゼクロアは、
視線を中庭の奥へ向けた。
医療棟のある方向だ。
「だが、屋敷の警備は一段階引き上げる」
「すでに動かしてるわ」
ミリアは淡々と答える。
「外周の見張りを増員。
空撃部隊は待機状態に」
「ドラゴンは?」
「刺激しないように。
でも――」
一拍。
「いつでも飛べるように」
ゼクロアは、わずかに口角を上げた。
「帝国も、その存在は分かっている」
だからこそ、
局長本人が来る。
「歓迎はする」
低い声。
「だが、
こちらの“内側”までは見せない」
ミリアの視線が、鋭くなる。
「医療棟、訓練場、地下設備。
立ち入り制限をかけるわ」
「当然だ」
「結界の術式も?」
「外殻のみ」
核心は見せない。
それが、
アルトレスの流儀だった。
そこへ、
執事長リチャードが静かに近づく。
「伯爵様。
局長来訪の件、使用人には?」
「最小限に」
ゼクロアは即答した。
「噂が先に走るのは避けたい」
「承知しました」
リチャードは一礼し、その場を離れる。
ミリアは、ふと空を見上げた。
澄んだ青空。
雲一つない、穏やかな朝。
「……嵐の前ほど、静かなものね」
「違いない」
ゼクロアは、ゆっくりと言った。
「だが――」
視線を戻す。
「この領は、簡単には崩れない」
「ええ」
ミリアは、はっきりと頷いた。
「守るって、決めたもの」
二人の視線の先には、
まだ何も知らず、
回復の眠りについている少年がいる。
帝国の中枢が動き出したことも。
その視線が、
すでにアルトレスに向いていることも。
アルトレス邸は、
いつもと変わらぬ朝を迎えていた。
だが――
見えないところで、
確実に歯車は噛み合い始めている。
三日後。
中央魔術局局長が、
この地を踏む。
それは、
静かな来訪であり――
同時に、
アルトレスという領そのものが試される、
明確な合図だった。




