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43話 届いた波紋



中央魔術局の観測室は、夜であっても静まり返っていた。


天井近くに浮かぶ複数の魔術陣が、

淡く、規則正しく明滅を繰り返している。


それは、ウィステリア帝国全土を覆う

魔力観測網の一端だった。


異変は――

ほんの一瞬だった。


「……反応、確認」


若い観測官が、思わず声を上げる。


彼の前に展開された観測陣が、

かすかに、だが確実に揺れた。


「南方座標、再計測――!」


補助陣が即座に展開され、

数値が弾かれるように跳ね上がる。


通常域を逸脱し、

警告ラインを越え、

それでもなお上昇する。


「……待ってください、これ……」


観測官の指が止まった。


「限界値……?」


「越えています」


隣の観測官が、短く答える。


室内の空気が、一気に張り詰めた。


「属性解析、急げ」


命令と同時に、

解析用の魔術陣が組み替えられる。


魔力の残滓を糸のように引き寄せ、

分解し、照合する。


数秒後――


「……水属性、反応あり」


「同時に、火属性も……」


誰かが、息を呑んだ。


「同時、だと?」


「はい。混在ではありません」


観測官は、慎重に言葉を選ぶ。


「重なっています。

 一つの現象として」


ありえない。


帝国魔術の常識では、

魔術属性は一人につき一つ。


それが、観測上――揺らいだ。


「継続時間は?」


「……数秒未満です」


「現在は?」


「平常値に戻っています」


爆発的に現れ、

痕跡だけを残して消える魔力。


だからこそ、

誰もが違和感を覚えた。


「自然現象の可能性は?」


「否定されます」


観測官は、はっきり言った。


「波形が一致しません。

 意図は不明ですが、

 人為的な魔力反応です」


上席の魔術師が、腕を組む。


「発生地点は」


「……アルトレス領周辺です」


その名が出た瞬間、

室内に微かなざわめきが走った。


「南方の反帝国派……」


「常時結界が異様に強い伯爵領だ」


「ドラゴンを運用している、という噂の……」


アルトレス領。


帝国が長年、

「刺激しない方がいい」と

暗黙に判断してきた土地。


「軍を動かすべきでは?」


若い観測官が、恐る恐る言う。


上席の魔術師は、即座に首を振った。


「論外だ」


短く、冷たい声。


「ドラゴン戦力。

 大規模結界。

 魔物の森に隣接する地形」


「勝てるかどうかの問題じゃない」


「帝国が無傷で済まない」


判断は、明確だった。


「……では、どうしますか」


上席の魔術師は、

すでに静まり返った観測陣を見つめたまま言う。


「記録する」


「消えたからこそ、だ」


「この規模の魔力が、

 偶然で終わるはずがない」


一拍置き、続ける。


「中央魔術局局長へ、

 正式に報告を上げる」



中央魔術局・局長室。


整然とした机。

積み上げられた論文と魔術資料。


その中央で、

ラサド・ウィステリアは報告書を受け取った。


深い暗青色の髪。

眼鏡の奥の視線は、冷静だ。


「……南方で?」


ざっと目を通す。


「水と火の同時反応……

 ふーん」


興味なさげな声。


「観測限界超過。

 継続なし。

 発生地点、アルトレス領周辺」


ページをめくる。


「常識外ではあるが、

 即座に騒ぐほどではないな」


報告役の魔術師が、慎重に口を開く。


「ですが、局長。

 この規模の魔力は――」


「分かっている」


ラサドは、遮るように言った。


「だからこそ、

 軍は動かさない」


眼鏡を指で押し上げる。


「アルトレスにはドラゴンがいる。

 正面衝突は愚策だ」


一拍。


「……だが、調査は必要だ」


その言葉に、

報告役の背筋が伸びる。


「表立っては動くな。

 観測と情報収集に留めろ」


「優先度は?」


ラサドは、ほんの少し考えた。


「中だ」


最高ではない。


だが――

無視もしない。


「記録を積み上げろ。

 類似反応が出たら、

 私に直接回せ」


「承知しました」


報告役が一礼して下がる。


一人残されたラサドは、

報告書の最後のページを見つめた。


アルトレス領。

反帝国派。

ドラゴン。


「……面倒な場所だ」


呟きは、それだけ。


だが、彼の思考はすでに

次の可能性を計算していた。


これは一度きりの偶発か。

それとも――

何かの始まりか。


答えは、まだ出ない。


だが帝国は、

確かにその波紋を受け取った。


静かに。

確実に。


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