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26話 返書



封蝋は、見慣れない意匠だった。


アルトレス家の紋章でも、帝国のものでもない。

歯車と円環を組み合わせた、簡素で無駄のない刻印。


「……来たか」


エド・イレイユスは、受け取った封書を机の上に置いた。


差出人――

メルトガルト工房連合 技術主任代理。


思っていたより、早い。

いや、早すぎる。


「……返事が来るかどうか、半分は賭けだったが」


そう呟きながら、封蝋を切る。


紙質は厚く、装飾はない。

社交辞令も、回りくどい前置きもなかった。


最初の一文から、はっきりしている。


⸻


アルトレス領 専属医師

エド・イレイユス殿


書状、確かに拝受した。


⸻


「……礼儀は最低限、か」


悪い意味ではない。

むしろ、メルトガルトらしい。


エドは、静かに読み進める。


⸻


貴殿の依頼内容について、

我々は当初、測定誤差、

あるいは観測者側の解釈問題を疑った。


⸻


「……当然だな」


技術者として、極めて正しい反応だ。


⸻


しかし、記された現象――


・個人魔力は安定

・数値異常なし

・体感・環境のみが変化


これらが同時に継続している点は、

既存理論では説明がつかない。


⸻


エドの指が、わずかに止まる。


「……ここまでは、同じ結論か」


だが、次の一文で、空気が変わった。


⸻


結論から述べる。


**貴殿の言う現象は

「測定不能」ではない。


「測定対象が誤っている」**


⸻


エドは、ゆっくりと息を吐いた。


「……やはり、そこに辿り着くか」


帝国では、決して出てこない結論。


⸻


魔力を「個人に属する量」と仮定する限り、

この現象は永遠に数値化できない。


我々が扱うのは、

魔力を含む空間構造の歪みである。


⸻


「……歪み、か」


同じ言葉だ。

だが、意味の深度が違う。


⸻


よって、貴殿の求める装置は

従来の魔力測定器ではない。


我々の定義では、

環境観測装置に近い。


⸻


文面が、さらに引き締まる。


⸻


ただし。


本件は、技術的に興味深い一方で、

危険性を伴う。


⸻


エドは、目を細めた。


⸻


観測対象が

・単一個人に由来する可能性

・かつ、無意識下で継続している可能性


この二点が事実であるなら、

観測行為そのものが

対象に影響を与える恐れがある。


⸻


「……測ること自体が、刺激になる……」


低く呟く。


帝国では、

「測る=管理」だ。


だが、メルトガルトは違う。


⸻


以上を踏まえ、

我々は試作段階の装置提供を検討する。


ただし、以下の条件を受諾いただきたい。


⸻


エドは、背筋を正した。


⸻


一、観測対象への強制測定を行わないこと。

二、測定結果の軍事利用を禁止する。

三、第三国(帝国含む)への技術共有を禁ずる。

四、異常発生時は即時使用を中断すること。


条件が守られない場合、

装置の回収、または破棄を要求する。


⸻


「……厳しいが、妥当だ」


むしろ、誠実すぎるほどに。


⸻


なお、装置は遠隔観測を主とする。

正確な数値は出ないが、

魔力分布・滞留・歪曲の傾向は把握可能だ。


⸻


エドは、椅子に深く腰を下ろした。


「……十分だ」


これ以上を求めるのは、傲慢だ。


最後に、短い追記。


⸻


付記。


本依頼が虚偽であるなら、

我々は時間を無駄にしたことになる。


だが、もし事実であるなら――


貴殿は、非常に厄介なものを診ている。


⸻


エドは、手紙を静かに畳んだ。


窓の外を見る。

中庭は静かだ。

水も、火も、出ていない。


だが――

“何も起きていない”とは、もう言えなかった。


エドは、手紙を握ったまま、低く息を吐く。


「……この厄介な力が、帝国に知れたら」


笑みとも嘆きともつかない表情で、呟いた。


「全力で消しにくるだろうな……」


ほんの一瞬、言葉を切り、続ける。


「……国が、滅びかねないんだから」


その声にあったのは、恐怖ではない。

冷静な理解だった。


問題は、

力の大きさではない。


それを、

誰が先に知るか――だ。


エドは立ち上がり、

手紙を手に部屋を出る。


向かう先は、一つ。


――ゼクロア・アルトレスの執務室。


技術者は理解した。

条件も提示された。


次に問われるのは、

それを受け入れる覚悟。


物語は、

静かに、だが確実に、

次の段階へと踏み込んでいた。


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