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23話 初対面



扉が、静かに閉まった。


リオルは、小さな応接室の中央に立っていた。

椅子に座るよう促されたが、まだ落ち着かなかった。


胸の奥は、前よりも静かだ。

だが、完全に何もないわけではない。


――底が、見えない。


そんな感覚だけが、残っている。


「……こちらへ」


ミリアの声に導かれ、

リオルはゆっくりと視線を上げた。


部屋の奥に、見知らぬ人が一人、立っている。


緑色の髪。

同じ色の瞳。


年は、近そうだった。


「……初めまして」


その人は、一歩下がった位置で、深く頭を下げた。


「ミノン・セレアーデと申します。

 本日より――」


一瞬、言葉を選ぶ。


「……あなたの、身の回りをお世話する役目を仰せつかりました」


声は穏やかで、柔らかい。

緊張はあるが、怯えはない。


リオルは、何と返せばいいのか分からず、

無意識に視線を横に逸らした。


そこに、ヴォルクルが立っている。


いつもと同じ位置。

同じ距離。


動かない。

だが、そこにいる。


それを確認してから、

リオルは小さく頷いた。


「……リオルです……」

「……よろしく……お願いします……」


ミノンは、ほっとしたように目を細めた。


「こちらこそ。

 どうぞ、よろしくお願いします」


形式的な挨拶は、それだけだった。


それ以上、言葉は続かない。


だが、

部屋の空気は、張りつめも、崩れもしなかった。



中庭へ向かう廊下。


リオルを中心に、三人が歩いている。


前を行くのは、ヴォルクル。

半歩先で、進路を塞ぐように。


横に、リオル。

無意識に、その位置を選んでいる。


後ろに、ミノン。

距離を保ち、足音を抑えて。


誰も指示していない。

話し合ってもいない。


それでも、

自然とこの並びになっていた。


(……ちがう……)


リオルは、歩きながら思う。


ヴォルクルと二人のときとは、

空気が少し違う。


重くはない。

軽すぎもしない。


背中側が、

静かだ。


守られている、というより、

包まれている。


中庭に出た瞬間、

風が頬を撫でた。


冷たくはない。

だが、前日よりも湿り気がある。


リオルの足が、わずかに止まる。


胸の奥が、ひくりと揺れた。


「……」


ヴォルクルが、即座に歩みを止める。

前に出る。

だが、触れない。


ミノンは、

一瞬だけ周囲に視線を走らせ、

何も言わず、リオルの背後へ回った。


リオル自身は、

まだ何も起きていないと分かっている。


水もない。

音もない。


それでも――


(……ちか……)


胸の奥に、

あの感覚が近づいてくる。


ミノンの声が、低く、穏やかに落ちた。


「……大丈夫です」

「今は、何も外に出ていません」


断定ではない。

確認でもない。


ただの、共有。


リオルは、少し驚いて振り返る。


「……わかる……んですか……?」


ミノンは、首を横に振った。


「いいえ」

「分かりません」


即答だった。


「でも……」

「分からないままでも、立つことはできます」


その言葉の意味を、

リオルはすぐには理解できなかった。


けれど――


胸の奥の揺れが、

少しだけ、遠のいた。


ヴォルクルが、短く言う。


「……歩けるか」


「……はい……」


答えると、

ヴォルクルは何も言わず、前を向く。


ミノンも、それ以上は話さない。


三人は、再び歩き出した。



午後。


書庫。


リオルは、本を開いたまま、動かなかった。


読むというより、

文字を追っているだけだ。


内容は、頭に残らない。

それでも、閉じる気にはならなかった。


ヴォルクルは、壁際に立っている。

いつも通り。


ミノンは、窓際の椅子に腰掛け、

外を眺めていた。


沈黙は、長い。


だが、不快ではない。


ふと、リオルが口を開く。


「……あの……」


二人の視線が、同時に向く。


「……さっき……」

「……なにも……でませんでした……」


事実を、確かめるような言葉。


ミノンが、静かに頷く。


「はい」

「出ていません」


ヴォルクルは、何も言わない。


否定もしない。


「……でも……」


少し迷ってから、リオルは続ける。


「……でそう……でした……」


ミノンは、一瞬だけ目を伏せた。


「……それで、いいと思います」


「……え……?」


「出そうだと感じることは、悪いことではありません」


声は、穏やかだった。


「気づける、ということですから」


リオルは、言葉を失う。


そんなふうに言われたことは、

今まで一度もなかった。


ヴォルクルが、低く言う。


「……感じたら、言え」


短い。

命令に近い。


だが、拒否は含まれていない。


リオルは、ゆっくりと頷いた。


「……はい……」


その返事を聞いて、

ミノンは、ほっとしたように微笑んだ。



夕刻。


廊下を行き交う使用人たちが、

三人の姿を見て、足を止める。


視線が集まる。


だが、

前日のような戸惑いはない。


近づく者も、

距離を取る者もいる。


それぞれだ。


ただ、

三人の周囲だけは、均衡が保たれていた。


踏み込みすぎない。

離れすぎない。


それを、

リオルは、ぼんやりと感じ取っていた。


(……へん……)


でも、

悪くはない。


胸の奥は、まだ静かだ。


何も解決していない。

分からないことばかりだ。


それでも。


今日一日、

何も壊れなかった。


その事実だけが、

確かに、そこにあった。


ヴォルクルは前を行き、

ミノンは後ろに立ち、

リオルはその間を歩く。


三人で。


まだ、不完全だ。

まだ、始まったばかりだ。


だが――

この配置は、

もう簡単には崩れない。

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