22話 漏れへの対処
医療棟の奥、厚い扉に守られた小部屋。
窓は閉じられ、
外の音はほとんど届かない。
テーブルを挟んで座っているのは、三人。
ゼクロア・アルトレス。
ミリア・アルトレス。
そして、エド・イレイユス。
机の上には紙束と、白紙の記録用紙。
だが、数字は一つも書かれていなかった。
「……結論から言おう」
エドが、静かに口を開いた。
「先日の現象は、“発現”ではありません」
ゼクロアは、視線を上げない。
「……では?」
「漏れです」
短く、断定的な言葉。
ミリアが、わずかに眉をひそめた。
「……それは……」
「ええ。
本人が意図せず、抑えきれなかった分が外に出た」
エドは指を組み、淡々と続ける。
「水という形を取ったのは偶然ではありません。
ですが――」
一拍、間を置く。
「あれは、全体のごく一部です」
部屋の空気が、静かに張りつめる。
ゼクロアが、低く問う。
「……どの程度だ」
エドは、少しだけ視線を伏せた。
「……測定不能です」
即答だった。
「量が多すぎる。
そして何より――」
エドは、はっきりと言う。
「質が、均一すぎる」
ミリアが、息を詰める。
「……純粋すぎる、という意味?」
「ええ。
混ざり物がない。
濁りも、歪みもない」
それは賛辞ではない。
異常の報告だった。
「通常、魔力は感情や体調、環境に引きずられます」
エドは言葉を選びながら続ける。
「多少なりとも“揺れる”ものです」
「……だが、あの子のは違う、と」
「はい」
エドは頷く。
「抑え込まれていただけで、揺れてはいなかった」
ゼクロアの手が、机の上で止まる。
「……今後も起きるか」
「起きます」
断言だった。
「しかも、次は“水”とは限りません」
ミリアが、低く呟く。
「……属性は、まだ言わないのね」
「言えません」
エドは首を振る。
「今は、名を付ける段階ではない。
付けた瞬間、扱いを誤ります」
沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、ゼクロアだった。
「……対処法は」
問いは短い。
エドは、すぐに答えた。
「止めないことです」
ミリアが、目を見開く。
「止めない……?」
「抑え込めば反動が来る。
閉じれば、別の出口を探す」
「……では、どうするの」
エドは、少し考えてから言った。
「受け止める準備をする」
「……具体的には」
「三つあります」
エドは、指を一本立てる。
「一つ。
常時、物理的に近くで守れる者」
二本目。
「二つ。
魔術的に“緩衝”できる者」
三本目。
「三つ。
本人に“安心”を与え続ける環境」
ゼクロアは、黙って聞いていた。
「……一つ目は、既にいるな」
名は出ない。
出す必要もなかった。
「二つ目は?」
その問いに、ミリアが静かに立ち上がる。
「……連れてきているわ」
扉が、ノックされる。
「どうぞ」
ゼクロアの声に応じて、扉が開いた。
そこに立っていたのは、
少し緊張した面持ちの少年だった。
緑色の髪。
同じ色の瞳。
年齢相応に、頼りなさの残る佇まい。
「……失礼します」
深く一礼する。
「ミノン・セレアーデです」
穏やかな声。
「元、帝国騎士団魔術部隊所属。
現在は、アルトレス軍魔術部隊に在籍しています」
ゼクロアが、視線を向ける。
「……年は」
「十八です」
エドが、じっと観察する。
「……属性は」
「光です」
即答だった。
「防御と遮断を専門に。
結界形成を担当していました」
ミリアが、淡く笑う。
「帝国では、後衛専属だった子よ」
「前に出さなかった、と」
「ええ。
出す必要がなかったから」
ミノンは、少し照れたように視線を落とした。
ゼクロアは、しばらく黙ってから言う。
「……リオルの専属執事として、任命する」
ミノンの目が、わずかに見開かれる。
「……よろしいのですか?」
「守るためだ」
短い答え。
「剣を振るう必要はない。
前に出る必要もない」
ゼクロアは、はっきりと言った。
「ただ、壊させないために立て」
ミノンは一瞬考え、
深く頭を下げる。
「……承知しました」
その背中を見て、
エドが静かに言う。
「……これで、二つ目は埋まりました」
「……三つ目は?」
ミリアが、穏やかに続ける。
「それは――」
一拍、置いて。
「彼自身が決めることよ」
無理に安心させない。
囲い込まない。
選ばせる。
ゼクロアは、目を閉じ、短く息を吐いた。
「……ならば、こちらは」
目を開き、断言する。
「選べる場所を、壊させない」
その言葉に、
エドはわずかに微笑んだ。
準備は整った。
だが。
誰一人として、
「安全だ」とは口にしなかった。




