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16話 輪郭のない熱



朝の空気は、澄んでいた。


アルトレス邸の中庭は、いつもと変わらない。

乾いた石畳、止められた噴水、静かに揺れる木々の影。

風は穏やかで、鳥の声も遠い。


――それでも。


リオルは、胸の奥に残る違和感を、どうしても無視できずにいた。


昨日まであった微熱は、今朝には引いている。

頭も重くない。

息苦しさも、ない。


身体だけを見れば、

「調子がいい」と言っていいはずだった。


それなのに。


中庭へ一歩踏み出した瞬間、

空気が、ほんのわずかに重く感じられた。


「……?」


足を止める。


地面が沈むわけでもない。

音が鳴るわけでもない。


ただ、

皮膚の内側に、何かが触れたような感覚。


「……気の……せい……」


小さく呟き、歩き出す。


少し後ろを歩くヴォルクルの足音が、

今日はやけに近く聞こえた。


距離は、いつもと同じはずなのに。


中庭の中央に差しかかったとき、

リオルは、無意識に胸元へ手を当てた。


じんわりと、温かい。


不快な熱ではない。

痛みも、ない。


それはまるで、

長く冷えていた場所に、

遅れて血が巡り始めたような――

説明のつかない温度だった。


「……大丈夫か」


ヴォルクルの声が、低く落ちる。


叱責ではない。

確かめるための声音。


「……はい……」


返事は、自然に出た。


嘘ではない。

だから、それ以上の言葉は出てこなかった。


二人は、そのまま歩き続ける。


風が吹き、

葉が揺れ、

影が石畳を滑っていく。


その影の動きが、

一瞬だけ、遅れて見えた気がした。


瞬きをする。


影は、何事もなかったように動いている。


――見間違い。


そう判断しても、

違和感だけが、胸の奥に残った。


回廊の向こう、

医療棟の入口に、人影があった。


エド・イレイユスだ。


こちらを見ている。


鋭さでも、警戒でもない。

ただ、静かに――観察している視線。


視線が合うと、

エドは小さく頷き、

何も言わずに向きを変えた。


理由は、分からない。


だが、

自分が「見られている」という感覚だけが、

背中に、じわりと残る。


中庭の端、日陰に入った瞬間、

胸の奥の温かさが、ほんの少しだけ落ち着いた。


その変化を、

ヴォルクルは見逃さなかった。


何も言わない。

ただ、歩調を、わずかに早める。


回廊に入る。


石畳の感触が途切れ、

屋敷の空気に包まれた瞬間、

身体の内側が、静かになる。


理由は分からない。

説明も、できない。


だが――


何も起きていないはずの時間の中で、

確かに、

何かが内側で動き始めている。


それだけは、

はっきりと分かった。


輪郭のない熱は、

まだ名を持たない。


だが、

消えるものではなかった。


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