15話 熱の正体
朝の光は、思ったよりも眩しかった。
リオルは、目を開けた瞬間にそう感じた。
いつもなら柔らかく差し込んでくるはずの光が、
今日はやけに白く、鋭い。
「……」
喉が、ひどく渇いている。
舌を動かそうとして、
その奥に、じんわりとした熱を感じた。
(……あつ……)
布団の中なのに、
肌が内側から温められているような感覚。
昨夜は、ほとんど眠った記憶がない。
目を閉じていただけで、意識は浅いところを漂っていた。
それでも、苦しかったわけではない。
ただ――
身体が、重い。
「……おき……」
ベッドの縁に手をつき、ゆっくりと起き上がる。
その瞬間、
視界がふわりと揺れた。
「……っ」
音は立てなかった。
声も、出さなかった。
倒れそうになっても、
反射的に“耐える”方を選んでしまう。
だが――
「……危ない」
低い声と同時に、
身体が横から支えられた。
ヴォルクルだった。
いつの間にか、部屋の入口に立っていたらしい。
「……すみ……」
言いかけた言葉は、
喉の熱に押し潰された。
ヴォルクルは、リオルの額に手を当てる。
昨夜と同じ、大きな手。
だが触れた瞬間、わずかに眉が寄った。
「……熱がある」
断定だった。
「……だい……じょう……」
最後まで言えなかった。
言葉より先に、
膝から力が抜ける。
ヴォルクルはそのまま身体を支え、
静かにベッドへ戻した。
「無理をするな」
叱る声ではない。
状況を判断した声だった。
*
医療棟は、朝から慌ただしかった。
呼ばれたのは、エド・イレイユス。
白衣の裾を揺らし、
寝台の横に立つ。
額、首筋、脈。
一つずつ、確かめる。
「……微熱ですね」
淡々とした声。
「数値だけ見れば、高熱ではありません」
ミリアが、腕を組んだまま言う。
「でも、昨日より明らかに辛そうよ」
「ええ」
エドは、迷いなく頷いた。
「それが問題です」
リオルは、天井をぼんやりと見つめていた。
会話が、うまく頭に入らない。
ただ、身体の内側が、じわじわと熱い。
「……からだ……が……」
小さな声。
「……へん……」
エドは、その言葉を聞き逃さなかった。
「“変”という表現は、正しいです」
はっきりと言う。
測定具を取り出し、
再び検査を行う。
反応は、ほとんど出ない。
だが――
「……わずかですが」
エドが低く呟く。
「内側で、動いています」
ヴォルクルの耳が、ぴくりと動いた。
「動いている?」
「はい」
エドは顔を上げずに続ける。
「封じ込められていた魔力が、
完全な静止状態ではなくなっています」
ヴォルクルが、短く言った。
「……夜中、うなされていた」
事実だけの報告。
エドは、即座に理解した。
「可能性は高いですね」
「魔力が暴走しているわけではありません」
一拍置いて、続ける。
「長年、無意識に抑え込まれていたものが、
少しずつ“動ける状態”になり始めている」
リオルの指先が、
無意識にシーツを掴む。
「……ぼく……」
かすれた声。
「……なにか……しちゃ……」
「していません」
エドは、即座に否定した。
「これは、異常ではない」
静かな断言。
「身体が、正直になっただけです」
その言葉に、
リオルはゆっくりと瞬きをした。
「……しょう……じき……」
「ええ」
エドは、穏やかに頷く。
「今までが、無理をしすぎていた」
その一言が、
胸の奥へ、静かに沈んでいった。
*
診察の後、
リオルは再び寝台に横になった。
毛布が、丁寧に掛け直される。
ヴォルクルは、いつもの位置に立っている。
少し離れて。
だが、視線は外さない。
「……あの……」
小さな声。
「……そば……に……」
ヴォルクルは、短く答えた。
「いる」
昨夜と同じ言葉。
だが今日は、
“守る”ではなく、
“見守る”という意味だった。
リオルは、ゆっくりと目を閉じる。
熱は、まだある。
身体も、重い。
それでも――
昨夜より、少しだけ呼吸が楽だった。
封じていたものは、
確かに揺れている。
それは崩壊ではない。
回復が、
次の段階へ進んだ証だった。




