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13話 回復しない理由



朝の光は、すでに屋敷の廊下を満たしていた。


窓から差し込む光が白い石床に反射し、

柔らかな輪郭で空間を形作っている。


リオルは、椅子に腰掛けたまま、

その光をぼんやりと見つめていた。


ここに来てから、数日。


食事は、確実に良くなっている。

眠れる時間も、少しずつ増えた。


それなのに――


「……ふら……」


立ち上がろうとした瞬間、

視界が揺れた。


すぐに、腕を支えられる。


「無理をするな」


ヴォルクルの声は低く、静かだった。


「……ごめん……なさい……」


謝る癖は、まだ抜けていない。


「謝る理由はない」


即答だった。


「今は、座れ」


言い切りだが、命令ではない。

守るための言葉だった。


リオルは、再び椅子に身を預けた。



医療棟。


包帯の匂い。

薬草の苦味。

白い布の感触。


すべて、もう知っている。


「調子はどうですか」


エド・イレイユスは、淡々と問いかけた。


「……たべれる……ようには……なりました……」


「眠りは」


「……とぎれ……ます……けど……」


一つ一つ、確認されていく。


それは初診ではない。

経過観察だった。


エドは、リオルの手首に指を当てる。


脈は規則的。

弱いが、乱れてはいない。


「……数字だけを見れば」


エドは、独り言のように呟く。


「回復していて、おかしくはありません」


ミリアが、その言葉を拾った。


「“だけを見れば”、ね」


「ええ」


エドは頷く。


「初診の時点では、

 栄養失調と長期衰弱で説明がつく状態でした」


ヴォルクルが、わずかに視線を上げる。


「……だが」


エドは、静かに続けた。


「今は、もうその段階を過ぎています」


室内の空気が、張りつめる。


「環境が改善され、

 食事も摂れている」


「それなのに、

 体力の回復が極端に遅い」


「……異常、ということ?」


ミリアの問いに、

エドは首を横に振った。


「異常というより――

 説明が足りない」



エドは、器具棚から小型の測定具を取り出した。


以前も使ったものだ。

だが、今日の意味合いは違う。


「前回は、数値を取る意味がありませんでした」


「衰弱が強すぎたから」


ミリアが言う。


「ええ」


エドは肯定した。


「ですが今は違う」


測定具を机に置く。


「通常であれば、

 ここから何かしらの反応が出始めます」


リオルの指が、わずかに強張る。


「……また……いたい……?」


「痛みはありません」


即答だった。


「触れるだけです」


恐る恐る、リオルは手を伸ばす。


触れた瞬間――


沈黙。


測定具は、

光らず、振れず、

数値も示さなかった。


「……」


エドは、別の器具を取り出す。

より感度の高いもの。


再度、測定。


結果は――同じ。


「……やっぱり……」


ミリアの声が、低くなる。


「ええ」


エドは静かに答えた。


「魔力が“少ない”反応ではありません」


「“無い”わけでもない」


ヴォルクルの耳が、ぴくりと動いた。


「では、何だ」


エドは、少しだけ言葉を選び――

慎重に告げる。


「……深すぎる」


「深い?」


「ええ」


エドは、リオルを見る。


「外から、触れない」


「まるで――

 自分自身で“底”を作り、

 そこへ沈めているようです」


リオルの胸が、きゅっと縮む。


思い当たる記憶が、あまりにも多い。


怒鳴られた日。

殴られた日。

「使えない」と言われた日。


――出さないほうがいい。

――感じないほうがいい。


そうやって、

何かを奥へ押し込め続けてきた。


「……それは……」


ミリアが、静かに問う。


「意図的?」


エドは、首を振った。


「無意識です」


断言だった。


「防衛反応です」


その言葉が、重く落ちる。



診察が終わり、

リオルは別室で横になった。


ヴォルクルは、そばを離れない。


扉が閉まった後、

ミリアとエドだけが残った。


「……帝国の測定器なら?」


ミリアが聞く。


エドは、迷わず答える。


「“最低値”と判定するでしょう」


「測れないものを、

 “無い”とする」


「帝国らしい判断です」


皮肉は、淡々としていた。


ミリアは、静かに息を吐く。


「……病弱、ではない」


「ええ」


エドは、はっきり言った。


「この子は――

 普通ではありません」


弱さではない。

異常でもない。


可能性。

危険性。

そして――未来。


ミリアは、扉の向こうを見つめた。


眠るリオルの気配を感じながら。


「……回復しない理由は、

 “足りないから”じゃない」


エドは、静かに頷く。


「“深すぎる”からです」


その言葉が、

この日の結論だった。


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