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8話 新しい坊ちゃん



最初に異変に気づいたのは、侍女のカナリアだった。


朝の廊下。

いつもと同じ時間、同じ動線。


――なのに。


「……空気、変わりましたよね」


小声で呟くと、隣を歩いていたリニカが頷く。


「うん。

 なんていうか……静かだけど、冷たくない」


二人の視線の先には、小さな背中があった。


リオル・アルトレス。


数日前まで、屋敷に“いなかった”存在。


「……あの子が、伯爵様の……」


「養子、だよね」


声を潜める。


帝国の噂は、使用人たちの耳にも届いていた。

“できそこないの十五番目の親王”。

“最安値で売られた子”。


だが――


「……全然、そんな風に見えない」


カナリアは、思わずそう零した。


細い。

確かに、弱々しい。


けれど。


使用人に目を向けるその瞳には、

怯えはあっても、侮蔑がなかった。


「……礼を言われた」


リニカが、少し驚いたように言う。


「今朝、スープを運んだら……

 『ありがとう』って」


二人は顔を見合わせた。


皇族に、礼を言われる?


「……普通なら、ありえないよね」


「うん」


リオルは廊下の途中で立ち止まり、

すれ違う使用人一人一人に、ぎこちなく頭を下げていた。


それを見て、誰も笑わない。


むしろ――

胸が、ざわついた。



「リオル様、本日はよく眠れましたか?」


声をかけたのは、執事長のリチャードだった。


いつも通り、完璧な敬語。

相手が誰であろうと、変わらない。


「……はい……その……」


言葉を探す仕草。


「……ありがとう……ございます……」


リチャードは、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「それは何よりでございます」


そのやり取りを、

少し離れた場所でヴォルクルが見ていた。


――守るだけじゃない。


この家は、

“迎え入れている”。


それが、はっきり分かる光景だった。



厨房では、別のざわめきが起きていた。


「今日の献立、リオル様用は?」


「胃に優しいものを中心に」


「量は?」


「少なめ。でも、回数を増やす」


誰か一人のために、

ここまで細かく話し合うことは、そう多くない。


「……大事にされてるね」


誰かが、ぽつりと言った。


「うん」


否定する者はいなかった。



中庭では、執事のカナザス、ザクロ、ロッコルが作業をしていた。


「なあ」


ザクロが、小声で言う。


「坊ちゃん、小さいよな」


「年相応だろ」


ロッコルが答える。


「……でも、目が違う」


カナザスが、ぽつりと呟いた。


「見てきた目だ」


それ以上、誰も言わなかった。


分かるからだ。


あの目は、

“踏みつけられてきた者”の目だ。



屋敷の端、影になる廊下。


ヴォルクルは、リオルの少し後ろを歩いていた。


護衛として。

執事として。


だが――


周囲の視線が、

“観察”から“見守り”に変わっているのを、確かに感じていた。


「……ねえ……ヴォルクル……」


小さな声。


「……みんな……ぼくのこと……」


言葉が、続かない。


ヴォルクルは歩みを止め、膝を折って視線を合わせる。


「受け入れている」


短く、しかし確信をもって言った。


「この家は、そういう家だ」


リオルは、少し考えて――

小さく、微笑った。


ほんの一瞬。

けれど、その瞬間。


周囲にいた使用人たちは、気づいてしまった。


――守りたい。


理由なんて、いらなかった。


この日から、

アルトレス家では密かに、そう呼ばれ始めた。


**「新しい坊ちゃん」**と。


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